横濱べいさいどうぉーく

須々木正(Random Walk)

第1話

「わあ! 意外と広いね」

舞人まいと、さっさと進んでくれよ。後ろがつっかえてるんだ」

理久りくが先に行った方が良さそう」

 薄暗い倉庫の中は、背の高い棚が所狭しと並んでいた。外から見える範囲ではあまり大きく感じられない。でも、ぎっちり詰め込まれた内部はどこまでも続く迷路のようだった。

 先頭にいた舞人は棚に張り付き、はやる気持ちを抑えられない理久を先に通す。狭い通路で少年が二人すれ違うのにも苦労する。

雅紀まさきも先に行く?」

「いや、俺は結構」最後尾の雅紀はげんなりした様子で答える。「それにしてもすごい量だな。これ片付けろって……」

「本当にすごい! きっとすごい掘り出し物があるよ!」先行く理久の声。

 面倒くさそうな雅紀に対し、理久はわくわくを抑えられない。

「確かに、お宝くらいありそうだなあ。でも――」舞人も理久に追いつく。「俺はお宝より宝の地図を見つけたいな」

「ん? おお!」理久は大きく反応する。「樹脂でできた模型だ! すごく精巧だから、きっと年代物だよ!」

 棚の高いところにあって全貌が見えない。理久はどうにか背伸びして手に取ろうとする。でも、指先がかするくらいであと少し足りない。

「これか?」

 不意に背後から手が伸びてくる。模型は理久の腕の中に舞い降りた。

「兄ちゃん……いつの間に」舞人。

武海たけみさん、どうもっす」雅紀。

「すごいよこれ! 帆船ってやつだよ」理久。

「そこで村長にばったり会ってさ、弟を手伝ってやれって」

「なるほど」

「ところで、ここだいぶ埃っぽくないか? お前、大丈夫なのか?」

「全然平気だよ。むしろ調子良いくら……っ! ゴホッ!」舞人はタイミング悪くむせてしまう。

「換気するから広いところまで下がってろ」

 小さな窓は壁の高いところについている。三人は届かないので武海に任せた。

「よし、一時撤退だ」

 来た道を戻り始める雅紀。舞人はそれに続き、さらにその後ろを歩く理久は舞人の背中をさすっている。

 三人は棚の隙間を抜けると、テーブルが置かれた少し広い空間に戻ってくる。多少視界は開けるが、やはり薄暗い。

「誰かいるぞ」

 先頭の雅紀が言う通り、そこには女の子が二人。たぶん年上。二人ともTシャツ、短パン、サンダル。一人は短めの髪を真っ直ぐ下ろしていて、もう一人はそれより長めの髪を二つ結わき。そして、二つ結わきの方は眼鏡だった。見たことあるようなないような気がしたので、三人はリアクションに困ってしまう。

「こいつが俺の弟の舞人」

 舞人の両肩に手が置かれる。武海が戻ってきたようだ。

「それで、こっちがその友達の雅紀と理久。三人とも同い年だな」

「弟くんは一応知ってるよ。三人とも宜しく! 私はあん。武海の友達ね。武海とセットで村長につかまっちゃった。それでこちらが……」

 杏は隣の眼鏡の少女に話を振る仕草をする。当然視線は集まるが、振られた当人は動きを見せない。杏は、あれれ?という表情。

「ほら、自己紹介」

「え、私がすんの? 杏がまとめてやってくれるのかと」

「なんでよ」

 しょうがない、と小さく息を吐く眼鏡の少女。

真矢まやです。武海くんとセットでつかまった杏とセットでつかまりました」

「悪ぃな二人とも」武海。

「全然問題ないよ」杏。

「ところで――」真矢。「こんなの見つけたんだけど……」

 真矢がテーブルの下から出した右手には、薄いフィルムのようなものでコーティングされた物体があった。

「中に何か入ってるみたいだね」隣から覗き込む杏。

「ちょっと見せてください!」理久は身を乗り出す。「クリアファイルに入ってますね」

 受け取ったものの裏表をさっと確認し、中身を取り出す。凝視。

「印刷物ですね。だいぶ色褪せてるけど、すごく細かい。最近のじゃないと思います」

 理久は印刷物をテーブルに丁寧に広げた。他の面々もそれを見る。

 すべてではないが直線など整った線が多い印象。大きく見ると、のっぺりした青い領域と白がメインの領域がある。白い領域には朱色の長方形が細かく乗っかっていて、その隙間に赤や黄色や緑や黒の線が走っている。のっぺりした青が細くなって入り込んでいるところも数か所。

「何だこりゃ? さっぱり分かんねぇな」雅紀。

「これってさ、もしかして地図じゃない?」舞人。「白いところが陸地で、青いところが海なんだよ」

「なるほど! そうすると、この青い線は川だね」理久。

「じゃあ、このたくさんある四角いやつは何だろう?」杏。

 朱色の長方形――正確にはもう少し歪な形のものや円形に近いものもあるのだが――は、白い領域の大部分で密集している。青い領域、すなわち海に近いところは、一つ一つの長方形が大きめになり間隔も広めになっていた。

「これが地図だとして、陸地にこんなに大量にあるのって何だ? 木とか石とか? でも、こんな綺麗に角ばってないしな」武海。

 誰からもそれらしいアイデアは出てこない。

「どこの地図か分かれば解決するかも」舞人。

「うーん。このあたりの地図じゃなさそうだよね。海岸線が全然違うし」杏。

「ちょっといいか?」

 そう言って武海はテーブルに広げていた印刷物を取り、背後の壁に広げた。外から射し込んだ光でそこだけ明るくなっている。

「少しは見やすくなっただろ」

 若干興味を失っている雅紀と真矢を押しのけ、舞人、理久、杏がじっと見つめる。

 理久は身体を左右に大きく傾け、文字どおりいろいろな角度から検証している。やがて握り拳を口元にあてたまま動きが止まる。理久が頭をフル回転させているときの仕草だ。

「どう? 分かりそう?」舞人が控えめに尋ねても反応はない。

 舞人と杏は地図より理久の次の言葉に注意を払っていた。

 なおも地図を凝視する理久。不意に口元の握り拳が緩んだ。

「分かった!!」

 そう叫ぶと理久は地図をひったくって走り出した。舞人たちもすぐ追いかける。

 勢いのまま倉庫から外に飛び出すと、あまりの眩しさに目を瞑ってしまう。舞人が恐る恐る目を開くと、理久は倉庫前の小さな広場にいた。

「暑っ!」横で杏が鋭い日差しに狼狽える。

 理久は地図を広げ、東の方向を見ていた。

「やっぱり……間違いない……」

 譫言うわごとのように呟く理久。舞人はその隣に立ち同じように東を見た。それから理久の方を向くと視線があった。

「つまり、どういうこと?」

「舞人、これをよく見るんだ。地図のこの場所から、海側のこの四角の並びを眺めるんだ」

 そう言って理久は再び東を見遣った。舞人も地図を見て浮かべたイメージを崩さないようにして東を見た。

「そんな、まさか……」

 倉庫が建つこの高台の東側には、なだらかな谷筋に沿って村の小さな建物が点在する。集落はやがて細く海水が入り込む水の道で途切れる。

 その水の道に並走するように高さの異なる二本の高架が連なる。いずれも見える側面の大部分は蔦に覆われ、他は赤茶けたり黒ずんだりしている。低い方は崩落が進んで支柱しか残っていないところも多いが、高い方は通行可能でいまも交易路として機能している。

 その高架の向こうには、倉庫の高台よりずっと高くそびえるいくつもの塔が並んでいる。ガラスはほとんど砕け、壁も部分的に崩落しているが、いずれも原形をとどめていた。内部から湧き出すように植物が生え壁面を伝っている。同時にたくさんの海鳥たちが塔の周りの空を飛び交っている。朽ちた塔は海辺の絶壁のようなもので、巣をつくるには最適な環境なのだ。

 舞人の隣で理久が右手をスッとあげる。人差し指の先を辿る。

「あの一番高い塔。あれが――これだよ」

 舞人の視線は地図に戻る。

「あれがこれ――ランドマークタワーだ。文字の色が抜けてすごく読みにくいけれど」

 もともと文字があったところは、色が失われて白抜きになっている。明るいところで目を凝らしてやっと読めるレベルだった。

「やっぱりこのあたりの地図なの? でも、海岸線が……」背後でやりとりを聞いていた杏が言う。

「この地図、すごく昔のやつなんですよ。だから、海面の高さが今よりだいぶ低いんです」

「そっか。そういうこと」

「このいっぱいある四角は、当時の建物ってこと?」舞人。

「おそらく。海沿いの塔だけじゃなくて、うちの村――戸部とべ村のあちこちにある建物の残骸も一致している」理久。

「昔はこんなにぎっちり建物が立ってたの? 信じられない……」

「とても人が多かったんでしょう。それで、これとかこれが学校ですね」

「学校?」

「子供がたくさん集まって勉強していたんです。僕や舞人や雅紀くらいだと、小学校かもうすぐ中学校ってくらい。杏さんや武海さんや真矢さんくらいだと中学校の真ん中くらいかな」

 顔をあげた理久は、いつの間にか後ろに何人も集まっていたことに気付いた。武海は会話に参加していなかったが、杏の横でひと通り話を聞いていた。雅紀も結局気になるようで、近くに寄って聞いていた。真矢だけは少し離れたところにいる。

「真矢、何してるの?」

 真矢は地図が入っていたクリアファイルを掲げていた。

「これにもなんか書いてあるんだよね」

 それを聞いた理久は、舞人に地図を渡し真矢に駆け寄った。他もぞろぞろ移動する。

 倉庫では薄暗くて気付かなかったが、確かにクリアファイルには書き込みがあった。

 一本の蛇行した線とそれに寄りそう文字列。かなりかすれているが、明らかに手書きと分かる。落下物注意、流れに注意など、いくつかの短い文が蛇行した線に沿って書いてあった。

 そして何より目をひいたのが、蛇行した線の片方の端にある“宝”の文字。

「宝って、どういうことだよ?」雅紀。

 ただの走り書きのようにも見えるクリアファイルの書き込み。一つの謎を解決し、また新たな謎。

 理久は顔を近づけ他に痕跡がないか探っていく。

「もしかして……」

 舞人は持っていた地図をクリアファイルに滑り込ませた。

「違う……こうかな」

 地図の向きを変えてまた差し入れる。角がぴったり合うところまで。

「舞人、正解だよ」理久。

 地図を挟み込んだクリアファイル。手書きの情報は透過されて見える地図に重なった。

 蛇行した線の一端がちょうど戸部村の位置。“宝”と書いてあるのとは反対の端だ。そして、線の蛇行はおおまかに旧海岸線をなぞっていた。

「これは戸部村から宝の在りに至る地図だ」舞人。

「で、宝ってどんな宝なんだ?」雅紀。

「宝についての詳細は書いてないみたいだね」理久。

「ちぇ」

 そう口に出したのは雅紀だけだったが、ちょっとばかり残念な空気が漂う。

 しかし、むしろ目を輝かせる者もいた。

「それでいいんだ。……いや、むしろそれがいいんだよ」舞人だ。

「だって――宝が何かではなく、宝を見つけることが重要なんだから」

「そうこなくっちゃ!」理久も嬉しそうにこたえる。「宝って書いてあるんだ。中身に関係なく見つけに行かなきゃ」

「二人で行く気かよ?」雅紀。「宝って書いてあるんだから、金銀財宝かもしれないしな。取り分のためについてってやるぜ」

「舞人、お前、あまり身体丈夫じゃねーんだから……」武海。「念のため、俺もついていくぞ」

「はーい。もちろん私も行くよ! 面白そうだしねっ」杏。

「そういうことなら……」真矢。「私はバックアップのため自宅待機で」

「なんでそうなるのよっ!」ビシッと突っ込む杏。

 クリアファイルの文字を目で追う真矢。読み取れるものだけでも、その大半が注意喚起の文言。楽な道程でないのは想像に難くない。

「こういうとき一人は後世に語り継ぐポジションが必要でしょう?」

「それ私たち帰ってこないやつじゃん!」

「真矢さん……」理久が少し真面目な調子で言う。「僕は真矢さんにも探検隊に加わって欲しいと思っています。この宝の地図の秘密を共有した者として」

「秘密保持ってやつだな」武海。「でもまあ、難しく考えるなって。ちょっと海沿い散歩するだけだろ」

「地図見つけたの真矢じゃん。最後まで見届けようよ。気になって寝れなくなっちゃうよ?」杏。

「いや、普通に寝れるけど」真矢。

「あれ、見てみろよ」

 武海の言葉に従って真矢が視線を移すと、舞人と理久と雅紀が地図を広げ早くも作戦会議をしていた。はじめは乗り気じゃないように見えた雅紀も含め三人とも楽しそうだ。

「行かないわけにはいかないだろ?」

 真矢は「はぁ」と息を吐く。「村長につかまった時点で運の尽きだったわけね」

「やったー!」杏はガッツポーズをしてから武海とハイタッチする。

「俺たちも作戦会議聞いとかなきゃな」

 武海たちも話の輪に加わる。

 決行日の条件、想定される難所、用意すべきもの。この場で可能な限りの作戦を練り上げた。

 そして最後に――

「それで、この探検隊のリーダーは?」

 杏の言葉を聞いて、全員が互いに顔を見て一瞬静かになる。

「舞人でいいだろ」雅紀。「お前、宝の地図欲しがってたし、ちょうど良いだろ。ま、俺は宝だけで満足だしな」

「僕もリーダーは舞人がいい」理久。「舞人なら見つけられる気がする」

「異論のある人は?」杏が確認すること三秒。「はい、じゃあ舞人くんで決定! リーダー、何か一言!」

 何も言葉を発することなくリーダーになってしまった舞人。少しばかりの戸惑い。

「お前の隊だ。ビシッとしめてくれよ」武海が舞人の背中を軽く叩く。

「俺の隊……」

 五人はリーダーの言葉を待っている。

 朽ちたビルディングと朽ちた高架を臨む穏やかなこの戸部村。古い地図に見つけた“宝”の文字。日常から連なる冒険の歩き方。その指南書は、今この手中に。

 だから、これはもう、言うまでもないことだけど――

「絶対、宝を見つけましょう!!」

「おおー!!」




(つづきを書く可能性がないわけじゃありませんが、とりあえず終わりということで)


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