帰り道、あと30分長ければいいのに。
あけぼの
第1話 終電間近の改札口で。
はじめから心許していたのか、雰囲気に流されたのか、あるいは自ら望んでいたことだったのか、むしろそのどれもが当てはまる気がする。
付き合っていない、好きだと言われたわけでもないのに、その夜私は、彼とキスをした。誰もいない駅の改札口の前で、肩に手を置かれて、彼の顔が近づいてきて、唇と唇が触れ合った。
「え?」と戸惑う私にたいして彼はにこりと笑って、「もういっかい」と唇を重ねてきた。彼の手が触れている二の腕のあたりがあったかくて、私はドキドキしていた。酒を飲んでフワフワとしていた頭に追い討ちをかけるアクション。
え?どうしてこうなった?キスしたそうにしてたのかなー私。それとも隙だらけだった?っていうより、どういうつもりでしてきたの?
「じゃあ、さよなら…」
考えることを放棄した私は、一旦帰ることを選んだ。彼の顔が離れていくと同時に別れの挨拶をして改札へ体を向けた。
「うん、じゃあ、またね」
彼が笑顔で手を振るもんだから、釣られて私も笑ってペコリとお辞儀をした。振り返り、改札に入っていく。何歩か歩いて後ろを向くと、私を見送る彼がまた笑って手を振っていた。
電車に乗り込み、帰り道を淡々と進んでいく。自宅の最寄駅には30分ほどで着く。さっきまでの楽しかった飲み会、ゆっくり歩いた駅までの道、改札前でのキス…。思い出すことが多すぎて、頭がパンクしそうだ。さっきまでフワフワしていた頭が冴えてしまって、もう酔いが覚めてきている。最寄駅に着いたらコンビニでもう1本お酒を買って飲み直そうと心に決める。
ブーブー、とスマホの通知が鳴る。LIMEメッセージだ。アプリを開くと、ついさっき笑顔で手を振っていた彼だった。彼も電車に乗って帰宅中らしい。
[今日はありがとう♪また行こうねー😍]
また行こうね、ってどういうことだろう?最後にキスしておいて。また軽いノリで飲み会に誘えるほどの軽い意味のキスだったのだろうか。それともこの「また行こうね」は社交辞令なのだろうか。
また思考がぐるぐると回ってきた。とりあえず今日が楽しかったことには変わりなかったので、私もまた行きたいです、と返信をした。
帰り道、あと30分長ければいいのに。 あけぼの @haluwaakebono
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