狙った獲物は逃がしません
キラキラと灯の灯された会場に一足踏み入れた途端、思わず「わぁ」と声が漏れてしまう。
お母様のスカートの中ではなく、正式に招待状を頂いての参加。
これはお母様が国王陛下の妹で国母であるお婆様に可愛がられているので特別に許可が出たのだと聞かされました。
招待の理由は王宮から出る事のないお婆様がわたくしに会いたいという事にしたのだそうです。
一応、この国では五歳以上で社交界に参加することが出来るのですが、これは王族の中でもほんの一握りの方だけで、ほとんどの貴族は様々な社交技術を身に着けてから参加いたします。
それでも出てはいけないというわけではないので、無理を通せば何とかなるものですわね。
「お母様すごいです! わたくしこんなところを見るのは初めてですわ!」
「ふふふ、楽しそうで良かったですわ。今日は無理なお願いを聞いてくださったお母様に一番にご挨拶をしましょうね」
「はい! でも、陛下に一番に挨拶をしなくてもいいのですか?」
「後で構いませんわよ。旦那様がちゃんとしてくださいます」
「わかりました」
お母様についてお婆様の前に行くと、お母様のまねをしてカーテシーをします。
「まあまあ、シシリアはますます妾に似てくるの。その黒く艶やかな髪も赤い宝石をはめ込んだような眼もそっくりじゃ」
「お母様、本日はシシリアのわがままを聞いてくださってありがとうございます」
「良い良い。大人にあこがれを持つ年頃じゃからの。して、本日は特別に欲しいものがあり、誕生日プレゼントと聞いたがどのようなものじゃ?」
「はい、お婆様。わたくしは旦那様が欲しいのですわ」
にっこりとそう口にした瞬間、お婆様は手にしていた羽扇子をぽとりと膝の上に落としてしまいました。
「さ、さようか。そうか、そうじゃな、婚約者を自分で探すのも悪くはないかもしれぬの」
「いいえ、お母様。シシリアは婚約者ではなく夫が欲しいのだそうです」
「なんとっ」
「お婆様、このままではわたくしは王子様の婚約者になって、報われるかわからない苦しいお勉強をして過ごさなければいけません。恋だってできません。だから、わたくしはわたくしだけの旦那様が欲しいのです」
よくよく考えれば、そういった期間を経て王妃の座に座り今は国母になっているお婆様に言う言葉ではないかもしれませんが、ここではっきりと言わなければいけない気がいたしましたので、顔を上げて目を見てはっきりと伝えました。
「……なるほど、しかしシシリア。そなたの年齢で結婚となると色々と問題が」
「わかっております。しろいけっこんというものですよね。もちろんそれを理解してくださる旦那様を見つけて見せます」
「だれじゃ! 妾の孫にそのような言葉を吹き込んだのは!」
「わたくしではありませんわよ、お母様。メイドでしょうか? いえ、まさかそんな……」
「ティアンカが私が王子と結婚してもしろいけっこんなのだから幸せになどなれやしないと言っておりましたわ」
「あの子はっどこまでシシリアを馬鹿にしてっ! 旦那様! 今すぐこちらにいらして!」
お母様が大声を出したことにより、会場に集まっている方々の視線が此方に集まってしまいました。
咄嗟にお婆様の椅子の後ろに隠れて様子を見ていると慌ててこちらに来たお父様にお母様が何か文句を言っています。
その後ろから陛下や王妃様がやって来て、話を聞いて青い顔をしたのがよく見えます。
たくさんの人が集まって来て、一段高いお婆様の席からは一人一人の顔がよく見えました。
その中でふと目に留まった人がいました。
背が高く細いように見えますが、あれは隠れ細マッチョと言うものだと直感が告げます。
わたくしと同じ髪の色、流石に目の色まではわかりませんが顔立ちからして何処となくお婆様に似ていますのでお婆様の血縁関係がある方なのかもしれません。
「お婆様、あの黒髪の背の高い方はどなたですか?」
「ん?……ああ、あれは妾の甥のルツァンドじゃ。ルツァンド=モスロトムという」
「ルツァンド様というのですね」
「なんじゃ、興味があるのか?」
「はい」
「そうか。ルツァンド、こちらへ」
お婆様がそう言うと、ルツァンド様がゆっくりとお婆様の方を向いて近づいていらっしゃいます。
近くに来てわかったのですが、瞳の色が金色と琥珀色を混ぜたような不思議な色をしていらっしゃいますね。
「国母様、お呼びでしょうか。というよりも、この騒ぎはいったい?」
「気にする事は無い。少々躾がなっていないことが判明しただけじゃ」
「そうですか。それで、国母様の後ろにいる小さなレディは?」
「この子はシシリア=レイバール。妾の孫じゃ」
「レイバール公爵家のご令嬢でしたか。ご挨拶が遅れました、小さなレディ。私はモストロム侯爵家の長子ルツァンドと言います。シシリア様にとって従兄弟叔父になりますね」
「……奥様はいらっしゃいますか?」
「は?」
「いえ、親しくしている女性や、将来を誓った女性はいらっしゃいますでしょうか?」
「おりませんが、それがどうかしましたか?」
「わたくし、レイバール公爵家の長女、シシリアと申します。ルツァンド様、わたくしの旦那様になってくださいませ!」
「は!?」
わたくしはにっこりと今までにないほどの笑みを浮かべてルツァンド様を見て椅子から体をだすとしっかりとその両手を握り締めました。
(この男、絶対に逃がしませんわ)
ストン、とまたそのような考えが落ちてきたのもございますが、一目ぼれがあるというのでしたらまさに今がその状態なのではないでしょうか。
「シシリア! お前は何を言っているんだ!」
「うるさいですわよお父様。お母様、お婆様、わたくしはこのルツァンド様と結婚をしますわ!」
手を握ったままそう言ってお母様の方を見れば、今にも気絶してしまいそうなほどフラフラとしているお母様とそれを支えるお父様、そうして視線を動かせば扇子で顔を隠して震えているお婆様がいらっしゃいました。
これは軽いパニック状態と言うものなのでしょうか?
「ごほん。ここではまともな話し合いは出来ないだろう。別室に映ろう」
そう言ったのは陛下でいらっしゃいました。
同意するように頷けば、どこからか現れた侍女や侍従によってあれよあれよという間に別室に連れていかれてしまいました。
もちろん、そのあいだルツァンド様の手は離しておりません。
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