ストンと腑に落ちました

 ある日突然ストン、と納得することがある。

 それは六歳の誕生日の一カ月前だったので、随分ソワソワしているお父様やお母様の様子に首を傾げた時だった。


『第二王子殿下の婚約者になるのだから当たり前か』


 ストン、と納得した直後、激しいパニックに襲われました。


(いえいえいえいえいえ、家の事を考えればおかしい事ではありませんが、お会いしたこともないのにいきなり婚約者なんてありえないでしょう。でも、わたくしは将来この婚約者と言う名をかさに来てやりたい放題に、ってなんですのやりたい放題って、ばかですの? ありえませんわ)


「お嬢様?」


 急に立ち止まったかと思うと突然頭を抱えてしゃがみこんでしまったわたくしに、見守っていたメイド達が駆け寄って来ましたがわたくしは今はそれどころではありません。


(でもわたくしは第二王子を好きになって……ない、ないですわ。あんな顔だけが取り柄の男、範疇外にもほどがあります……って、なんで会ったこともないのに顔を知っていますの?)


「お嬢様、シシリア様!」


(シシリア……ああ、そうか、そうですわ。わたくしってば乙女ゲームでヒロインを虐めて最後は修道院送りになる悪役令嬢ではありませんか)


 ストン、とその紛れもない事実が胸に落ちて来て混乱は収まりました。


(六歳の誕生日の一カ月前という事は、王子とは顔も合わせていない状態。わたくしの六歳を祝う誕生日にいらっしゃった第二王子にわたくしが一目ぼれをする予定なのですが、生憎そのつもりはございません。そして、わたくしの今の評判は上位貴族の令嬢らしくわがままなのですよね)


 そこまで考えてスクっとふらつかずに立ち上がってお父様に会いに行くと控えているメイドに告げました。

 今は仕事中でお忙しいためお会いできないと言われてしまいましたが、そこはわがまま娘の特権を利用させていただき、何が何でも面会をさせていただきます。

 子供の泣き落としって便利ですわよね。

 騒ぎを聞きつけてお母様がいらっしゃいましたけれども、わたくしの敵にはなりませんし、むしろ少しぐらいならいいではないかと援護してくださいました。

 ゲームの中のわたくしがわがままで横暴な令嬢になった原因はこういう所にもあると思うのですが、今は気にしていられませんわね。

 ともあれ、無理やりわがままで通したお父様との面会、執事が何とも言えない顔をしていたり、侍従長が迷惑そうな顔をしていますが、気になど致しません。

 執務室にはお兄様もいらっしゃいました。


「どうしたんだい、私の可愛い天使」

「お父様、わたくしはもうすぐ六歳ですの」

「うんうん。パーティーはそれはもう豪華なものにしてあげようね」

「違いますわ、わたくしには欲しいものがありますの」

「なんだい? 宝石かい、それとも新しいドレスかな? なんでも言ってごらん」

「旦那様が欲しいのですわ!」


 そうにこやかにわたくしが宣言した瞬間、部屋の空気が凍り付きました。


「候補じゃダメでしてよ、旦那様ですわ。わたくしを目いっぱい甘やかしてギュッてしてくださる旦那様が欲しいのですわ!」


 婚約者なんて要りませんわ、誕生日会にそのまま婚姻の誓いをするのだと無体なわがままを言い出すわたくしに、周囲の大人達は何とかなだめようと必死ですけれども、わたくしの一言に何とも言えない顔をしました。


「だって、わたくしは幸せになりたいのですもの!」


 今、この家でのわたくしの立場は微妙なものです。

 甘やかされてわがままが許されてはいるけれども、家を継ぐ調子ではありません。

 それに、父が一年前に連れてきた異母妹がここ最近教師陣の評判が上がっており、わがままを言って周囲を困らせるわたくしと半比例するように評価が上がっているのです。

 同い年の妹が出来て、わたくしのわがままの回数は増える。

 それでも人を害するようなものではなかったけれども、先日ついに兄が異母妹であるティアンカを抱きしめて頭を撫でている光景を見て、カっとなって二人をそのまま突き飛ばしてしまったのです。

 泣きじゃくるティアンカを慰めながら、兄はわたくしを睨みつけて、どうしてこんなことをするんだと責め立てたました。


「私の幸せを奪うのよ、その子が!」


 そう言って泣きながら走っていったわたくしの事は誰も追いかけず、一人でいつもの隠れ場所の暗い通路にうずくまって泣くしかありませんでした。

 真っ赤に目をはらしてどこかからか出て来たわたくしを見つけた両親も、原因となった兄もわたくしを抱きしめて「ごめん」と言ってくれましたが、ティアンカも家族なのだからと言い訳がましくいってきました


「わかりましたわ、もうけっこうです」


 あの時の言葉を、兄も両親ですらティアンカを受け入れた言葉だと勘違いしていました。

 けれども違うのです。

 もう(わたくしの言っていることをわかってくれないのは)わかりましたわ。(もう疎ましいほどの言い訳など)けっこうです。

 そう言ったのです。

 だからもういい、他を探せばいい。

 きっと子の方々とは分かり合えないとその時は妙に納得してしまいました。


「お父様、わたくしは幸せになりたいのです。だから、誕生日プレゼントは旦那様がいいですわ」

「シシリア、それは、あまりにも……」

「別に王子様の花嫁になりたいと言っているわけではありませんわ、むしろあんなわたくしの望む幸せと縁遠いところにある物などお断りですわ!」

「なっ!」

「一週間後の夜会にわたくしもこっそりついていきます! そこで旦那様を見つけて見せますの!」

「子供が参加できるわけがないだろう!」

「ですからこっそりとですわ。お母様の無駄に膨らんだスカートに隠れればいいじゃありませんか」

「ムダに……」

「許可できるわけ」

「許可してくださらないのなら、庭の花を全部毟りとってやりますわ、それに私は誕生会まで何も食べませんわ!」

「いい加減にしないか!」


 バシン、と頬に何かがぶつかって床に倒れ込めば、お母様が悲鳴を上げてわたくしに駆け寄ってきて抱き上げてくださいました。

 ジンジンする頬を押さえて見上げれば、お父様が顔を真っ赤にして睨んできているので負けじと睨み返します。


「やっていいわがままとやってはいけないわがままの区別ぐらいつけたらどうだ! ティアンカはあんなにも控えめだというのに!」

「旦那様!」

「……どうせ、わたくしはあの子と違ってわがままでどうしようもない娘ですわ。お兄様もお父様もあの子の方が好きなのでしょう!」


 そういってわたくしはお母様の手を振りほどいて、ドアの外に逃げ出していつもの隠れ場所に隠れました。


(うそですわ。本当は大事にされているってわかっていますわ)


 心の中でごめんなさいと何度も繰り返しているうちに、わたくしはいつの間にか眠りに落ちていました。

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