第13話
「客が客を拾うなんてな」
舵を握るルインはぶっきらぼうに言った。
「でも船長さん、あの人達が乗る時、ちっとも反対しませんでしたよ?」
いたずらっ子の笑みでラトナは反論する。
「だってそれは……
「ありがとうございます、船長さん」
急にラトナの表情が真面目になる。ルインは言葉を引っ込めて、前に向き直った。
「畜生。やっぱりアンタのせいで調子狂う」
「本心で礼を言っているのです。やっぱり船長さんって、本当は優しい人なんですね」
「ヘヴィだよ。クソっ」
ルインは略帽を目深に被り、熱くなる顔を、ラトナから逸らした。
シュイク族のアルプと数人の部下を乗せたサ・イラ号は、三の氏族がいると思しき方角に針路を進めていた。ケルクの地にはグリレが連絡役として残り、足の遅いシュイクの飛行船と共に後から来る手筈になっている。
目当ての船は二隻。その内の一隻は、曳航式の
(これで良いんだよな?)
ルインは風を読み、失速させないよう注意を払って船を進ませる。
どうしてここまで必死になれるのか。自分でも分からない。だが、今はこの思いを糧に、全力を尽くすのが正解なのだろう。
(それなら、やってやろうじゃねえの!)
「まだ遠い。しかし、差は縮まっておる」
「舵そのまま!」
案内役はアルプとマルダー。二人の魔法使いは、船首に奇妙な円陣を描き、行き先を指示していた。ラトナ曰く「魔法の一種」だと言うが、素人のルインにはさっぱりである。
「速度を上げておくれ、船乗り。もっと急ぐんだよ!」
掌にコンパスを載せたマルダーが声を張った。
「バカ言うな。帰りの燃料が保たんぞ」
そう言いつつも、ルインは速度を一段階上げて、サ・イラ号をより前に進ませようと試みた。
「本当に見つかるんだろうな?」
「あの二人なら見つけてくれます」
被せ気味にラトナが言い放つ。
「いいえ、見つけてもらわなくては」
そこに、船室の様子を見に行っていたザナが戻ってきた。
「どうだった。リガーリェの堅物君は。しっかり異文化交流できているか?」
場を和ませようと、ルインは冗談交じりに話す。船室にはヘッツァーとシュイクの戦士達が同乗していた。
「それが、さ……」
尋ねられたザナは目を泳がせ、遠慮がちに口を開いた。
………
船室ではヘッツァーとシュイクの戦士達が、黙々と装備の点検をしていた。誰一人として言葉を発さない。というより、重苦しい空気のせいで、双方共に口が開けない状況であった。
「こんな感じ」
「これは……」
様子を見に来たラトナは、思わず困った笑みをこぼしてしまう。
シュイクの戦士達は部屋に入ってきたラトナを、一斉に注視した。
彼らは枯草色の戦装束の上に、煌びやかな刺繍をあしらった革鎧や装具を身につけていた。中には毛皮付きの兜や牙を生やした頰当てまで身につけている兵までいる。
その姿はどこか旧態然としつつと、勇ましい戦士の風格を放っていた。
「ああ、姫。これはどうも」
ヘッツァーは愛用の山刀を傍らに置き、一礼する。彼もまた自前の装具を身につけ、来たる戦いに備えていた。
「船はどこに向かっているのです?」
「今はケルクから南に飛んでいる。じきにピートの湿原地帯だ」
と、ザナが代わりに説明した。すると、ヘッツァーが浮かない顔になった。
「姫。やはりシュイクの船は……」
ラトナの表情に深刻な色が増していく。
「ええ。彼らは針路を変えていません。このままでは、リガーリェに着いてしまう。もはや、彼らの道案内だけでは治らない事態になってきました」
「何ということだ……」
狭い額に玉汗を浮かべたヘッツァーは、紺の短髪を掻き上げた。
「もし郷に踏み入るような事となれば、境を見張る砦が黙ってはおりますまい。場合によっては戦の火蓋を切られ、ケルクの二の舞となるやも」
などと言っている間に、サ・イラ号がぐずつき出した。同時に咳き込むような排気音と共に、船体が左右に揺れだす。
「あらま」と、ラトナ。
「いつもの事。気にしなさんな。あーあ、専門の技師がいれば不調に困る事は無いのに」
ザナが能天気に言う。
(いつも?)
耳を疑う言葉に、ヘッツァーは訝しげな面持ちとなった。
「……落ちるかな?」
ふと、シュイク戦士の一人が不安そうに呟く。成人もしていなさそうな、あどけない顔立ちの若者だった。
「落ちるかよ。こんな立派な船なんだぜ?」
仲間が宥めるように言った。
「だよな。どこの氏族の船よりもずっと硬そうだもんな」
「それに速い。オレ、生まれて初めて、こんな速い船に乗った」
「六の氏族が、自分達の風食い鳥が世界で一番速いなんて言ってたがよ。この船は、それ以上かもだ」
彼らの言葉にラトナは目を丸くする。隣のザナは必死に笑いを噛み殺していた。
「……なあ。この船、厠は?」
また一人、中年の戦士が恥ずかしそうに声をあげた。
「あるぜ。案内する」
ザナが気前良く名乗り出ると、その戦士は安堵の表情を見せた。
「助かった。ずっと我慢してたんだ」
「漏らすなよー」戦士の一人が茶化した。
そして二人が出て行く頃には、シュイク戦士達の口数がどんどん増えていた。談笑、猥談、世間話。終いには狼狽えるヘッツァーに、糧食を土産に話しかける輩も出始めた。
「うるさい」
側近の双子の一人がポツリと言う。
「これから戦だというのに」
双子の片割れも後に続く。
「いつもこうだ」
「戦の前はいつも喧しい」
どちらもやはり無表情のまま、口調も感情がなく、淡々としている。
「賑やかにしていれば怖さも薄れますよ」
と、ラトナは双子達に言った。
「不要だ」
「喧しいのは好かん」
「まあ、人それぞれでしょうね。私は、怖いまま死んでいくなんて嫌です。だからせめて、その直前までは笑顔で、元気でいたい」
ラトナは慈しむような目で、盛り上がる男たちを見守っていた。
「……そうか」
「そういうのもあるのか」
双子達は互いに顔を見合わせた。納得しているのか、していないのか。堅い表情からは判別できない。
……その内にザナと中年のシュイク戦士が慌ただしく戻ってきて、一同に言った。
「みんな、船が見つかったってよ。すぐそこまで捉えた!」
ラトナは手を叩き、皆に声を掛ける。
「皆さん出番です」
「戦である。皆の衆、用意は良いな!?」
続けてヘッツァーが山刀を高々と掲げ、戦士達に叫んでみせた。
「オオォォォ!ッ」
ヘッツァー、そしてシュイクの戦士達は声を揃えて吼えた。
「暑苦しい」「やはり理解できない」
双子たちは白々しい目で燃える男共を見た。
……………
「……おいおい。ふざけるなよ」
戦士達が士気を高めてる一方、ルインは暗い顔で不満を垂らしていた。
魔法使い達の指示通り飛んでいる内に、船が二隻見えてきた。ツギハギの装甲を重ね合わせ、大小雑多な火砲を大量に備えた大型の武装船と、それに曵かれる筏船である。
「三の氏族の船はアレのようだね」
操舵室にマルダーが入ってきた。そして、手にする「特別なコンパス」を、ルインに見せた。
針は無く、代わりに黒玉が船の浮かぶ方角に傾いていた。
「壊れてるんだ、ソイツ」
「いいや、アレこそが我らの追い求めしもの。三の氏族の船だ」
と、アルプは言った。
「それに手掛かりにしてきた、獣のニオイが届いておる。最初の頃より薄れているのが気にはなるが、まあ良い。ささ、船乗り。早うアレに近づいてたもれ」
族長は骨の杖で武装船を指した。
「馬鹿言うな。あの大砲の数を見ろ。軍艦並みか、それ以上のハリネズミじゃねえか」
と、ルインは叫ぶ。
「あんなのに近づいてみろ。あっという間にボロ雑巾だ!」
「うーん。コレばっかりはアタシも船乗りに賛成だね、族長サマ」
これにはマルダーも同調した。
「無理に突っ込んで仲良く犬死なんてゴメンだよ。第一、作戦なんてあるのかい?」
と、彼女は眉をひそめて尋ねる。
「接舷して船に乗り込み、ひっ捕える」
キッパリとアルプは言い放つ。
「へえ、そいつは名案だ。無理無茶無謀って所を除けばな!」
ルインは激怒しつつも、皮肉たっぷりの口調で言い返した。
……その次の瞬間、武装船の艦尾から煙が噴いた。
そして、サ・イラ号の頭上を風を裂く甲高い音が通り過ぎていった。
「ほれ見ろ。撃ってきた!」
ルインは急ぎ取舵を切った。同時に射線に捉えられない様、高度も落とす。
「ザナ、機関室に入れ。今は速度を優先する」
伝声管でザナに命令を出す。その間にも、武装船はサ・イラ号に向けて発砲を続ける。
「船長さん、どうしたんですか?」
ラトナが操舵室に戻ってきた。ルインは面倒臭そうに姫騎士の方を向く。
「見ての通り、奴ら撃って来やがった」
「なぜ?」
「ここは森の外。異邦人にとっては全てが敵……などと彼奴らは思っておるのだろう。愚か者め、自ら首を絞めおって」
アルプは恨めしそうに言葉を絞り出す。
「そういうこと。連中、目についた船は手当たり次第に手を出して、追っ払うつもりね」
ルインは口と手を忙しなく動かし、回避運動を続けた。
「んで、どうするよ。このままじゃ全員、おっ死んじまうぞ!?」
「アルプ族長。今は分が悪い。ここは一時退却を」
ラトナはそう言って、アルプの力んだ肩に手を載せた。
「……やむを得ん」
決断を下したアルプの声は、誰が聞いても分かる程に震えていた。
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