第12話
数分後。シュイクの民を自称する飛行船がサ・イラ号の横に着陸した。
革製の気のうの下に、樽を両断したような、半円状の船体がぶら下がっていた。ドゥクスの飛行船とはまた違う、独特な艦型である。
そして、乗っていた三人組は更に奇抜な格好をしていた。
金色刺繍を施したえんじ色の法衣に、きらびやかな飾りまで身につけている。だというのに、彼らは音を一つも出さずに、すうっと流れるように飛行船から降りてきた。
「止まれ、シュイクの者!」
ヘッツァーは山刀を頭上に掲げ、停止を促した。グリレも見張り台で機関銃を構える。
シュイクの三人組は呼びかけに応じて、ぴたりと止まった。
「こちらはリガーリェの船だ。なぜアタシらを引き止めた?」
「……いや、俺の船なんだけど?」
マルダーの質問に操舵室のルインがボヤく。案の定、彼の不満は皆に無視された。
「害は与えぬ、リガーリェの民。我らシュイクは、この地に来た同胞を探している」
そのように答えたのは、顔全体を赤頭巾と赤布で覆い隠した、奇妙な人物であった。ハスキーな声は若い男のようにも聞こえるし、低い声の女とも取れた。そして、ほかの二人より多く飾りを付けて、骨の杖を持っている。どうやら一団の代表者らしい。
「其方らと話がしたい。どうか、矛を収めてくれぬか」
代表の言葉に、ヘッツァー達は互いの視線を交わらせた。
「……奴らの飛行船はどう? 攻撃してくる気配はありそう?」
と、マルダーはこっそり尋ねる。
「静か。動きない」
そのように答えるグリレ。伏射の態勢をとり、静かに安全装置まで外し終えて、いつでも撃てるようにしていた。
「ヘッツァー、グリレ。武器を下ろして」
平服を整えたラトナが甲板に姿を見せた。
「リガーリェの姫騎士、ラトナ・クワドリガと申します。国守ティーゲルに代わり、あなた方の用件を聞きましょう」
冷然とした面持ちで姫騎士は言った。
……それからシュイクの三人組が甲板に上がってきた。彼らは収容した若者の遺体に手を合わせ、呪文めいた短い文言を唱える。彼らの供養らしいとラトナは考え、自らもそっと祈った。
供養も済んだ後、彼らはようやくラトナ達に向き直った。
「まずは礼を。お陰で彼だけでも供養できた。さて、我はアルプだ。シュイクの十四氏族族長。先ほども申したが、この地に来たのは同胞を探すため」
「それなら話が早いぜ。あの街は見たかよ。街のど真ん中に落ちた船をさ」
ザナが口を挟んで来た。抑えているようだが、声にはしっかり怒りがこもっていた。そんな少年をルインが頭を小突いて制する。
アルプは少年をまっすぐ見直し、そして話を再開させた。
「……見た。まさに我らが探していたシュイクの船。しかしもう一隻、この地にやって来ている筈なのだ」
「どういう事です?」
尋ねたのはラトナだ。
「あの船は三の氏族のモノ。数日前、氏族の若者共が族長を殺して、この地へ逃げて来た」
そのように答えたのは、アルプの傍に控える、侍従の女であった。
「それだけではない、彼奴らは各地の氏族をも襲い、船と獣たちを盗んで回った。我々の牛蜘蛛も連れ去られた」
同じくもう一人の女が言葉を続ける。 どちらも同じ顔、同じ無表情で振る舞っている。
どうやら双子らしい。
「あの牛蜘蛛は、あなた方の財産でしたか」
「然り」
アルプが頷く。
「そういう事なら残念だね、族長さん。生憎あたしらは、お仲間を見ちゃいない。来た時には、ああなっていた」
マルダーが肩を竦めてみせる。
「……そうか。ニオイを辿ってここまで来たが、遅かったのか」
「に、ニオイ?」
「そうだ、隻眼の。シュイクは獣使いの一族。獣のニオイ、気配を読み取る術を持っている。そのニオイは今、向こうの方角から流れて来ている」
そう言うと、アルプは骨の杖であさっての方角を指した。
「あっちは……」
真っ先に気付いたグリレが狼狽え出す。
「リガーリェ。私達の郷の方角だわ。なんて事……」
ラトナも両手で口元を覆い、目を見開く。
「ま、まだリガーリェに向かっているって、決まった訳じゃないだろう。途中で針路を変えるって事もあるかも」
ザナが敢えて明るい口調で言う。しかし、皆の表情は暗く、深刻さが色濃く出ていた。
「我らはこれより彼奴らを追い、捕まえなければならない。しかし、我らはこの地に不慣れだ。そこでリガーリェの姫騎士よ。今の話を聞く限り、三の氏族の船は、其方らの郷の近くを通るかもしれんのだろう。どうか道案内を頼まれてはくれぬだろうか?」
族長は片ひざをつき、頭を下げた。付き人の二人も、硬い表情のまま同じ動きをする。
「参ったね。どうにも断れない状況ではあるんだけども」
と、マルダーが困惑する。
「如何します、姫。ザナ少年の言う通り、まだリガーリェを目指しているのかも不明なのです。安易に協力するのは得策では無いかと」
ヘッツァーはラトナに耳打ちをした。
「分かっています。それを承知で、道案内を請け負いたいと思います」
ラトナはきっぱりと答える。ヘッツァーは諌めようと口を開きかけるが、結局やめた。
「郷に少しでも害が及ぶ可能性があるのなら、確かめておいても損はありません。寄り道をする燃料はありますか、船長さん?」
「多少の道草ぐらいなら問題は無い」
ルインはそう言うと、傾けた略帽の下で不敵に微笑んでみせた。
「姫さんらしい判断だ。やっぱり、そう来なくっちゃな」
それから姫騎士は、尚も引き締めた面持ちで、シュイクの長に言った。
「道案内は請け負いますが、ひとつ条件があります。今回ばかりは、私も只のお人好しではいられませんから」
……………
「あの陸タガメの群れは、骸の臭いにつられて、他所から移動してきたのだろう。とりわけ牛蜘蛛の骸はよく臭うからな」
アルプは飛行船の船橋から、ケルクの街を見下ろしていた。飛行船は小柄ながら、三十人近いシュイクの民を乗せていた。その多くがアルプ達に反して、地味な色合いの貫頭衣に履物という、質素な出で立ちであった。
「陸タガメを街から追い出す。それで我らの頼みを聞いてくれるのだな」
そう言って、ラトナとマルダーへ顔を向けた。二人は見届け人として乗船したのだ。
「はい。獣使いの民として、できる限りの後始末をお願い致します」
そう言うと、ラトナは死んだ街に悲痛な視線を落とす。
「そうでなくては、ここの人たちが浮かばれません」
「あい分かった」
アルプは大きく頷き、黄金色の絨毯に胡座をかいた。すぐに付き人二人が細長い管を何十本も彼の周りに置き、船橋の部下に目配せをする。
「茫ッ!」
両手の指で複雑な印を結んだアルプは、覆面の下で呪文を唱え始めた。
ザラザラした低い声で紡がれる呪文は聞き取るのも難しい、奇怪なモノであった。
言葉というより音。それも人間ではなく、獣が低く鳴いているような音だった。
ラトナはゴクリと唾をのみ、そっとマルダーに目配せをする。マルダーは口元に指を立て、沈黙を求めた。
それから十分以上、アルプは印を結び変えていき、呪文を唱え続けた。
呪文は管を伝い、飛行船の外へ発信されていた。そして戦と死の臭いが混ざった空気を震わせて、陸タガメの群れに届いたようだ。
タガメ達は徐々に動きを止め、辺りを見回すようになった。そして、何か目的を見つけたかのように向きを変えて、のそのそ動き出す。
街中の陸タガメは進みながら、だんだんにまとまっていき、遂には巨大な川のように列をなしてしまう。
「風ッ!」
アルプが印字を結んだ手を頭上に掲げた。すると陸タガメの流れがもう一段速度を上げて進みだす。
ぞろり、ぞろり。規則正しい魔道獣の流れは街道を進み、やがて山の斜面まで達すると、穴を掘り、潜って行った。
「茫……風……茫……風……」
アルプの掛け声のもと、陸タガメの流れは斜面の穴へ消えて行く。
そして最後の一匹が穴に潜り終えると、辺りはまたしん、と静まり返った。
「……たまげた」
沈黙に包まれた船橋で、マルダーが口火を切った。
「噂以上だね、獣の術は。あんな大群を一度に統制しちまうとはね」
魔女の口調は軽かったが、片目はちっとも笑っていない。
アルプは残心めいた動作を終えると、怠そうに体の向きを変えた。
「統制ではない。興味を逸らしたに過ぎぬ」
などと言っている間に付き人達が駆け寄り、体を持って、族長を立ち上がらせた。
「シュイクの術は獣を支配することにあらず。獣と共に歩むため、不必要に力は加えぬ。ただ、呪に意思を添えるのみ」
と、獣使いの長は疲労に満ちた声で話す。
「『生活の知恵』というヤツですか?」
「たぶん違うよ、ラトナ」
騒動が治った事で、双方の間に流れていた緊張が幾分か和らいだようだ。
「ああ、しまった。骸の始末が抜けておった。早く始末をつけよう。船を下ろせ」
はっとした様子で、アルプは部下に着陸の指示を出す。
「時間がありませぬ」
「三の氏族がより遠くへ行ってしまう」
側近の一人が無表情に言う。もう一人も無言で頷いていた。
「このまま放っておくわけにもいかぬ。骸まで害無く土へ還す。それが作法であろう」
「……それでしたら、族長さんと数人だけ、我々と先行しては?」
ラトナのこの発言に、今度はアルプ達が驚かされた。
「条件を果たしてくれました。今度は我々が、頼みをきく番ですよ」
「よ、良いのか?」
「ええ。肝心の探し物が更に遠くへ行ってしまっては、元も子もありませんし」
温和に言うラトナ。狼狽たアルプ達は一箇所に集まると、小声で会議を始めた。
結論はすぐにでた。アルプは杖で床を叩き、ラトナに頭を下げた。
「族長アルプ他、戦士十五名。ご厚意に甘えさせて頂く」
「着陸中止。山向こうで族長を下ろす」
「同行する者は荷をまとめろ!」
側近達の号令で船橋は慌ただしくなった。
「誰が言ったかな?只のお人好しではいられないとか。こいつはどう見たって、度を超えているぜ、お姫様?」
呆れ半分にマルダーは言う。するとラトナは、いつも通りのニコニコ笑顔で答える。
「『人助けは目と腕の届く限りやりなさい』と、お祖母様から教わりましたから」
ラトナはチラリと後ろを向き、荷造りをするアルプ達を物憂げに見やった。
「それに、見ず知らずの人間に助力を求めねばならない程、困っているようですから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます