第157話【ベリルの村】

「見えてきました。

 あそこが今日の目的地であるベリルの村です」


 御者台から前を見据えながらトトルがそう教えてくれる。


 村というだけあって街のような立派な外壁もなく簡素な板張りの柵で囲ってあるだけのいかにも獣が侵入することを防いでいる程度にしかならないように見える。


「今まで領都や王都を見てきたからずいぶんと外観からして簡素に見えますね。

 早く中も見てみたいです」


「ははは、特に見るものは無いかもしれませんよ?」


「そうかもしれませんが、新しい街や村に行くのはやはり何かしら期待してしまいますよ」


 僕はそう言って側に座っていたノエルの手をとって慎重に立たせて前方を向かせた。


「――そこで止まれ。

 その紋章からしてロロシエル商会の商隊に間違いないだろうが念のために確認をさせてもらう」


 ベリルの村入口では見張りの者が近づく馬車隊に停止と確認を求める。


「ロロシエル商会の筆頭御者トトルです。

 アランガスタ王都から戻る途中に寄らせて頂きました」


 トトルは自らを名乗り商隊の証を見張りの者に提示した。


「む、確かに。

 ベリルには商売で来たのか?」


「いえ、今回はマーグ経由だった予定をベリル経由に変更しただけですので大きな商売は予定しておりません。

 ですが、せっかく立ち寄らせて頂きましたので村の雑貨店等に卸せるものがあればとは思っております」


「そうか。

 とりあえず入村を許可するから中央広場に移動してもらえるか?」


「ありがとうございます。

 では馬車を村へ入れさせてもらいます」


 トトルは笑顔でそう答えると他の御者たちに移動の指示を出してからゆっくりと馬車を村の中央広場へと進めて行った。


「私は村長に広場の使用許可と雑貨店との商談の話をしてくるので暫く待機していてくれ。

 大掛かりなことをしなければお茶を飲むなどは問題ないですので」


 トトルはそう皆に指示を出すと近くの大きな家に向って歩いて行った。


「僕たちも後で雑貨店を覗いてみるとしようか。

 今回は持ち込みの申請をしなかったから僕たちの商品を売るわけにはいかないけれど買う分には問題はないと思うよ。

 もっともこの村にそんな特徴のある品物があるかどうか分からないけれどね」


 僕はノエルにそう話をしながらカード化された紅茶(淹れたて)を開放してノエルと一緒に並んで座りながら飲みながらトトルを待った。


「――お待たせしました。

 広場を使う許可が出ましたので野営の準備にはいってください。

 私はこの後で雑貨店に顔を出してみるつもりですがもしかするとミナト殿にカード化してもらっている商品の一部を卸すことになるかもしれませんので面倒でしょうが同行をお願い出来ますか?」


 どちらにしても後で覗こうと思っていた雑貨店に連れて行ってくれるというので僕はふたつ返事で了承した。


「ここがこの村で唯一の商店になります。

 基本的に取り扱っているのは村人の食料品関係と日用雑貨が中心になりますので残念ながら珍しい品物は期待出来ないでしょう」


 トトルは僕たちが何を期待しているか分かっていて先にそう伝えるところが優秀たるところだった。


「なるほど、では過度の期待はしないようにしておきますね」


 期待していった場合、何も無かったときの落胆が相手に伝わるかもしれないとの配慮だったようで商人の基本として相手にこちらの過度な感情が伝わらないようにとのことだった。


「いらっしゃいませ」


 雑貨店のドアを開けると店内から女性の声が聞こえてくる。


 雑貨店に入ると室内は小ぢんまりとしていたが多くの品物が所狭しと積み上げられていた。


「村長に頼まれて品物を卸にしたロロシエル商会のトトルと申します。

 詳細は店の者に聞くようにと言われて来ましたので何を置くか決めておりませんが要望などありましたらお聞かせ頂けますか?」


 トトルは今は商会の代表としていち商店の店主との交渉に向けて挨拶をする。


「これはご丁寧に、この雑貨店の店主をしておりますミミエルと申します。

 王都でも有名なロロシエル商会の方がお見えになるなんて初めてのことですから少しばかり緊張しますわ」


 小さい村の雑貨店とはいえ商人スキルを持つ立派な経営者としてミミエルも丁寧に受け答えをした。


「先ほど村長からお話を頂いた時には嗜好品と薬が不足していると大まかな事だけお聞きしていますが具体的にはどのようなものが必要なのでしょうか?」


「村長さんが言われたのはおそらく嗜好品としてお酒、薬は傷薬のことだと思います。

 なかなか商人の方が来られないので定期的にまわるように指示されている商人の方に頼らざるしかありませんので」


「そのようですね。

 では、まずはお酒の取引きをすることにしましょう」


「え? お酒を卸して頂けるのですか?」


「はい。

 必要とされている方が居られるのならば商会として応えたいと思います」


「ですが、お酒は容れ物が破損するリスクが高いので普通多くは運んでませんよね?」


「そうですね。

 ですが今回はたまたまそれなりの量を運んでいるだけですよ」


 ミミエルは少し考え込むような仕草をして後ろの棚から台帳を取り出してパラパラとめくる。


「どのくらい卸して頂けますか?」


「いくらでも……と言いたいですがさすがにそれは無理ですので最大100でどうでしょうか?」


「100……か、そうですね。

 値段次第では全部引取りたいとは思いますが本当に100もあるのですか?

 容れ物が壊れないように馬車に積むと一台に数十本が精一杯だと思うのでとても信じられないのですけど」


「そうですね。

 実際に品物があることをお見せしましょうか?」


 ミミエルの言葉にトトルは僕をちらりと見てからそう言った。

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