第141話【今後の展望】

 その夜は特にトラブルもなく翌朝は全員にスープの朝食を提供してから出発となった。


「なあ、ミナトさんの婚約者のノエルさんが手掛けているのは雑貨屋なんだよな?

 どんなものを売っているんだい?」


 トトルは商人のためかノエルのお店の話になると嬉しそうに会話を弾ませて話しかけてきた。


「雑貨一般を取り扱っていますけど最近は王都の流行りもので若い人向けに装飾品や衣類を多く扱ってましたね。

 ロギナスは地方都市で王都からは少しばかり離れてますのでそういった流行りものが若い人たちに人気がありましたね」


「へー、わざわざ王都から流行りものを取り寄せていたんですね。

 でもそうすると輸送コストが凄くかかって相当高いものになったんじゃないですか?」


「そうですね。

 ただ、うちの場合は父が王都で仕入れたものをまとめて他の店に卸す品物と一緒に送り付けて来ていたので単体にかかる輸送費はそこまで高くは無かったですね」


「抱き合わせ輸送ってやつですね。

 重量の軽いものは馬車で輸送するにも安く送ることが出来ますからね。

 他には何か面白そうな話はありますか?」


 トトルは馬車を操りながらも商売人としての情報収集に努めて話を続ける。


「そうですね」


 ノエルはそう言って僕の方をちらりと見てから話し始めた。


「最近のことですけど私の国ではギルドが主催で高速の運送技術が確立されました。

 それによって他の町から傷みやすい食料品なども運んでくることが出来るようになりましたね」


「傷みやすい食料品ですか?

 具体的にはどういったものを?」


「私が町を出る直前では王都で流行っていたお菓子が若い人たちに人気でしたね」


「お菓子……いや、無知故におたずねしますがその王都とあなたが住まれていた町はどのくらい離れているのでしょうか?」


「馬車でだいたい6日くらいですね」


「6日ですか。

 それがどのくらい早くなるのでしょうか?」


「当日ですね。

 朝送り出せば午後には到着することでしょう」


「はあっ!?」


 ――ガタン。


「きゃっ!?」

「おっとと」


 トトルの驚いた声と共に馬車が道の石を踏んだらしく馬車が大きく揺れノエルが側にいた僕に抱きつくように倒れてきたので慌てて彼女を胸で受け止めた。


「すまない。

 どうやら石を踏んだようだ」


 トトルはすぐに周りを確認して危険が無いことを知り僕たちにそう言って謝りをいれる。


「いや、大丈夫ですよ。

 ちょっとびっくりしただけですから」


 ノエルを受け止めたまま僕は笑顔でそう返す。


「怪我がなくて良かったよ。

 しかし、馬車で6日の距離を送り出してからわずか半日で送り届けるのは不可能じゃないのかと思うが国のギルドが絡んでいるならば嘘ではないのだろう。

 もし、話せるならばどうやっているのか教えてもらってもいいですかな?」


「それについては僕から話そう」


 トトルの言葉にノエルをゆっくりと座らせなおした僕が言葉を選びなら説明していく。


「説明の前にひとつ確認したいのですけどアランガスタやダルべシアのギルドには『ギルド便』はありますか?」


「ギルド便?

 ああ、アランガスタの魔道具士が開発した鳥型の魔道具のことか?

 確かにあれは馬車とは比べものにならないくらいに早く届けられるがあれは手紙や指示書の配達しか出来ないだろう。

 それと何の関係が……」


 トトルはそこまで言って先ほど見た、カードから開放した料理を思い出して「あっ」と声をあげる。


「いや、しかしそんなことが可能なのか?

 それにそんなものが現実になれば私たち運送業を営む商人たちは皆廃業することになるのではないのか?」


「いえいえ、なんでもかんでも出来る訳ではありませんし、やるには設備面だけでなく人材育成も必須になるので簡単にどこでも導入出来る訳ではありませんからそう心配をされなくても大丈夫ですよ」


「そ、そうだよな」


 トトルが安心したのもつかの間「せいぜい食料品と緊急性の高い薬なんかの運搬だけにとどめればの話ですけどね」と『やらない』とは言い切らない僕にトトルは苦笑いするしかなかった。


「ダルべシアでもスキルの講義をするつもりですか?」


 僕たちの会話を聞いていたノエルが小声で僕に聞いてくる。


「そうだね。

 向こうのギルドの対応次第だけどおそらくダルべシアでもカード収納スキル持ちは冷遇されているだろうからなんとか力になれたら良いと思ってるよ。

 本当ならばアランガスタでもと思っていたけど今は離れていた方が良さそうだからそっちは落ち着いたら考えるつもりだよ」


「じゃあしばらくはダルべシアに滞在することになるのね?」


「そのつもりだけどノエルが帰りたいと思ったらいつでも帰る準備をするからね」


「うん。

 でも、まだ当分はいいかなと思ってるからミナトがやりたい事を優先して良いですよ」


 僕はノエルの言葉に思わず感極まって彼女の肩を引き寄せて「ありがとう」と言った。


「あんたら夫婦か恋人同士かは知らないがそういった事は出来れば人が見ないところで頼むよ。目の毒ですからね」


 トトルはこちらを見ないように前だけを見て馬車を操りながらそうぼやいた。


「トトルさんはご家族は?」


「ダルべシアに妻と娘がいますが長期で家を空けて仕入れなどをしなければならない仕事ですから少しばかり寂しいですけど今の商会での立場がありますから頑張らなければと思ってますよ」


「そうですよね。

 個の商人ならば家族と行商とかも可能かもしれないですけど大手の商会勤めならそうはいかないですもんね」


「ですがそのおかげで家族を養っていけるのですから商会には感謝してるのですよ」


 トトルはそう言って笑うと「もうすぐ今日の目的地に着きますのでまた話を聞かせてくださいね」と言って後ろの御者たちに合図を送る動作をした。


「今夜野営をしたら明日にはベベルの町に着くみたいだから食べ物屋をまわってみたいな」


 僕がノエルにそう言うと彼女は笑顔で「はい。私も行きたいです」と返してくれた。

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