第119話【デートという名の駆け引き②】

「あら、ごめんなさいね。

 せっかく来てもらったのに私たちだけで話してたんじゃ意味がないわね。

 魔道具に興味があるってことだけど具体的にどういったものに興味があるのかしら?」


 マリアーナが商品に目をやるのに気がついたおばさんはすぐに商人モードとなりベテラン接客員としての顔を出してくる。


「そうですね。

 最近は馬車での移動なんかが多くなったので御者台に座るときにお尻が痛くならないクッションとかあれば嬉しいかな」


「へぇ、あんた馬車の御者もやるのかい。

 女の御者は少ないからね、やはり男に比べていらないトラブルに巻き込まれる可能性があるから気をつけなよ……っと、クッションだったね。

 ええと、これがいいかな」


 おばさんはそう言いながら箱の中から一枚のクッションを取り出してきた。


「衝撃吸収の付加処理がしてあるものだよ。

 長時間座ったままの仕事をする人にすすめるもので結構人気もあるのさ。

 まあ、試しに座ってみなよ」


 おばさんはそう言ってクッションを近くにあった椅子に置きマリアーナに座ることをすすめた。


「では、試させてもらいますね」


 マリアーナはそう言いながら椅子にクッションを置いてそっと座った。


 ふにっ――。


 心地よい座り心地でお尻にかかる体重がうまく分散される感じがしてお尻を優しく包み込んでくれる気がした。


「こ、これは……。

 素晴らしいです!

 これをください!」


 マリアーナは感動のあまり金額も聞かずに即決で購入を決めた。


「そうだろ、そうだろ。

 長く椅子に座って仕事する人には絶大な人気商品だからね。

 せっかく友達の少ないゾラが連れてきた人だからサービスしておいてあげるよ」


「それはありがとうございます。

 これが手に入っただけでも来たかいがありましたよ」


 マリアーナはゾラに対する接待も忘れるほどクッションに感動しておばさんの手を握ってお礼を言う。


 それを羨ましそうに見ていたゾラは「あ、あとは宝石関係の魔道具も見てみないかい?」とマリアーナに声をかけた。


「宝石類の魔道具ですか?

 それらはどんなものなのでしょう?」


 マリアーナの興味あるそぶりにおばさんはすぐにいくつかの箱を持ってくる。


「そうさね。

 あんたにはこのネックレスが良いかもしれないね」


 それはサフィアと呼ばれる青い宝石がはめられたネックレスだった。


「綺麗な宝石ですね。

 ところでこれにはどんな効果が付与されているのでしょうか?」


「ああ……それには」


 マリアーナの質問におばさんが答えようとしたところをゾラが会話に割り込んだ。


「そいつの効果は虫除けだ。

 それこそ旅をする者にとってはありがたい付与で汗や匂いに寄ってくる虫を寄せ付けない効果があるんだ。

 ちなみにそれを付与したのは俺だから効果は保証するよ」


 ゾラはここぞとばかりにマリアーナにアピールをする。


「それは便利ですね。

 それはどんな虫にも効くのでしょうか?」


「さすがに全ての虫とはいきませんが大抵のものには効くと思います」


 ゾラの説明にうなずくマリアーナを見ながら話題を横取りされたおばさんが「悪い虫悪い男には効かないからそれは自分で気をつけるんだよ」と少し意地悪い顔でそう言った。


「な、なんだよそれ。

 俺のことか? ヒデーな」


 ゾラは彼女にそう文句を言うが喧嘩になる前にマリアーナが言葉を挟んだ。


「凄くいいものですね。

 これを着けていたらそれこそ悪い虫もつかないかもさそれませんね」


 マリアーナはそう言ってネックレスを首に掛けてふたりに見せると……。


「綺麗だ……」


 その姿を見たゾラがそうつぶやくとマリアーナはニッコリと微笑んで「ありがとうございます」とお礼を言った。


「では、せっかく来たのでこれもいただきますね」


 マリアーナはそれなりにするであろう宝石類の魔道具も普通に買い取ろうとする。


「ちょっと良いのかい?

 すすめておいてなんだけど結構するよそれ。

 そんなものはそこの日頃から金を使わない男に払わせればいいんだよ」


 おばさんはゾラの方に視線を向けてそう言い出した。


「いいえ、そこまで甘える訳にはいきませんわ」


 その言葉にマリアーナはすぐにそう答える。


「彼とは将来は分かりませんが今現在は仕事上の良き関係です。

 その関係に賄賂ともとれる金品のやり取りは後々の関係に影響を及ぼすかもしれませんので控えさせて貰います」


 実際の話、将来もなにもあるわけがないのだが雑貨屋のおばさんの手前、ゾラをこの場でふって貶めるわけにはいかなかった。


「――お買い上げありがとうございました。

 また来ておくれ」


 かなりの額にもかかわらず出し渋る素振りもせずに支払いを済ませたマリアーナにおばさんは商売人スマイルで送り出してくれた。


「――なんだか沢山お金を使わせてしまいましたね。

 本当ならばなにか贈り物でもと思いましたが、俺の独りよがりだったみたいです。

 ですが、このままだと俺の気持ちが収まりませんので次の喫茶店ではお代は持たせてください」


 ゾラの言葉にマリアーナは「わかりました。ではお願いします」と言って優しく微笑んだ。


 ――ちりりん


 ふたりは雑貨屋をあとに女性客に流行りの喫茶店へ来ていた。


「ここで、軽く昼食といきましょう。

 このお店は王都で有名なシェフが2号店としてこの街にオープンしたばかりのカップル御用達の喫茶店なんです」


 お店の中は爽やかな青を基調とした清潔感があり、カップル同士の視線が気にならないように席ごとに目隠し的なパーテーションが設置されていた。


「なかなか良い雰囲気のお店ですね。

 気に入りましたわ」


(このお店の造りはこれからきっと流行るやり方だと思うからロギナスに戻ったら早速ギルドからの提案で売り込もう)


 マリアーナがその内装を見て感想を告げるとゾラは「気にいってくれて嬉しいです」と別の意味で言ったマリアーナの感想を喜んだ。


「おふたり様ですね。

 では、お席にご案内します」


 案内係の女性がふたりをボックス席に案内してから一礼をするとすぐに下がった。


「注文するときはまた誰かに声をかけるのですか?」


 すぐに下がった女性を見てマリアーナがゾラに聞くと「ああ、注文のときはその魔道具を触ると来てくれますよ」と教えてくれた。


「これは、なにか通信系の魔道具なんですか?」


「ええ、各テーブルに備え付けられているものと対になったものが控え室にあってそれが光ったら呼ばれているのがわかる仕組みなんですよ」


「それは便利ですね。

 さすがアランガスタの魔道具技術は素晴らしいものが多いですね」


「まだまだこんなものじゃないですけど、ここでそれを話し始めたら朝までかかってしまいますからまずは注文をしてしまいましょう。

 なにかお好みのものはありますか?」


「そうですね。

 初めての場所ですのであなたのおすすめでお願いしようかしら。

 そろそろあの話も聞かせて貰いたいですし、少しばかり時間のかかるものが良いかもしれませんね」


 マリアーナはそう言ってゾラに微笑んだ。

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