第117話【ゾラとの取り引き】
「――どこでも好きなところに座りな。
ここは工房だから応接セットなんて高尚なものは置いてねぇからな」
ゾラの工房に来た僕たちはいろいろな魔道具が並べられている棚に囲まれている部屋でゾラと対面していた。
「それであの件はどうなったの?」
「あれは……」
ゾラがそう言いかけて僕をちらりと見て「コイツに聞かせても大丈夫なのか?」とマリアーナに確認をとった。
「構わないわ。
彼は仕事上知り得た情報は他へは漏らせない契約がしてあるから」
マリアーナが口からでまかせを言ってゾラを信用させると彼は「仕方ねぇな」と言ってある箱から魔道具を取り出した。
「これは……」
そこに出されたのは真っ白な一本の首輪だった。
「隷属の首輪だ。
犯罪奴隷を縛るために使われるレア魔道具になる。
しかし、コイツは国によっては使うことが禁止されているうえに所持するにも許可がいるものだ。
おっと、もちろん俺は許可持ちだしそもそもコイツは俺が作ったものだ」
「私が聞いた情報ではその鍵を外すことが出来るのは作った本人からキーワードを聞き出すしかないと言うものだけど間違いない?」
「ああ、ほぼ間違いないが1つだけ訂正するならキーワードの他に実際に使う鍵が必要ってことだ。
ここを見てみろ、鍵をさす穴があるだろう。
そのふたつが揃って初めて外すことが出来るんだ」
僕たちはゾラから首輪を見せてもらい鍵穴の存在を確認した。
「これが本物の隷属の首輪って訳ね」
首輪を見ながらマリアーナがそうつぶやくのをゾラが目ざとく拾い上げる。
「本物の首輪……ね。
お前たち何を知って何を探ってやがる?」
ゾラは急に厳しい表情になりマリアーナに詰め寄った。
「ちょっとね。
知り合いからの依頼で調べ物をしているだけよ」
「……こんなものを欲しがるのは大抵はろくでもないやつばかりだ。
金さえ積めばひょいひょいと作ると思ってるのか?」
以前、面倒くさいことになったのだろうゾラは不機嫌な表情を隠そうともせずにそう吐き捨てた。
「どうせ、お前たちもそんなやつらからの依頼で調達してくるように言われて来たんだろ?
そんなやつらに売るものはない帰ってくれ」
ゾラは取り付く島もない状態であったがマリアーナは慌てることもなく巧みな話術でゾラの興奮を抑えていった。
「まあまあ。
確かに私たちはあるひとの依頼で調べていたけれど別にその魔道具が欲しいわけじゃないのよ」
「欲しいわけじゃない?
どういうことだ?」
ゾラがどの程度情報に精通しているかや本当に信用出来るかの判断は正直なんとも言い切れないが話をする感じから掛けてみるのもアリだと感じて詳細をぼかして話をすることに決めた。
「私の知り合いでこれと同じような首輪をつけられた者がいるのよ。
もちろん奴隷なんかじゃない普通のひとよ」
「なんだって?
コイツを正規じゃない使い方をしたやつがいるのか?
そんなの発覚したら魔道具使用法違反で厳罰モノじゃねぇか」
「それはこの国の法律ですよね?
他国で起こったことに関しても同様の処罰はあるんですか?」
「……それは難しいかもな。
少なくともそれを売った者には何かしらのペナルティーは課されるかもしれないが」
「なるほど。
ではひとつお聞きしたいのですが黒色の隷属の首輪についてはご存知ですか?」
「あ? 黒色の首輪だって?
あんなもん魔道具とは言わねぇよ。
あれは未熟な魔道具士が作った時に出来る出来損ないだ。
俺もまだ未熟だった頃に何本か出来ちまったことがあるが恥ずかしくてすぐに壊しちまったもんだ。
……まさかとは思うが、それがあんたらの本当の目的か?」
さすがにそこまで話せば鈍感な者でもわかるとは思ったがこの際なので覚悟を決めて話を進めた。
「まあ……そうだな」
「ちっ! なんてこった。
いったい誰がそんなものを流しやがったんだ?
俺が居たころもそれなりに魔道具の取り扱いに関して問題はあったがそんな不良品を外部に流す……特に他国へ持ち出すなんてことは無かったはずだ」
そう言い捨てるゾラにマリアーナが核心をついた質問をした。
「この際ですのでお聞きしますが外す方法はないのですか?」
「……だれが着けられたか知らねぇが基本的には無理だ。
さっき見せたようにまともなものは鍵穴がありキーワードと鍵で開くようになっているが失敗作は鍵穴が潰れちまっているからまず鍵が入らねぇ。
かと言ってキーワードの設定も正常ではないから恐らく受け付けないだろう」
「では、外すことは絶対に無理だと言われるのですか?」
マリアーナの言葉にゾラはじっと目を閉じて考え込み、やがて重い口を開いた。
「方法は無くはない。
だが諦めたほうが早いと思うほど困難な方法だ」
「教えろ! それはどんな方法なんだ?」
思わず僕がゾラに詰め寄って強い言葉で聞く。
「……聞くだけ無駄だぞ。
だが、あの約束を受けてくれるなら教えてやってもいいぜ」
ゾラは僕の言葉には薄い反応しか見せずにマリアーナの方へ向いてそう告げる。
「あの約束?
いったい何のことだ?」
ゾラの言葉に僕が反応してさらに問うが彼はマリアーナから視線を外さずにじっと彼女の返事を待っていた。
「ふう。
仕方ないわね。
ただしこちらも条件を出させてもらうわ。
この件に関しての他言無用とあなたがこれから話す内容への情報提供および最大限の協力を約束してくれるならば条件を飲みましょう」
「ほ、本当か?
わかった、約束すると誓おう。
だが、こちらの約束を先に果たさせてもらうぞ。
でないと情報を聞き出した後に約束破棄されても困るからな」
「あら、それはこちらも同じことが言えるのではないかしら?」
「わかってるよ。
だから誓約書を一筆書いてやるからそれでよしとしてくれ、それがこちらの最大限の譲歩だ」
ゾラはそう言うとスラスラと条件の書かれた誓約書をかきあげてマリアーナへ渡した。
「ありがとうございます。
では、明日でいいですか?」
誓約書を受け取ったマリアーナは微笑みながらゾラにそう聞くと「ああ、明日の朝食後にでも来てくれ」と言って何故か顔を赤くした。
「いったいどんな約束を?」
僕がそう聞こうとすると何故かマリアーナから鋭いひじ打ちが僕の腹にクリーンヒットした。
「ぐはっ!?
い、いったい何故?」
「では、明日の朝に伺います。
楽しみにしてますね」
僕の非難の言葉を完全に無視して笑顔でゾラにそう告げたマリアーナは涙目の僕の腕をぞんざいに引っ張りながら彼の工房を後にした。
「――いったい彼と何を約束したんですか?」
宿への帰り道で痛む腹筋をさすりながらマリアーナに問うと彼女からは耳を疑うような条件を聞かされた。
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