第106話【ニードル商業区】

 商業区はギルドからそう遠くない場所にあり僕は道すがらにある宿や食堂などの看板をながめながらゆったりと歩いていく。


「さて、まずは売り込みから始めるかな。

 仕事自体はギルドを通して受けなければ意味がないが、その仕事を頼む人がいなければそれこそ本末転倒だからな」


 僕はそうつぶやきながら一軒の大きな商会店の前に立ち止まった。


(とりあえず見た感じこの辺りで一番大きそうな店だからここにしてみるか)


「すみませーん」


「いらっしゃいませ。

 ナナリア雑貨店へようこそ」


 店に入ると店員であろう女性が笑顔で迎えてくれる。


「ここの店主に会いたいのですが可能ですか?」


「どういったご要件でしょうか?」


「実は先日、新たに商業ギルドに登録したので挨拶と仕事の提案をしたいと思いまして」


「どういったお仕事でしょうか?」


「はこび……いえ、運送関係になります。

 そのほかにもありますがそれは後ほど説明致します」


 僕の説明に女性は「では、うえに聞いてまいりますので少々お待ちください」と言って奥の部屋へ消えていった。


(今のうちにどんなものを扱っているか見せてもらおうかな)


 女性が見えなくなるとぼうと突っ立っておくのも居心地が悪いので商品に触らないようにしながら店に並べてあるものを見てまわった。


(かなりの種類の雑貨を扱っているみたいだな。

 魔道具関係もかなりあるようだし魔道具士や魔道具村にも伝手つてがあるかもしれない。

 うまく入り込めればギルドからよりも情報収集が出来るかもしれないな)


 そう考えていた時、後ろから声がかかった。


「おまたせしました。

 旦那様がお会いになられますので奥の応接室へおいでください」


 先ほど対応してくれた女性が案内をしてくれたので僕はナナリア雑貨屋の応接室で店主を待つことになった。


「――君が新たに商業ギルドに登録した者かね?

 ずいぶんと若いようだが運送関係の仕事で登録したそうじゃないか」


 貫禄のある男性が僕の前のソファに座りながらそう問いかける。


「はい。

 昨日より『運び屋』として商業ギルドに登録させてもらいましたミナトと言います。

 当分のあいだこの街を拠点に実績を積みたいと思っていますので宜しくお願いします」


「ふむ。 運び屋か。

 具体的にはどの程度の量をどのくらいの早さで運べるのかね?

 また、君に頼むこちらのメリットを具体的に説明は出来るかね?」


 目の前の男性はまだ名のることもせずに僕の目を見据えてそう問いかける。


 当然ながらまずは僕の品定めをして信用がおけると判断した場合にのみ次に進めるのだろう。


「まず、運ぶ方法ですがこれを見てください。

 開放オープン


 僕はポーチからわざと壊れやすいものを選んでカード化を解いて見せる。


「カード収納スキルになります。

 他の方に聞いた限りではこの街ではあまり馴染みのないスキルのようですが僕が以前いた町では多くはありませんが使うひとが存在しました。

 このスキルを使えばこのように壊れやすい品物でも安全に運ぶことが可能になります」


「カード収納スキルか……。

 なるほど、ギルドで聞いたとおりだな」


「おや、すでに知っておられたのですか?」


「あたりまえだ、うちの商会はギルドとは深い関わりがあるからそんな特殊なやつが登録すればすぐに連絡がくるに決まってる」


「さすが大手の商会様ですね。

 ではこちらのことも知られているでしょうからお近づきのしるしにひとつどうぞ」


 僕はそう言ってノーズベリーをカードから開放して目の前のテーブルに置いた。


「ノーズベリーか。

 なるほど、これも聞いたとおりだな。

 これだけの鮮度のものはなかなか手には入らんだろう。

 ふふふふ。

 面白いやつが現れたようだな。

 いいだろう、一度使ってやるから明日にでもギルドで仕事を受けてみろ。

 ワシの名はドドンだ」


「ありがとうございます。

 ご期待に答えられるように精一杯やらせてもらいます」


 僕はドドンに礼を言ってから店の売り場に戻ったところで彼女に出会った。


「あら、こんなところで会うなんてどうしたの?」


「仕事の話をつけてきただけですよ。

 そっちこそギルドに用事があるんじゃなかったのですか?

 マリアーナさん」


「ちょっとゴタゴタがあってギルド経由の調査が難しそうなのよ。

 だから街で一番大きな雑貨屋で魔道具の仕入れ情報を聞けないかなと思って来たらあなたがいたってわけ」


「あー、あの男の件ですか。

 あれは失敗でしたね。

 言いたいことはたくさんありますけど放置しておくのが正解たったかもしれません。

 だけど、いきなりお店に来て仕入先を紹介してくれは無しですからね。

 ここはロギナスじゃないんですからこちらでは向こうのギルド職員の権限なんてないんですから」


 僕はマリアーナの肩に手をそえるとくるりと反対を向かせて店の外に追い出した。


「ちょっと何するんですか?

 私はまだお店に用事が……」


 マリアーナがそう言って抗議してくるが僕はそれを無視して手を引っ張りながら宿へと戻った。


「いったい何だっていうのよ。

 せっかく情報収集をしようと思ってお店まで行ったのに」


 宿に帰ってからもマリアーナの愚痴は続いていた。


「はーっ、マリアーナさん。

 あなた本当にサブギルドマスターなんですか?

 こういった交渉ごとはまず相手からの信用を勝ち取ってから徐々に攻めるのが常識ですよね。

 あんなやり方してたら信用どころではないですよ」


「とりあえずあの商会は僕に任せて他に行くか、どうにかしてギルド経由での情報収集をする方法を考えてください」


「……仕方ないわね。

 いっそのこともう一度街から出てあの男を縛ったまま街に連れて行ってギルドに引き渡す?」


「いえ、いまさらそんなことしたら余計に怪しまれるだけですよ。

 あとはもう知らぬ存ぜぬでなかったことにするしかないでしょう。

 そしてあの男は予定どおり僕たちが街をでるタイミングで街外れに放置して行けば死にはしないでしょう」


 僕の案にマリアーナはうんうんと唸っていたがため息をついて「わかったわ。そうします」と言ってベッドにダイブした。

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