第93話【交渉とサービス】
「――とりあえずこれでやり方を見せてくれるか?」
対応してくれた男性は10個ばかりのサンザンベリー(ノーズベリー)をカゴにいれて持ってきてくれた。
「思ったよりも大きい果物なんですね。
ベリーって名前から1〜2センチくらいだと思ってましたけど10センチはありそうですね」
そこに出されたのはソフトボール大くらいの大きさで見た目はイチゴそのものだった。
「確かにこれは鮮度が長くは持ちそうにない果物ですね。
まあ、僕には関係ないですけどね」
僕はそう言ってスキルを無造作に使った。
「――
【サンザンベリー:甘くみずみずしい】
「ほうなるほど、カード収納か……。
確かにそれならつぶれたりの被害はないだろうが鮮度は落ちていくだろう?
そこはどう解決するんだ?」
一般的なカード収納は容量もないし、カード化していても時間劣化は防げないのが常識として知られていたので男性がそう心配したのも仕方ないことだった。
「あ、僕のスキルでは時間劣化から品物を守れる特殊スキルがありますのでこうしてカード化すれば何日たっても鮮度が落ちる心配はありません。
ですのでいくらあっても大丈夫ですよ」
「は?
そんなスキルは聞いたことがないが、それが本当ならばとんでもないことじゃないか」
「まあ、そうかもしれませんけどあまり知られていないだけで僕以外にも同じようなことが出来る人がいるみたいですよ。
まだ人数はあまり多くはないみたいですけどね」
僕はそう言いながら持ってきたベリーを全てカード化して男性を見て「……というわけで出来るだけ多くのベリーをお願いしますね」と微笑みながらもおかわりを要求した。
「――まあ、こんなところだな。
小金貨5枚で5万リアラ、サンザンベリーが輸送費と商人の手数料なしで1粒500リアラだから全部で100粒になるがこれでいいか?」
「はい、ありがとうございます」
僕はお礼を言いながらも運ばれてくるベリーを次々とカード化していく。
その様子を口をあんぐりとあけたまま見守る多くのものを横目にマリアーナも苦笑いをしながら言った。
「ミナトさんには魔力切れという概念はないのですか?」
「まあ、カード化にはあまり多くの魔力は使いませんからね」
そう言う僕は全てのベリーをカード化し終えたので「あ、そうだった」と言われていたことを思い出してポーチからお酒のカードを取り出してみんなに見せた。
「多くのベリーを融通してくれたお礼にお酒を格安で販売しますが買われますか?」
僕の『お酒』と『格安で』のワードを聞いた男性たちは呆気にとられていたのも忘れて盛大に雄たけびをあげた。
「うおおおおおっ!!!」
* * *
結局のところタダでプレゼントはしなかったが仕入れ値そのままの値段で売った僕は口止めを再度お願いしてから馬車へ戻った。
(まあ、いくら口止めをしても噂は流れるだろうけど、とりあえず僕がこの国を出るまで噂が広がらなければ大丈夫だろう)
少々甘い考えだったが基本的に特定の商人としか外部接触がない村の者たちの噂ばなしなどそうそう広がるものでは無かった。
「よし、この村での用事は済んだから明日の朝にはノーズへむけて出発しますよ」
戻った野営場所でみんなにサンザンベリー(ノーズベリー)を1粒ずつ配り、食べた者からは喜びの声と士気の向上がうかがえた。
「確かにこいつは別格だな。
こんなうまい果物はロギナスでは食った事ないぜ」
「そうですね。
私もギルドを通してそれなりの物を見てきましたけど、ノーズでしか食べられないとなれば価値も高くなるし、観光にも良い影響がありますよね。
正直ノーズがうらやましくなりましたよ」
マリアーナはサブギルドマスターの立場からそう発言した。
「まあ、これからはカード化とギルド便を利用して各地にも届けられる可能性が出てくるのでノーズのギルドと懇意に……ってマリアーナさんのお兄さんがギルドマスターでしたね。
ならばそれほど障害なくやりとりが出来るのではないですか?」
「そう簡単なことではないでしょうけど自分の立場からすると出来ることはしておくつもりよ」
マリアーナはそう言って焚き火の火を見つめながら作戦を考えて沈黙をした。
* * *
次の日の朝、村の人に見送られながらサンザン村を出発した僕たちは最終目的地であるノーズへ向け馬車を走らせた。
「ここからはほとんど下りになるので馬の負担が少なくなり進行速度もあがることでしょう。
途中で一晩だけ野営を挟んで明日にはノーズの町へたどり着けると思います」
馬車を器用に操りながら御者台の上からマリアーナがそう告げる。
「このまま進みながらで良いですからノーズに着いてからの行動を決めておきましょう。
まず門では商人として振るまいますね。
そして町に入ったらすぐにギルドへ行ってギルドマスターとの面会をねじこんでもらいます。
後は無理やりにでも出国出来るように手をまわしてもらうのとあの娘、えっと名前なんだったかな」
「ロセリさんですか?」
「そうそう、その彼女から手紙が来てたんでしょ?
向こうに行く前にその案件も片付けておかないと次にいつ帰ってこれるかわからないでしょうからそれまで対処出来ないとギルドとしても困ったことになるのよね」
(確かに時間停止や限界突破スキルは今のところ僕にしか使えないみたいだからロセリさんにはこのタイミングで処置しておかないと下手すると数年間も後回しになるかもしれないからな)
「わかりました。
それに関しては本人と話し合って対処しておこうと思います。
ギルドマスターとの話し合いはマリアーナさんが仲介してくれるのですよね?」
「あはは、それをしないでわざわざノーズまで私が来ることはないと思うんだけど。
まあ、久しぶりに兄さんに会いたかったのもあるし、なんといってもひと月近く面倒なギルド業務をしなくて済むんだから来ないという選択肢はなかったのだけれどもね」
ケラケラと笑うマリアーナを後ろの荷台から見ながら僕は「いや、急ぎの仕事は誰かが代わりにやってくれるかもしれないけれど、そうでない面倒なやつはきっと山ほど積み上げられて貴女の帰りを待っていると思いますけど……」と気の毒そうに彼女には聞こえないようにつぶやいた。
――そして、特に問題なく最後の野営を終えた僕たちはノーズの町に続く山道を晴天のなか気持ちよく馬車を走らせていった。
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