第78話【激怒する男と冷静な男】

「これはなんのマネだ!?」


 会場に怒鳴り込んできた男はまだ若く壇上にいるランスロットを見つけるとそう叫んだ。


「なんのマネだとは少々口が過ぎるのではないですかな?ザガン君。

 ここには王都をはじめ各町の取材をしている方々がおられるのだがその場でそういった激しい言葉つかいをするのは大手の商会の責任者としてはいささか軽率ではないですかな?」


 部屋へと飛び込んできたのはテンマ運送の長男ザガンであったがその失礼な振る舞いを感情を表に出さずにランスロットが一蹴してしまう。


「ぐっ!

 し、失礼しました。

 先ほど急にこの場で行われている事柄について部下から報告を受けまして確認にまいりました」


 多くの取材陣を前にさすがのザガンも暴れる訳にもいかず怒りを押し込めてランスロットに答える。


「それはご丁寧に。

 今日の発表が終わり次第そちらにも連絡を入れようと思っていたところなのです。

 ああ、せっかくお越し頂いたので何か質問があればお答えしますがいかがですか?」


「質問だと?

 ギルドマスター!

 あんたは俺の商会を潰すつもりか!?」


「はて?

 運送業の新規参入に関しては自由なはずですが、何か問題でもあったのですかな?」


「ふざけるな!

 馬車で数日かかる距離を半日程度で荷物を運ばれては俺たちの商会の仕事が無くなるだろうが!」


「ザガン君。

 それはあなたの商会の都合というものでしょう。

 それに現在の物流に関するあなたの商会の支配率は実に8割を越えているのですよ。

 これが意味するのは何かわかりますよね?」


 ランスロットはあくまでも理論的にかつ冷静にザガンに話しかける。


「王都からだけでなく他の町からの荷物のほとんどがテンマ運送を利用することを良いことに運送代金の値上げや荷物に関しての無保証、新たに運送を始めようとする商人や商会には圧力をかけて馬車や御者が手に入りにくくする。

 我が王都斡旋ギルドがそれらを把握していないとでも思っておいでですかな?」


「はっ!

 何を言うかと思ったらそんなことかよ。

 あんた達もよく知っているように各町への運送にはリスクがついてくるものだよな?

 それに必要な物資や護衛を集めれば当然それなりに金がかかるのはあたりまえだと思うぜ。

 それをぼったくりだなんだと騒ぐ奴らが常識を知らないだけじゃないのか?」


 まだ若く怖いもの知らずのザガンはランスロットギルドマスターに対して強気な態度で口撃をする。


「おい!

 ギルドマスターに対して失礼な言葉づかいをするものじゃない!」


 その場に居たギルド関係者の男性がザガンに注意をして部屋から追い出そうと彼に向かって手を伸ばした時、ランスロットから「まて」との指示が飛びその男性はその場で踏みとどまった。


「構わない。

 どうせ彼とはしっかりと話をつけなくてはならないと思っていたところだ。

 ザガン君、確かにこの運送方法が完全に稼働をすれば君の商会の長距離運送の使用者は半減することだろう。

 だが、我々ギルドは国の機関だ。

 ひとつの大手商会が国の運送の大部分を牛耳る今の現状を良しとしないのが我々の見解だ。

 それに今回の件で今まで輸送時間の関係で他町へ送れなかった品物も送れるようになり国中の町々の交流がさらに盛んになることだろう。

 国としてはひとつの大手商会の納める税金よりも国民全体から納めてもらった方が良いのだよ。

 以上の事が我々ギルドが運送業務に進出した理由だ。

 他に何かあるかね?」


 ランスロットの一方的な説明を手を握りしめながらじっと聞いていたザガンが小さく「チッ」と舌打ちして部屋から出ようとした時、マグラーレの姿を見つけ彼の近くへ歩みよった。


「これはマグラーレ様ではないですか?

 こんなところてお会い出来るとは思わなかったです。

 本来ならば後日、屋敷を訪問してお話をさせて頂こうと思っていましたが取材陣の方々も居られるようですのでこの場にて許可を頂き、そのまま発表をさせてもらおうと思います」


「ん? 何の話だ?」


 ザガンはマグラーレの態度に違和感を覚えながらも慌てて本題にはいる。


「またまた、ご冗談を。

 もうご存知かと思いますが自分はテンマ運送の荷物物流部門の総責任者を担うことになりました。

 つきましては以前より約束をしておりましたノエルさんとの婚約を認めて頂きたいと思います」


 ザガンは自信満々にそうマグラーレに告げたが、当のマグラーレは予想外の言葉を告げた。


「ん?

 君は何を言っておるのだ?

 以前から伝えていたとおり君は娘のであっただけだ。

 確かに、君が我がマグラーレ商会に多大な貢献をした場合に婚約を認めるとは言ったが今の君はテンマ運送の部門責任者という立場を手に入れただけで我がマグラーレ商会に対して何も貢献しておらんではないか」


「そ、それは……。

 いえ、部門の責任者となった事でマグラーレ様の商会から運ぶ荷物を優先的にかつ安価で運ぶ契約を結ばせて頂く予定です」


「ほう、それは確かに魅力的だがそんな事を彼らの前で公表しても良いのかな?

 テンマ運送商会はマグラーレ商会にだけ格安で荷物を運び他の商人たちから巻き上げていると報じられてもおかしくないぞ?」


 ザガンはしまったとばかりに自分の口を押さえるが既に遅く周りの取材陣の面々から白い目で見られていた。


「それにな」


 そんなザガンに向けてマグラーレが衝撃的な言葉を告げる。


ノエルにはもう正式な婚約者を見つけておる。

 この会見後に婚約の許可を出すつもりだ。

 よって君は候補漏れをしたと言うことだ。

 残念だが君の肩書ならば言い寄ってくる女性は多く居ることだろう。

 ノエルとは縁が無かったと諦めてくれ」


「はっ!? なんだそれ?

 そんな事が認められるかよ!!

 あの顔、あの身体全て俺様のものになるはずだったのに!

 許さない……」


 ザガンはマグラーレには聞こえないほどの大きさでつぶやくと鬼の形相で一度だけマグラーレを睨みつけるときびすを返してドアから飛び出して行った。


「奴には注意しておけよ。

 ああいった輩は自分の思い通りにならなかった時にとんでもない事をしでかす傾向が強いからな」


 ザガンの出て行ったドアを見ながらランスロットがマグラーレへ忠告をする。


「そうだな。

 念のために護衛をつけるように手配しておく」


 マグラーレの答えにランスロットはうなずくと騒ぎで中断していたマグラーレの紹介を再開し、無事にお披露目会議は終了した。

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