第60話【保養施設とノエルの約束】
その建物は2階建てでちょっとした旅館のような感じだった。
「中に管理人のオールさんが居るはずですので挨拶をしておきましょう」
ナムルはそう言うとスタスタと入口のドアを開けて中に入って行く。
「ナムルさんは管理人の人とは仲がいいんですか?」
僕の質問にナムルは「何故そう思うのですか?」と返す。
「いえ、失礼ですがナムルさんはどちらかというと人見知りをされる傾向が強く見られるのにあまり会うことの無いであろう施設の管理人に率先して挨拶に行こうと言われたのでなんとなくそうなのかなと思いまして……」
「実はここの管理人はわたしの兄なんです。
彼はわたしと違っていろいろな管理能力を買われてここの管理人を任されるようになったんです」
あまり率先して話す事をしなかったナムルが兄の事になるとよく話すところをみると兄弟仲が良いように見受けられた。
――からんからん。
ギルドの保養施設のためか斡旋ギルドと同じドア鐘を使っていたのでなんとなくギルドに来た感じになりながら僕たちはナムルについて行く。
玄関ホールを入ったすぐの部屋を小窓から覗くが誰もいる様子がなくナムルも首を傾げる。
「おかしいですね。
オール兄さんは大抵この部屋に居て仕事をしてるか寝ているかどちらかが多かったんですけど……」
ナムルがそう話していると奥の部屋から声がかかった。
「ようこそロギナス斡旋ギルド保養施設へ。
ナムルもよく来たな」
僕たちが声のした方を見るとひとりの男性が二階からの階段を降りながら会釈をするのが見て取れた。
「お世話になります。
この施設の管理人の方ですか?」
「ええ、この保養施設の管理運営を任されているオールといいます。
皆さんの事はザッハギルドマスターより連絡を受けておりますのでお部屋の準備をしておりました。
この施設の設備に関することや何かを用立てする際はご相談頂ければ対応出来るかと思います」
オールはそう言うとルームナンバーのついた鍵を一人ずつに手渡した。
「ありがとうございます。
僕はこの後、用事があるので一旦外出します。
アーファさんとナムルさんには先ほど買った食事を置いて行きますね。
本来ならばスキルレベルが3にならないと開放出来ないのですが、まだおふたりともレベルが足りませんので今回だけカードに細工をしていきます」
僕はそう言ってそれぞれにカードを持たせてから「
「これは条件圧縮と言って特定の人のみですが収納スキルを持たない人でも開放出来る付加魔法になります。
開放するにはカードを持って、
僕はカードの裏に魔法陣が刻まれているのをふたりに見せながら簡単に説明すると「では、明日からのことは帰ってから話したいと思いますので空いた時間はスキルのレベルアップを自主練で進めてみてください」と言うと急いでノエルの雑貨店へと向かった。
* * *
――からからん。
斡旋ギルドとは少しばかり違うドア鐘の音が店内に響く。
「すみません、遅くなりました」
店内に入ってそう言ってから店内にノエルの姿が無いことに気がつく。
「あれ? ノエルさん?」
お店のドアが開いていたので外出しているはずは無いと思い、店の奥へと歩みを進める。
「ノエルさん?」
もう一度声をかけてみるが返事がなく僕の心臓が一気に締め付けられたように不安が広がっていく。
(まさか、僕が来るからと鍵を開けたまま開店の準備をしていて何かトラブルに巻き込まれたんじゃないだろうな……)
「ノエルさん! 居ませんか!?」
慌てた僕は声を大きくして彼女の名前を呼ぶ。
――ガタン!
そのとき奥の部屋から大きな音が響いた。
「ノエルさん!?」
僕はそう叫んで思わず音のした部屋へ飛び込んだ。
「ち、ちょっとまっ……」
部屋ではノエルがスカートを半分はいた状態の下着姿で床に転んでいる様子が目に飛び込んできた。
「うわわわわっ!?
ご、ごめんなさい!!」
どういう状態なのかすぐには理解出来なかったがこれはマズイとばかりに僕はすぐさま反対を向いて目をつむった。
「ミナトさん申し訳ないですけどちょっとそのままでお願いします。
あいたた……」
僕の後ろでノエルが起き上がっておそらく服を着ているのだろう布が擦れる音だけが静かな部屋によく響いた。
「すみませんでした。
もうこちらを向かれても大丈夫ですよ」
ノエルの許可が出たのでおそるおそる目を開いて後ろを向くと可愛い洋服の彼女が目にとまる。
「本当にごめんなさい。
いきなり女性の部屋に入るなんていくら慌てていたからと言ってもするべきでは無かったです」
僕はそう言ってノエルに謝る。
「いえ、私こそ返事をすれば良かっただけなのに早く着替えなければと気が焦ってまさかスカートの裾を踏んで転ぶなんて凄く恥ずかしいところを見せちゃいました」
ノエルはそう言いながら顔を赤く染める。
「そ、そう言えばお父様からの荷物があるんでしたね。
どこに置けばいいですか?」
なんとなく気恥ずかしい空気を変えようと僕は話を仕事モードに切り替える。
「え、ええそうですね。
それでは品物の一覧からこれとこれは開放してください。
残りはカードのままで倉庫の棚に置いて頂ければ助かります」
ノエルも僕の意図を理解して話をあわせてくれた。
「――では、この荷物はこちらに、後はカード化したままでノエルさんが好きなタイミングで開放出来るようにしておきますね」
僕はそう言うとそれぞれのカードにノエルの条件を付与していった。
「これはなんですの?」
ノエルの質問に僕は条件圧縮の付与の事を彼女に話していなかった事に今更ながら気がついて言葉を選びながらも説明をする事にした。
「えっと、これはカード収納スキルの応用でカード化した人と登録した人のみが開放する事が出来るようになるものなんです。
内容からすると凄く便利な気がしますがカードと特定の人を紐づけないといけないのでカードが複数枚あるとあまり効率的ではないんですし誰でも出来る訳ではないので他の人には黙っててくださいね」
既に何人かには知られている情報だったがザッハにもあまり広めるなと言われていたのでここだけの話にしてもらう。
「本当にミナトさんには驚かされますね。
このスキルひとつでも出来る事が無限に湧いてくる気がします」
ノエルはそう言って素直に僕のスキルに感心していた。
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