第22話【ギルドマスターの決断と報酬】

 ミナトがノエルと掛け合い漫才のような事をしていた時、斡旋ギルドではちょっとした事件が起きていた。


「煮ても焼いても美味いとは……。

 どうして今まで誰もこんな事に気が付かなかったんだ?」


 ギルドマスターのザッハが料理長のアードラから金色マースの料理試食をしてうなっていた。


「いえ、って簡単に言いますけど誰が捕まえたマースをなんて思いつきますか!?」


 サーシャの言葉に周りに居た者たち全員が『うんうん』と頷いて同意する。


「ぐっ、確かにそのとおりなんだが、たったこれだけの事でこの町の価値がどれだけ上がることか考えたら悔しくてな。

 俺がギルマスになってから既に10年だぞ。

 その間、常にとなりのエルガーの街と比べられてロギナスには特産品がないのか?と言われ続けていたんだ。

 このチャンスは絶対に逃さないからな、すぐに調査隊を編成して湖のマースの生育環境を調べるのだ!

 必要ならば発見者の彼の協力も要請するのだ。

 サーシャ、君は彼と仲が良かったと認識しているが彼をこちら側ギルド運営に引き込む事は出来ないか?」


 ザッハはサーシャに詰め寄り興奮した様子でそう問いかける。


「ちょっ、ギルドマスター。

 近い、近いですって!」


 サーシャはあまりの勢いに無意識にザッハの身体を押し退けて非難の声をあげた。


「す、すまん。

 少々興奮してしまったようだ。

 申し訳ない、このとおりだ」


 我にかえったザッハは慌ててサーシャに頭を下げて謝りをいれる。


「もうっ、ギルドマスターはそう言う所に気をつけないといつか手痛いしっぺ返しが来ますからね。

 まあ、今回は許してあげますけど……」


 ザッハはこのギルドのマスターではあったが、そこら辺の横暴な権力主義者では無く基本的に職員との協調を主に置く者であったので周りからの信頼は厚かった。


「おお、ありがたい。

 それでサーシャ、やってみてくれるか?」


「それってミナトさんをギルドの職員にするって事ですか?

 それはちょっと難しいかもしれませんね。

 ギルドマスターも当然知っていると思いますが、ギルド職員になるには一定期間の研修所通いと試験での合格が必要ですので簡単に『ギルド職員になりませんか?』とは言えないですよ。

 お金も結構かかりますし……。

 ただ、ギルドからの依頼としていろいろとお願いをする事は出来ると思いますのでどういった事をやって欲しいのかを明確に指示して頂けるならば話は出来ると思います」


 サーシャはザッハの提案をバッサリと切り捨てて現実的な代案を示した。


「まあ、それが現実的じゃないですか?」


 周りにいたサーシャの同僚達も代案に対して同意をする。


「ぐっ、そ、そうか。

 皆がそう言うならばその方向で進めてみてくれ。

 とにかく、まずは調査隊の編成だ。

 東の森はまだ危険度は低い方だが油断はするなよ。

 中堅冒険者を中心に荷物運びの人材と馬車の用意、それとギルドで飼うための設備と水魔法の使える人材の確保を分担してやってくれ。

 それと、冒険者などに依頼する時は必ずギルド規定に沿った情報規制を順守させる事を忘れるな!」


「「「「「はい!」」」」」


 ザッハの指示が終わると受付嬢達は依頼書の準備を、裏方の職員達はそれぞれ指示された内容に取り掛かった。


「――では、わたしはロギナスの名物となる料理を試作してみますね」


 料理長のアードラはそう言って金色マースを手に厨房へと入って行った。


   *   *   *


 ――次の日、僕がギルドを訪れるとすぐにサーシャが声をかけてきた。


「あ、ミナトさん。

 待ってたんですよ、こちらの第二応接室へと来て頂けますか?」


 サーシャはいつものように笑顔で僕を迎えてくれ、僕と一緒に応接室へと向った。


「あ、先に座って待っててくださいね。

 いま紅茶を淹れますから」


 サーシャはそう言って応接室に併設されている給湯室からポットを持ち出して僕の目の前で紅茶をカップに注いでくれた。


「どうぞ」


 サーシャはそう言って自分のカップにも紅茶を注いでから僕の前のソファへと腰をおろした。


「まずは昨日の話からになりますが、マース1匹に対しては100リアラとなりました。

 34匹いましたので3400リアラになります。

 マースの価格が安いのは今のところですが捕まえる難易度が低い事とこれから始まるであろうロギナスの名物料理の材料が高すぎると料理自体が高級料理になってしまって一部の富裕層だけのものになる可能性が高いからです」


 サーシャは今回ギルドの話し合いで決まった事をひとつずつ丁寧に説明してくれる。


「それで、次に今回の肝であるマースの初期対応――泥抜きに関する情報料ですが、ギルドとしては100万リアラを提示しています」


「はっ!? ひゃくまん……ですか?」


「はい。これからのマースによる町の発展過程で発生するであろう利益を換算すると100万でも過小評価ではないかとの話も出ましたが、まだ不確定要素もあるため今現在ではこのくらいが妥当ではないかと結論に達して決定されました」


 僕はあまりの予想外の金額に只々驚くしかなかった。


「本当にそんなに貰って大丈夫なんですか?」


「はい。斡旋ギルドの幹部会議で正式に決定された事ですので問題ありません。

 むしろこの情報をミナトさんが独占して金色マースとして常に一定量市場に流し続けるだけで100万リアラなんてすぐに稼げてしまう額なんですよ。

 革命的な情報とはそういったものなんですよ」


 サーシャはそう説明すると依頼の完了報告書と一緒に報酬の入った袋をテーブルに置いた。


「わかりました。

 では、ありがたく頂くことにします。

 また、何かこの件で僕に手伝える事があれば連絡をください」


 そう言う僕の目を見ながらサーシャは「はい。宜しくお願いしますね」と微笑んだ。

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