第15話【サーシャの苦悩と好奇心】
「――たとえばだけど、私がその秘密を知って誰かに話したとするでしょ?
それでその話を聞いた人がまた誰かに話しをする。
そうやって話しがどんどん拡散されれば途中で悪意のある人が内容を改変するかもしれないし、有用なものならば利用しようとあなたを思い通りにしようとするかもしれない。
つまり、そういう事よ」
「んー、でもその理屈だとせっかく使えるようになったスキルも人前では使えない事にならないですか?
人に見せたら情報の拡散は仕方ないことだと思うんだけど……。
それに、サーシャさんが悪意をもって情報拡散をするとは思ってませんから大丈夫ですよ」
僕がそう言って笑いかけるとため息をついたサーシャは「私の負けね。いいわ聞いてあげるからお姉さんに話してみなさい」と手に持ったエールをぐいとあおってから腰を落ち着けた。
「――レベル5までは知られているとおりにカード化出来る容量が増えるだけで出来るものも『固体のみ』でレベルによって大きなものがカード化出来る……。
ここまでは良いですか?」
「ええ、レベル5まではギルドにある資料にも記載してあるはずよ。
私は確認したこと無いけど……」
サーシャは職員なのに確認していなかったことに対する後ろめたさから視線をそっとはずす。
「サーシャさん。
いくら職員でも無数にあるスキルについて全て把握している人なんて居ませんから大丈夫ですよ」
「でも、いつもお世話になっているミナトさんのメインスキルなのに初めての説明も人に丸投げしたし……。
やっぱり気まずいじゃない」
少しばかり落ち込む姿を可愛く思いながらも僕は軽くフォローしただけで話の続きをする。
「で、レベル6になった時は特殊効果として『カード化時の時間停止効果』が追加しました。
以前の依頼の時、ボアをカード化して持ち帰りましたよね?
あの時、ボアの状態は劣化して無かったはずです」
「そういえば解体場からあがった報告書には劣化や損傷が極めて少なく最高の状態だったとあったわね。
なるほど、言われてみれば納得だわ」
「それで、今回レベル7になったんですがちょっと変わった物をカード化出来るようになったみたいで……」
「ちょっと変わった物?」
「実は『
あ、『いきもの』って言ったほうが分かりやすいですかね?」
「いきもの?
でも、前からいきものはカード化出来てましたよね?
それこそボアとか……」
「たしかにそうなんですけど……。
ここからは憶測になるんですけど、たぶん『いきもの』って『生き物』つまり『生きたもの』だと思うんです。
それで、今回湖に行って魚を捕まえてカード化してみようと考えたんですよ」
「そんな事のためにわざわざ湖に行こうとしてたんですか?」
「そんな事のためって生きた魚を捕まえるには湖に行かないと難しくないですか?」
「まあ、そうなんですけど……。
でもそのおかげで採取依頼を受けて貰えるからギルドとしてもありがたい事なんですけどね」
サーシャはそう言いながらふとある事に気がつき少しの酔いもあってなにげなく僕に聞いた。
「それって、人もカード化できるのかな?」
サーシャの何気ないひとことで僕の背筋に冷たい汗が流れる。
「いや、まさか、そんな事が出来るわけ……」
僕はそう言いながらも完全に否定出来ない状態に戸惑っていた。
「あはは、じょ、冗談よ。冗談。
そんな事出来る訳ないわよね」
サーシャも自分が何を言ったのか理解したようで慌てて否定をする。
(いや、でも理屈では可能なはずなんだよな。
カード化してる間は時間が停止している状態だから息をする必要がないし心臓も動かす必要もない。
いわゆる0秒の世界に閉じ込められている状態だから生命維持は出来るはず……。
だが実際に人で試す訳にはいかないし……)
僕が考え込んでいるのを見てサーシャは必死に話題を変えようと話しかけてくる。
「ところで、ミナトさんっていい人はいるの?」
突然の話題変更に考え込んでいた僕の脳は一気に現実に引き戻された。
「え? いえ、いませんよそんな人は……」
話題を変えるだけのつもりで言ったのだろうとは分かっていても奇麗なお姉さんからそう聞かれるとドキッとするものだ。
実際サーシャはギルドの受付嬢で容姿もハイレベルな女性だった。
「そうなんだね。
でも好きな人はいるでしょ?」
「ご、ご想像にお任せします。
それよりもサーシャさんも食べないと僕が全部食べてしまいますよ」
なんだか恋愛話を振られてからサーシャにからかわれているような気がして話の主導権をとるべく話題をすり替えようとする。
「――まあいいわ。
ミナトさんが誰を好きなのかは丸わかりだし、あまり虐めてギルドの仕事を受けて貰えなくなっても困るからこの話はまたにしましょう。
あ、でも相談ならいつでも聞いてあげるからお姉さんに話してみなさい」
すっかり『お姉さん』風をふかすようになったサーシャの頬は僅かに赤く染まっていた。
(これは本気なのか?
それとも酔っているのか?
それが分からないと迂闊な事は言えないじゃないか)
「お待たせしました。
トーマトのリゾットにデザートは網めろんになります」
どこかで見張ってるんじゃないかと思える絶妙のタイミングで店員が次の料理を持ってくる。
その後、僕達は「リゾットは熱いうちに食べた方が良いですよ」とか「網めろんなんて初めて食べました」とか言いながらお店を後にした。
ちなみにお会計はお互いが自分が払うと言い張った結果、割り勘となった。
帰り道、少し暗くなった道を並んで歩く僕達は傍から見れば『恋人』ではなくどう見ても『姉弟』に見えたことだろう。
「サーシャさん。
ところでさっきの話は本当ですか?」
「ん? どの話かな?」
ほろ酔い気味のサーシャに思い切って話を振る。
「僕の好きな人が丸わかりってところですよ」
そう聞く僕に少し残念そうな表情でサーシャが答えてくれた。
「残念、やっぱり脈なしかぁ」
サーシャはそう呟くと僕の方を見て「君、ノエルさんの事が好きでしょう?」と言いきった。
「!?」
あまりの事に声にならないほど驚いた僕は目を見開いてサーシャを見た。
「――やっぱりね。
本当に分かりやすいんだから」
「な、なんで?」
「伊達にいつもミナトさんの依頼を受け付けているわけじゃないわよ。
あからさまにノエル雑貨店への配達依頼の時は嬉しそうな表情をしていたって気がついてる?」
まさかそんな事でバレるとは自分が如何に単純かを思い知らされた瞬間だった。
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