下準備の終わり

 赤い月の夜、悪魔への生贄としてミストレイが壇上に膝をつかされ吊し上げられる。

 わたくしは魔法銃を持ってその場に待機する。

 表向きは出現した悪魔を撃退するため。

 けれども、わたくしの本当の目的はこの場に集まった多くの人間にわたくしこそが魔王だと知らしめることにある。

 七つのランタンはわたくしの周囲に浮かび、今か今かと出現する機会を待っている。

 赤い月が天中に上り、その光が最高潮に降り注いだ時、わたくしは閉じていた目を開いて魔法銃の銃口をミストレイに向けながら壇上に上がっていった。


「ごきげんよう、ミストレイ。そして、さようなら」


 引き金を引き正確に心臓を射抜くと、それを合図に七つのランタンから、本来の姿の七義兄弟が現れる。

 恐怖の声が響き渡り、周囲が一気に混乱に陥っていく。

 赤い月をめがけて一発銃を撃てば、一瞬周囲は静かになったが、それは動き出した七義兄弟によりまたすぐに混乱と恐怖の悲鳴が響き渡っていく。

 ああ、なんと心地いいのだろう。

 七義兄弟は人間を引き裂き、その魂を食らっていく。

 そうして、わたくしはただ一人無傷でわたくしの事を茫然と見てくるヴィンセントに視線を向ける。

 交わる視線に、驚きはあれども恐怖はなかった。

 壇上から一段ずつゆっくりと降りて行き、一歩ずつヴィンセントに近づいていき、手を伸ばせば届くほどの距離まで近づくと、わたくしはこの場にそぐわないほど美しい笑みを浮かべる。


「さぁ、選択をなさってくださいヴィンセント。この場でわたくしに食われるか、それともわたくしの配下として生き延びるか。選ぶのは貴方自身でしてよ」


 わたくしの言葉にヴィンセントは息を飲む。

 ゆっくりと銃口をヴィンセントの心臓に当てて、わたくしは答えを待つ。

 どのぐらい時間が経ったのかはわからないけれども、わざと逃がした人間以外を食らった七義兄弟がわたくしの背後に控えるほどの時間が経過したのは確かだ。


「僕は……サタナティアさんを愛している」

「そう、それで?」

「君に殺されるのも一つの選択肢だろうけれど、僕を殺してしまえば君はその事をすぐに忘れてしまうのだろう? だったら、この時代の最初の人間の裏切り者として、君の傍に居たい」

「良い答えですわ」


 その言葉にわたくしは迷いなく引き金を引いた。

 血が飛び散り、ヴィンセントは後方に吹き飛ぶ。

 倒れたヴィンセントに近づき、わたくしは穴の開いた胸に手を当てて、血に濡れた唇に口づける。

 見る見るうちに失われた血の気を取り戻していくヴィンセント。

 蘇生魔法は禁忌とされているが、それは所詮人間が、ただの魔法使いが決めた決まりごとに過ぎない。

 わたくしにとってそんなものどうだっていい。

 目を開いたヴィンセントに極上の甘い笑みを浮かべて口を開く。


「ごきげんよう。死からお目覚めになった感覚は如何でして?」

「死んだという感覚すら、無かったよ」


 その答えにわたくしは笑うとヴィンセントの手を引いて体を起こし、立たせる。


「サタナティア、僕の愛する人。神は失敗した。僕の魂を滅するべきだったんだ。だけれども、滅さなかったおかげでこうして再び君に出会えた」

「ヴィンセント?」

「何度も僕はこの世界に生まれて君を探したよ。何を探していたか忘れるほどの年月が経つほど探して、ようやく出会えることが出来た」

「……貴方は、わたくしのヴィンセントなのでしょうか?」

「君が聖女になる前に愛し合ったヴィンセントが僕であるのなら、僕は君のヴィンセントだ」

「ああっ」


 神よ、お前は本当に間違えた。

 ヴィンセントの魂を滅さなかったことを死してなお後悔するがいい。


「光の時代が終わり、闇が再びこの世界を支配する。さあ、わたくしの可愛い配下たちよ、軍門に下った者達よ、人間に恐怖を味合わせるがいい!」


 各地から、わたくしが作り上げた魔法銃から魂が流れ込んでくるのがわかる。

 解き放たれたモンスター達が人間を襲っているのだろう。

 そう、恐怖の中で舞い踊るがいい。


「サタナティア陛下」

「どうしました、ルシファー」

「その人間を傍に置くのならそれ相応の理由が必要となるでしょう」

「理由?」

「この時代で一番初めに人間を裏切った者ではありますが、裏切り者はこれからも大量に出てくることでしょう。その者達全てをサタナティア陛下のお傍に侍らすわけにもいきますまい」

「そうですわね」

「ですので、理由を」

「何か考えがあるようですわね」

「サタナティア陛下がずっと望み、叶わなかったことを叶えるだけでよろしいかと」


 その言葉に、わたくしは軽く目を見開きルシファーを見ると、ルシファーだけではなく他の子も柔らかな笑みを浮かべてわたくしを見てきている。

 わたくしが叶えたかった願い、それは愛する人と平穏な暮らしをしていくこと。


「魔王であるわたくしに、平穏な暮らしが叶うとでも?」

「もう一つは叶いましょう」

「ルシファー、お前はわたくしとヴィンセントが婚姻すればいいというのですか?」

「サタナティア陛下自らがその魂を分け与えたのです。十分に資格はありますでしょう」

「婚姻は一人ではできませんのよ」

「サタナティア陛下の長年の願いを無碍にするような愚か者ではございませんでしょう」


 ルシファーの言葉にヴィンセントを見ると苦笑を浮かべてはいるけれども、その瞳に拒絶の色はない。


「わたくしでよろしいの?」

「サタナティアがいいんだよ」


 笑顔で差し出された手にわたくしは自分の手を重ねる。


「後悔なさらないでくださいね」

「サタナティアを失う以上の後悔なんてないさ。ずっと探していたんだ、君だけを」

「では契約を」


 わたくしはアイテムボックスから取り出した短剣をヴィンセントに渡す。


「本当にわたくしと婚姻をしたいのなら、その血を持って証明なさって」

「喜んで」


 ヴィンセントは迷いなく短剣で手首を切るとダラダラと流れる血をわたくしに見せてくるので、わたくしは短剣をヴィンセントの手から取ると同じように手首を切ってヴィンセントの傷と重ね合わせる。


「七義兄弟よ、証人に。ここにわたくしとヴィンセントの婚姻が成立しましたわ」


 血が交わり、いつの間にか傷がふさがっている。

 わたくし程ではないが、これでヴィンセントは通常の人間よりも、いや、七義兄弟程度の力を持つことが出来るようになった。

 もはや人間とは言えないだろう。

 元人間、わたくしと同じだが、いうなれば悪魔だろうか?


「悪魔の食糧は人間の魂でしてよ。それでもヴィンセントはかまわないのですか?」

「今更だね。サタナティアの傍に居ることが出来るのならかまわないさ。それよりも、昔のようにティアと呼んでも構わないかな?」

「ええ、貴方になら喜んで」

「ああ、ティア。愛しているよ、君だけを永遠に」

「嬉しいですわヴィンセント。いいえ、ヴィー。これからはずっと一緒に過ごしましょう。人間を恐怖の渦に叩き落として、わたくし達は生きていくのですわ」

「それが君の望みなら構わない」


 神よ、お前はやはり完全ではなかったのだ。

 こうしてヴィンセントの魂を輪廻の中に入れてしまったのだから、お前は失敗した。

 ヴィンセントがいなければ、わたくしはどれほどの恐怖を人間に与えようとも最後の一欠けらが埋まらなかっただろうけれども、その一欠けらは今埋まった。

 さあ、下準備はすべて完了した。

 人間達よ、覚悟するがいい。

 自分達が買われる側だという事を自覚して、せいぜい生き延びることが出来るように、かつての時代の人間のように戦うがいい、媚を売るがいい。

 それこそが、お前達が出来る唯一の手段なのだから。

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Imperium~それは目覚めさせてはいけない悪の華~ 茄子 @nasu_meido

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