第5話

 四月一日。天防学院、入学式の日。

 受け取った推薦状の効力は想像以上に大きかったらしく、翔子は学力試験などあらゆる過程をスルーして、あっさりと天防学院への入学が決定した。

 これからその学院へ向かうために、浮遊島『出雲』の発着場に辿り着く。


「……でかいな」


 目線の先にあるゴンドラリフトの、そのスケールの大きさに内心で感嘆した。

 周囲には翔子と同じ、天防学院の新入生であろう人々と、大小様々なコンテナが積まれてある。翔子たちはこれから、このコンテナと一緒に浮遊島に搬送されるのだ。


 他の新入生たちと同様、翔子も私服だった。制服や教科書は現地で配られるらしい。灰色のパーカーに、色の濃いジーンズと。無難な服装を選んでいる。


(……年齢は若干、注目されるかもな)


 天防学院には編入制度がない。そのため翔子はもう一度、高校一年生をやり直さなければならなかった。

 これから始まる高校生活では、自分は常に周りより一歳年上である。


「ん?」


 携帯電話が震動する。画面を見れば、明社と沙織から一件のメールが届いていた。


『時間が空けば遊びに行くから、先に楽しんでこい!』


 明社らしい応援に、翔子は微笑する。

 続けて沙織のメールも開いた。


『今度は、本気になれたらいいね』


 いまいち意図が読めないメッセージだ。思わず首を傾げる。

 太いロープがゴンドラの頭に接続され、搬送の準備は着々と進んだ。


 ロープの先にあるのは、浮遊島出雲。エーテル粒子の恩恵により、世界有数の宙に浮く島の一つである。通常は高度三〇〇〇メートルを維持しているが、今はその高度を一五〇〇メートルまで下げている。積雲を周囲に従え、無限とも言える空の中、その島は堂々と座していた。


「天防学院新入生の方は、荷物をこちらにお預けください」


 拡声器による案内に従い、翔子は背負っていたリュックを降ろした。

 乗車したゴンドラが揺れ、遂に動き出す。

 ガラス越しに空を見上げれば、宙に浮く人影を幾つか発見した。EMITSの襲撃に備える特務自衛隊の警備隊たちだ。搬送時の襲撃は、下手をすれば地上にも被害が出かねない。普段よりも厳重に、警戒態勢が敷かれているようだった。


『――では、続いてのコーナーです』


 その時、ゴンドラ内に吊るされている液晶モニターの音声が、耳に届いた。


『空の守護者たる特務自衛隊。今年もその卵を迎え入れるべく、天防学院の入学式が開かれます。例年、自衛隊の方々も注目している天防学院の新入生ですが、今年はなんと、あの英雄たちが推薦状を使って生徒を招き入れたとの情報が入っております。今回の特別ゲストはその二人! 浮遊島が生んだ二人の英雄です! どうぞ、お入り下さい!』


 液晶に、マイクを持つ司会と、ゲストと思しき二人の人物が映った。


『篠塚凛です』


『アミラ=ド=ビニスティですわ』


 黒髪黒目の大和撫子のような少女と、銀髪で派手な女性が自己紹介をする。片方の名に聞き覚えがあった翔子は、モニターを一瞥した。


『お二人はそれぞれ、金轟、銀閃という名で、日本どころか世界的にも有名なEMITS討伐のプロフェッショナルですが……やはり、まずお尋ねしたいのは推薦状の件になります。お二人は今まで、どちらも推薦状を使用されたことが無かったとのことですが、今年はどうして使用されたのですか?』


 その問いに対し、最初に答えたのはアミラと名乗った銀髪の女性だった。


『わたくしの場合は簡単な理由ですわね。使うべき時が来たから、使ったまでですわ』


『と、言いますと?』


『以前から、目をつけていた人がいますの。その人はこの空で、わたくし以上に強く、美しく輝く可能性がある。……ですから、彼に推薦状を使用することは前々から決めていました。それがこのタイミングになったのは、単純に年齢の問題ですわ』


『成る程。つまり、昔から目をつけていた素晴らしい人材が、今年、天防学院に入学できる歳になったから推薦状を渡したと。……その彼の正体も、気になるところですね』


『非常に優秀な方ですから、すぐに知れ渡る筈ですわ。もっとも……そちらの方が、どう思われているかは知りませんが』


 銀髪の女性が、隣に立つ篠塚凛を睨みつけた。


『あ、あはは……で、では次は、篠塚さんの方にお尋ねしたいのですが――』


『勘』


『……え?』


『勘。ピンと来たから、使っただけです』


『え、えぇっと……それはいわゆる、第六感というものでしょうか。何かこう、並々ならぬ才能を感じたとか、そういったものではなく……?』


『才能は、特に考えていません。でも――』


 少女は続けて言う。


『――一緒に飛んだら、面白そうだと思いました』


 わけのわからないコメントに、司会が困惑する。


 ゴンドラが進み浮遊島の全貌が明瞭になった。浮遊島は下を向いた円錐の形をしている。下層の表面にはエーテル粒子を起動するための不思議な模様が刻まれていた。

 対し、上層には整然とした街並みが広がっている。海も山もないが、その平坦な地には彩り豊富な世界があった。表面積は凡そ三〇〇平方キロメートと、かなり広い。加えて高層ビルなどといった背の高い建物が存在しないため、圧迫感のない景観が続いていた。


 ガタン、と、ゴンドラが汽笛代わりに揺れる。

 到着を知らせるゴンドラ内のアナウンスに、乗客たちは皆一様に興奮した。

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