Yes,we can!(最終話)
1月29日(土)
俺はマイクの前に立つと一礼し、英語でスピーチをする。
「本日はこのような素晴らしい、そして栄誉ある賞をいただき、ご推薦いただいたすべての記者の皆さまに感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
でも考えてみてください。この賞(最優秀新人賞)はジャッキー・ロビンソン賞とも呼ばれています。彼もメジャーに挑戦した時にはすでにルーキではなくニグロ・リーグから来たニューカマーだったのではないでしょうか。そして彼がメジャーで活躍することによって不幸な障壁は取り除かれ。野球は真の意味での『
彼らも同様です。彼らはすでに日本で挙げた素晴らしい実績に満足せず世界という舞台に挑戦したのです。彼らの活躍は日本人の心の中から国境という障壁を取り除き、MLBへの憧れや人気を広げてくれたのです。彼らの果敢な挑戦こそジャッキーと同じ賞に値するのです。そうではありませんか?
私も彼らに倣い「最優秀新人選手」で満足することなく、これからもたゆまず鍛錬と挑戦を続けていきます。それが野球をよりエキサイティングなものとし、より広い
世界へと野球の魅力を伝えるものとなると信じています。
私も地域やリーグを問わず野球をプレーするすべての仲間たちとともに、またこの協会員の皆さまとともに野球を『世界の娯楽』へと育てていきたい、そう望むものであります。 本日はありがとうございました。」
俺が一礼すると拍手がまきおこる。俺が壇上から降りようとすると司会者が
「健、きみにそれができると思うかね?」
と「振って」くる。いったん拍手が止んだ。
俺は大きな声で現大統領のフレーズを真似して言ってやった。
「Yes,we can!(もちろんです)」
会場内にどっと笑いと拍手が巻き起こった。もちろんこれが正答なのだ。
「健、とても素敵なスピーチをありがとう。そして受賞おめでとう。」
俺がフロアに戻ってくると
「お前なぁハードル上げてくれんなよな。後にスピーチする俺の身にもなってくれよ。」
ジョシュに怒られた。
「いや最も価値ある(Most Valuable)スピーチをすればいいだけやぞ。」
由香さんには褒められた。
「良いスピーチだったわよ。これで、これからポスティングやFAで日本から来る選手に誰も文句を言えなくなったわね。ジャッキー・ロビンソンを出されるとアメリカ人はたいてい黙るから。」
アメリカにはいまだに深刻なレベルで人種間の対立と差別という障壁は残っている。それは球界の中でも例外ではない。それは観客の中に、監督やコーチ、選手の中にも、審判の中に、そして報道の中にもそれは歴然と存在する。俺だって
それでも美しいプレーは誰がしても美しく、誰が観ても心を揺さぶられるはずだ。
俺もそんなつまらない障壁をぶち破るような投球をし、打球を放ちたい。そして誰もが嬉しい勝利を手にしたい。
より強く、より速く、より遠くへ。
俺は自らを磨いていく。俺はいつだって挑戦者なのだ。下克上の道はまだ途中なのだから。
【エピローグ】
「いやぁ、『イキり』ましたねぇ。」
ホテルで寝る前に亜美と通話。ネット中継で観たらしい。うぅ、やっぱりそういう反応になりますよね。ただ俺は英語でスピーチしているため字幕で伝わるわけだが。
「でも子供の頃から憧れてた選手たちと同じ賞を取ればそれくらいテンションが上がるのはわかるよ。だって少なくとも同じスタートラインには立ったんだもんね。」
「ありがとう。でも『イキり』具合なら亜美も負けてはいないよね。女子選手初のNPBによるドラフト指名。……悪いけど俺の投打三冠王になってMVPとサイヤング賞の同時受賞の方がまだ現実味がある。」
亜美と昨年「対談」した時に出てきた亜美の「目標」の話だ。みんなさらっと流していたけどとんでもなく強気な発言である。
「だからあんたと……け、『契約』したんでしょうが。私も覚悟を決めてやったんだから大丈夫よね?」
「Yes,I can.」
「違うでしょ、そこは『we』と言うところでしょうが!」
俺たちには明日がある。それはとても素晴らしいことなのだ。
(第3部「新人王編」完)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます