「喝」を入れられがちな男「たち」。

 だが、俺の言葉に周りが凍りつく。俺はこの後で知ったのだが、針本氏は戦前は「日本人」として生まれたのだが戦後に独立した「南高麗」国籍の方だったのだ。あちゃー。民族差別をするつもりはなかったんやが。


 つまり「日本人でもない人間に言われる筋合いはない」と取られてしまったのだ。そんな意味じゃない。「ご老人」が若い世代の功績を頑なに否定するのをちょっとばかり揶揄しただけなのだ。


 のちに「老●」と言われちゃうやつ。


老●とは自分ができなかったことを自分が育ててもいない人間に達成されると憤慨するものらしい。


 ただこれには俺も代理人のケントに叱られてしまう。

「健、アメリカでは特に人種の問題はデリケートだし、すぐに火が付く原因になる。人種や民族のことを軽々に口にしてはいけないよ。」

まぁ俺も五輪やWBCではお隣の国の方にいろいろとされた経験は大いにあるので気をつけよう。


 さすがに後半の部分はテレビでは使われなかったが動画自体はネットに残され、いわゆる「痛快スカ語録」として拡散してしまったようだ。それがどこからかともなくご本人の耳に入った模様で、以降俺の話題には「喝」しか入れないらしい。打たなきゃ「メジャーで通用するはずがない」、打ったら打ったで「メジャーの投手は大したことない」。どっちやねん?


 「で、何がお気に召さないって?」


「それなんだけど『走り込み』が全然足りていないって。」

俺の問いに妹は面白がって答える。ただ納得はいかんな。


「いや、そのかわり泳いでいるんだが。自転車バイクもしっかりと漕いでるぞ。」

 ようは「トライアスロン」の選手に「マラソン」ランナーが「走りが全然たりてない」と言ってるようなものだ。


 もちろん、もも周りの筋肉ではランで負荷をかけて鍛えないといけない部分もある。そこを意識して走ってもいるが全てをランでこなしてきた昭和の人間にとって物足りなさがあるのは否めない。いや、ランだけに偏重すると関節などに過負荷がかかってかえって危険やろ。


 だが今は平成、それも22年である。トレーニングの方法は日進月歩なのだ。水泳は「肩を冷やす」とかで敬遠していた石器しょうわ時代の遺物かな?


「だいたい自分だって現役時代はシーズン中でも夜な夜な銀座ザギンで飲み歩いていたタイプだろうに。そっちの方がよほど有害だっつーの。」

後は喫煙とかね。俺が妹相手に説明してると乱入者が。


「Yes! 銀座ザギン六本木ギロッポン!ハーイ、ミサキ!今日もキュートダネ!」

 おい、どこの業界人だよ?

「うん⋯⋯知ってる。」

妹よ、その返しは人を選ぶぞ。まぁ、これまでさんざん言われているんで、ただの挨拶か。


 俺の後ろから通信に突然割り込んでくる白人男性。彼は今年俺の「専属マネージャー」に就任したマシュー・ダルトン氏だ。年齢は俺よりちょうど10歳上。


 アメリカ人で本職はカメラマン。重度の日本ヲタクweeabooで由香さんの「婚約者」でもある。ちなみにこの秋に結婚式を挙げる予定。


 なのでこれまで由香さんの仕事で俺とも顔を合わせる機会も多く、ウチの家族とも顔見知りでもあるのだ。ちなみに昨年のアメリカのサブプライムローンの破綻に端を発した世界的な大不況のあおりを受けて専属契約を打ち切られてしまい路頭に迷った挙句、なぜか俺のところに転がり込んできたのである。


「俺、健のマネージャーになるから。」

俺がマネジメントを依頼しているケントの事務所に所属することになり、そのまま俺のアパートに居着いている。


「ごめんね。新郎ダンナが無職だとカッコつかないから、バイトでもいいから雇ってあげて。」

 どうも家でぶらぶらしている彼氏に「喝」を入れて働きに出したのも由香さんのようだ。


 とは言え、マシューは無能というわけではない。最近入居したスプリングトレーニングの球場近くの手頃なアパートを見つけて来てくれたのも彼だし、運転手もやってくれる。雑事を任せて俺が野球に専念できるので助かってはいる。


 「喝」を入れられがちな男同士、うまくやっていけるのかもしれない。そして、ついにスプリングトレーニングが始まるのだ。


 




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る