EP6 紫色の記憶
その夜、俺は変な夢をみた。夢というものは曖昧なものだが、それは鮮明に見る事ができた。強大な力に抗えず、恋仲を引き裂かれるという夢だった。けれどその夢の俺は"レイ"ではなく、違う誰かの様だった。
早く終わる事を切に願っていると場面が暗転し、気づいたら俺は不思議な空間にいた。
床と空ーーいやそれかどうかも怪しいーーが白一色の形容し難い空間に俺はいた。夢なのかどうかそれすら分からぬままいると、後ろで気配がした。振り返ると黒煙が人の形を模ったモノ、とでも言うべき異形がいた。
「お前は…一体何者なんだ?」
「オ前コソ…私ノ体デ一体何ヲシテイル……?」
こいつは何を言っているのだろうか?私の体?この体は俺のものだ。等と考えていると、ソイツは俺に飛び掛かり、体を抑えられ、首を絞められた。
声にならぬうめき声をあげる俺を意にも介さず、
「返シテ貰ウゾ!」
そういって、奴は口からら体の中に入ってきた。異物を体内に詰め込まれる感覚を感じながら、俺の意識は暗転していった。
意識が覚醒し、俺は跳ね起きた。あたりを見渡すと、見慣れた俺の部屋だった。妙にリアルな夢だった。だが所詮は夢だ。意識を切り替えて起きようとした時、手に妙な感覚が伝わってきた。
「ん?」
俺しかいないはずの部屋で、何故か人肌の感触。そちらを向くと、そこにはあり得ない者がいた。
"レイ・ラース"がいた。俺が俺の横で寝ていたのだ。正確には髪の色が紫色だという違いこそあれど、一糸纏わぬその肉体は間違いなく俺そのものだった。
(いやいやいやいやいや!ええ!?なぁんで俺が2人いる訳!?ってか冷静になって見ると、……こいつ……結構いい体……って!俺の身体だよ!何考えたんだアホか!)
混乱の余り右往左往していると"俺"の目が開かれ、ゆっくりと体を起こした。まだ寝ぼけているのか目は半開きで、意識は朦朧としているのだろう。
だがキョロキョロと周りを見渡し、自らの体を触りながら観察する。
「……お前は……誰だ?」
俺は恐る恐る彼に問う。彼は俺の方を向くが声にならない声が微かに漏れるのみ、だがゆっくりと首を傾げると、おぼつかない口で言葉を発した。
「私は……あれ……?私は……」
彼の様子が明らかにおかしい。見た目こそ俺だが、まるで生まれたての赤子のように危なっかしいので、大声を出すのを躊躇ってしまう。
「私は……一体……何者なんでしょう……?」
「えぇ?」
どうやら記憶がないらしい。いやそもそもどうしてこの部屋に迷い込んだんだ?何故彼は俺と同じ容姿なのか、考えれば考えるほど疑問が湧いてくる。その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「兄貴、起きてる?」
不味い。妹のソフィアが俺を呼びに来たのだろう。この状況を見られるのは非常によろしくない。今の状況を説明する事など到底不可能だし、第一こんな状況を見たらあいつもパニックに陥るかもしれない。
「ヤベェ……どうしよう……」
そう言ってはみるが、打開策など分かるはずもない。
「どうすれば……っ!?」
不意に頭に何かが入ってくる様な感覚を憶える。だがそれは不愉快なものではない。ある時突然忘れていたことを思い出したかの様な、頭に電流が走るが如き衝撃だった。
手が半ば勝手に動き、"俺"の胸元に手をかざす。
「《アブソーブ》!」
浮かんできた法術を詠唱すると、魔法陣が手の前に現れ、そこから淡い光が溢れ出す。それは"俺"の身体を包むように広がっていく。
一際それが眩く輝いた時、俺は目を閉じてしまった。
「眩しっ。」
「兄貴ー?どったのー?」
ソフィアの声にハッとし、ドアの方を向く。すると彼女は扉を開け、部屋に入って来ていた。
「まっ、まてソフィア違うんだ!落ち着いて聞いてくれ!」
「何慌ててんの?いつもの兄貴じゃん。それより朝ごはんできてるから早く来てねー。」
そう言うと、妹は出て行ってしまった。
助かった……?どういう訳かソフィアは、俺の前にいる得体の知れない"俺"に全く気がついていないようだ。
とりあえず"俺"に向き直るが何故か彼はそこにおらず、忽然と姿を消してしまっていた。
「一体何なんだ……?」
俺は困惑しつつも、服を着替えてから下の階に降りていった。
「あ、やっと降りてきた。遅いよ兄貴。」
「悪い。ちょっと色々あってさ。」
朝食の置かれたテーブルにつき、合掌をしね早速食べ始めようとする。
『あれ……これは一体……?』
だが頭の中に聞こえた声に、思わず箸を止めてしまう。雰囲気的にさっき消えたはずの"俺"のものだろう。
『何故……彼らは私の姿を認識できていないのですか……』
声の源の方を向くと、そこにはやはり彼がいた。
「うわぁ!?」
「ちょ、急にどうしたの?」
「いや、何でもない……」
家族に怪訝な視線を向けられるが、俺は再び食事を始める。
まさかとは思うが、俺にしか見えないのか?そんなことを考えながら、目の前の食事を速攻で平らげた。
*
すぐに自分の部屋に戻った俺は、とりあえず色々試してみることにした。どういう訳か、俺にはどうすれば彼がどのような動きをするのか理解していた。
「《リリース》!」
俺が叫ぶと魔法陣が現れ、そこから白い光の粒子が溢れ出る。その光は集まると人の形をとり、やがて全裸の"俺"が現れた。
彼に服を着てもらい再びアブソーブと唱える。すると先程のように光に包まれる。今度は目を瞑らずどうなるか見ていると俺の腕に、着せた服ごと粒子となって吸収されていく。
今度はリリースと唱える。するとやはり粒子が人型になり、俺が着せた服をきた"俺"が立っていた。
とりあえず“俺”の性質は理解できた。特定の法術を唱える事で自由に俺から出入りすることができる。俺の中にいる時は姿を俺以外が認識することはできず、声も俺にしか聞こえない。
だがそれ以外は分からなかった。何故か自分に関する記憶だけはさっぱりと無く、知識や常識といった物しか頭の中に残ってないらしいのだ。とはいえ何も収穫がないわけではない。彼の記憶を聞いているうちに50年前から60年前までらしき情報が多く、そのくらいに生きていた人物であると推測はできた。
「大丈夫ですか……?」
そんな俺を見てか、彼は俺に心配そうに顔を覗いてきた。至近距離から改めて見ると、本当に俺に似ている。下げてある前髪や身長の低さもあいまって一見すると女子とも見えなくもない、中性的な見た目。
「何かあったら何でも仰ってください。……最も、今の私に出来ることなど、たかが知れますが……。」
俺が敬語を使っているというのに違和感を感じる。……いやそれより今なんでもって言ったよな?
「いや、今は良いかな。それより今から外に出かけてみないか?」
「どうして?」
「閉じこもって頭を捻っても意味なんてないだろ?色々見回ったら、なんか思い出すだろ。」
彼は俺の言葉を聞いて、少し驚いた様な顔をした後に笑顔になった。それはまだ無垢な子供が、欲していた玩具を与えてもらえた時の様な、眩しくて直視できそうにない物だ。自分の顔からそんな表情が見れたことに、俺も少し驚いた。
「ありがとうございます。私の知らない外の世界……何だが楽しそうですね……。」
「楽しいさ!何たってここはサンノマル国の首都"コウト"。この国で1番栄えてるんだからな。観光みたいに楽しんでくれよ!」
「ええ!よろしくお願いしますね。レイ!」
「おう!えっと……名前、何て呼べば良い?」
そういえば名前を考えていなかった。彼を呼ぶ時、名前がないとこの先色々不便だろう。
「それは……あなたが決めてくれませんか?」
「俺?良いけどどうしてだ?」
「今の私にとって、最初に出会った人間があなたですし、他に頼む人もいないでしょう?」
「確かにな……よしわかった!最カッコいい名前を考えてやるから、次回まで待ってろよ!」
何だが色々面白くなってきた事を、俺は感じていた。
「ところで"次回"とは……?」
「あっやべ。」
*
サンノマルの首都名であるコート、漢字で書くと江都となります。これは江戸の江と首都の都を合体させた造語となります。実際の地名とは一切関係ありません
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