②キューピー、JKに詫びを入れられるもなお煽られるのこと。


 自販機の横に糺一はいた。

 彼は缶のお茶を手にして壁に背をあずけていた。

 

 目前を水槽のなかの熱帯魚のように参列者たちが行きかっていた。

 糺一はその人たちの口が動くのを見ていたし、その声も聞こえているはずだったが、それでも彼らが何を話しているのかわからないようだった。

 

 糺一はお茶に口をつけた。

 かたわらに人気がした。

 

 蝋燭みたいに白くて細長い手足と、自分の存在を気づかせるためにやや誇張気味に弾ませた息の音があった。

 糺一は顔をむけた。


「さっきはどうも」

 先刻、妹の綾を〝しょぼい負け犬〟と評した少女――瀬乃だった。


「ええと」

 糺一は首をかしげてみせた。

「どこかで会ったかな?」


 瀬乃は鼻を鳴らした。

「そういうのはイイよ」

「謝りにきたんだからさ、このあたしが」


「謝る? なにを?」


「さっき言ったこと」


「さっき君はなにを言ったんだい?」


 瀬乃は苦笑した。

「ええ、言わせんの—―」

「あんたもけっこういい性格してんね。……だからさ、あんたの妹さんのことをしょぼい負け犬とか言っちゃったことだよ。あんな口きくのは間違ってた。撤回して謝罪シマス。あんたが綾のお兄さんだって知ってたら言わなかったんだけど」


 糺一は面白くもなさそうに笑った。

「謝る必要なんてないんじゃないかな。君は綾のことをしょぼい負け犬で、ええとあとは確か――仲間うちで軽蔑しあってるカスだと思っていたし、いまだって内心はそう思っているんだろう。なにをどう思うおうとそれは個人の自由さ」


 瀬乃は黙って糺一をみていた。


「こっちは別に怒っちゃいない。彼女が負け犬だろうとカスだろうとそんなことはもう当人も含めてこの世の誰にも関係のない問題さ」

 糺一は教科書を読み上げるようにいった。


 瀬乃は黙って糺一をみていた。


「あとは彼女は火葬場で焼かれて白い骨のかけらになるだけで、それは想像しうるかぎり人間がもっとも無力になる姿なわけだから、今更しょぼいもしょぼくないもないもんだ」

 糺一の言葉はそこでかすれたペンキの尾のように終わった。


 一呼吸の沈黙があった。


 それからおもむろに口を開いたのは瀬乃だった。 

「あんた、どっかで見た顔してる」

 まるで別の文脈から語るときの口調で瀬乃はいった。


「うん?」

 やや虚をつかれるかたちで糺一はいった。


 瀬乃は首をかしげた。

「どこだったかな――」


「ああ。そういえば〝キューピー〟っていう名前で動画配信をやっているんだけど」 

 糺一は助け船を出すようにいった。

「それをなにかで目にしたんじゃないかな」


「お。そうだ! キューピーじゃん」

 瀬乃はぱっと眉をひらいた。

「あれだ、ミツバチの巣に突撃して蜂蜜むさぼり食ったり、ニトロ積んだ原付でチキンレースやったりしてるアホでょ!?」


 糺一は顔をそむけた。


「こっちの記憶が正しければ、君は謝りにきたはずだけど」

 彼の口調は天を仰がんばかりだった。

「なんでこのうえ煽るんだ?」

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