マスコットな異世界指南役

東家藤吾

プロローグ

1話 訪問者

「失礼します。旦那さま、お客人方をお連れしました」


「うむ案内ご苦労だった。しかし俺は奴らと会うつもりはない!丁重に、いやそりゃあもう手荒く追い返してきなさい」


 簡素な客間の中。メイド長にそう言い放ったのはこの屋敷の主人である魔法使いセオドア・マクシミリアンであった。またそのようなわがままを仰られても困ります、と頭を抱えるメイド長。するとノックの後件の訪問者たちがぞろぞろと部屋に押し入ってきた。

 彼らはこのアスタリア大陸でも有名な英雄たちである。しかし今の彼らは一様に疲れ果てた顔色をしている。代表して勇者一行のリーダーであるアスベルが声を張り上げた。



「頼むセオドア!今日こそは我らと共に憎き災厄龍ディザスタードラゴン討伐のために協力してくれ!!」


 災厄龍。それは言い伝えによって語られてきた伝説級の魔獣である。曰く数百年の長い眠りから覚めた奴は空腹を満たすように地上のあらゆる生き物を喰らい続けるという。その力は凄まじく、現に幾度となく歴戦の猛者である彼らが戦いを挑んでいるというのに傷一つつけることが出来ずにいた。


「ふん、断る。そんな暇があるなら住人たちのように荷物をまとめて避難する準備でもするんだな」


 頑とした態度で突っぱねる。その噂通りの傲慢な物言いに流石の彼らも腹に据えかねて一人また一人と非難の声を上げた。


「我々はそなたの魔法使いとしての力を見込んで頼んでいるのだぞ!少しはまともに聞いてはどうなのだ!?」


「そうだそうだ!それに住人の中には避難せずに残りたいと言う者もいる。彼らがどうなってもいいと申すか!?」


「俺は前から何度も災いがこの地に降り掛かると警告してきた。それでどう判断するかは奴ら次第でありそれ以上面倒は見れないな」


「な、なんだとっ!?」


「災厄龍の被害はいずれこの屋敷にまで及ぶでしょう。ならば今戦わないでいつ戦うのですか?」


「既に屋敷には転移魔法を施してある。心配無用だ」


「ぐっ、うむむ」


「そうだ。よくよく考えれば災厄龍の覚醒を未然に察知していたのは妙ではないか?もしかして貴様眠っていた奴を地下から呼び起こしたのではないだろうな」


「…………今の言葉は聞かなかったことにしてやる。二度と口にするなよ。いいな?」


「ひっ!?」

 

 まったくこれで英雄さまとは笑わせる。そもそも言い伝えにそう書かれてあるのだから策謀も何もないだろうが。

 すると突然、窓の外から大きな爆発音が響き一同慌てて視線を外に向けた。


「何だ今の音は!まさかっ!?」


「いや、だとしても早すぎるっ!!」


「今はまだ別の一団が交戦中のはずだっ!」


 どよめく一行をよそにセオドアは遠見の魔法で音の発生源を確かめる。屋敷からそう遠くない魔法の森の中央に恐ろしく暴れ回る一匹のドラゴンの姿があった。


「…………仲間が失礼なことを言ってすまなかった。しかし我々もまた言い伝えについては調べてきた。だから君に理不尽な要求をしていることも理解しているつもりだ」


 静かな口調でそう告げるアスベル。言い伝えによれば災厄龍を倒せた者は神の怒りを買い『死の呪い』をその身に受けてしまうらしい。つまり彼らはセオドアに平和のために死んでくれと頼んでいるのだ。


「だが君一人を犠牲にするつもりはない!我々も共に戦い永遠の眠りにつく覚悟はとうに出来ている!さあこれで最後だセオドアっ。どうか一緒に戦ってくれ!」


 バラバラだった心が一つにまとまったような気がした。この瞬間だけは彼らが人々のために自己犠牲も厭わない偉大な英雄に見えた。

 何をバカなことを言っているんだこの勇者さまたちは。お前たちが一度にいなくなれば誰が生き残った者たちを守るんだ。


 本当にいけ好かない。


 見るからに戦いに身を置く者を彷彿とさせるその風貌。固く武器を握るための無骨で逞しい腕。信念のためにその身を捧げることも辞さない高潔な精神。

 全くもってお前たちのいう生き物は本当に、本当に。




「__可愛くない」


「えっ?」

 

 セオドアが漏らした意味不明な言葉に勇者一行は皆絶句してしまう。


「ああいや。決してお前たちに言ったわけじゃないから安心してくれ。え?だがそれはあまりにもリスクが高いし」


「セ、セオドア……??」


 そして突然何もない空間に向かって独り言を言い始めた彼を、何故かこの場でただ一人メイド長だけが何かを理解したかように頷いてみせた。


「き、君。すまないが彼は一体何をしているのか教えてくれないか?」


「はい。私にも詳しいことは分かりませんが時々旦那さまはああしてどなたかとお話をされることがあります」


「『どなた』とは?」


「それはもうとても仲の良いご友人だそうです」


「は、はぁ?」


 堪えきれず頓狂な声が漏れるアスベル。


「よし決めた。ダニエラ!」


「!はい、旦那さまっ」


「至急残った住人たちをこの屋敷に匿ってくれ。ここなら安全だ。勇者さまたちが喜んで協力してくれるだろう。それと少し出掛けるから後のことは任せたぞ」


「かしこまりました。どうぞお気をつけください」


「うむ」


「ま、待て!?ちょっと待ってくれっ!!」


 さっさと浮遊用のローブを着て窓から直接外に出ようとしていたセオドアをアスベルが寸でのところで呼び止めた。


「なんだ?」


「なんだ、じゃない!どこへ行くつもりだっ。ちゃんと分かるように説明してくれ!!」


「あーなに。お前たちと同じで出来たんだよ。死ぬ覚悟ってやつがさ」


 そう言って漸く外に飛び出すと一気にトップスピードに乗って大空を駆け抜ける。目指すは諸悪の根源。騒動の発端である災厄龍のもとだ。


「ま、多少は足掻いてみるけどな」

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