第100話 理玖33
それぞれがこれからの話をしたあとで、桔梗さんは帰っていった。
桔梗さんは消えた人たちを探すことになるだろうと言っていた。でもそれを桔梗さんが担当するのかは、まだわからないらしい。おそらく、この立て籠り騒ぎについても、男の人が亡くなった件も、違う部署が捜査するのではないかと桔梗さんは予想していた。
僕も恭子さんも近いうちに家に帰らなければならない。
恭子さんは吸血鬼になってしまったのだから、普通の生活には戻れないのではないかと僕は心配していた。けれど本人はあっけらかんとして、何の不安も感じていないように見えた。
もしかしたら平気なふりをしているだけなのかもしれない。
だから用心深く恭子さんの言葉や表情に注目してみたけれど、僕にはわからなかった。
僕が帰ってくる前に伊織さんが来たらしく、その時に今後の話を相談したみたいだった。そして桔梗さんもサポートすると言ってくれた。
それを聞いて少しだけ安心できた。
僕はまだ子供で、何か役に立つことがしたくても、何も思いつかない。もっと頭が良かったら、何か思い付いたり、できたりするのかもしれない。昨日の夜、トオルさんに頼んではみたけれど、それは僕が助けているとは言えない。
歯痒くはある。でも、どうしようもないことはあって、僕がどれだけ大暴れしたって、それは変わらない。
やっぱり僕に今できることは、わがままを言わずに大人しく家に帰ることだけだ。
でも、これから先、もっと大人になったら、できることがあるかもしれない。
トオルさんも恭子さんも今のまま歳をとらないから、僕はすぐ二人に追いつける。
そのときに何かできるように、帰ったら勉強や運動を頑張ろうと思った。何を目指すにしても、その二つはできたほうが良い。そう思えば、帰らなければいけないことも、そんなに嫌にはならない。
二人に内緒でこっそりパワーアップして再会しよう。そう静かに決意した。
桔梗さんの事情聴取も終わったので、しばらくすると恭子さんも帰っていってしまった。
もしかしたら明日まで病院にいてくれるのではないかと期待していたけれど、壊れた携帯電話をそのままにしておくわけにもいかないし、何の準備もなくお泊まりは難しいのだそうだ。
でも僕が帰るときは空港まで見送りに来てくれると約束してくれた。
それからはベッドでぼんやりして過ごした。疲れていたのだと思う。
夕ご飯を食べて、シャワーを浴びて、あっという間に消灯になった。
ベッドに入る前にお母さんと電話で話した。
明日の夕方に二人揃って東京にやってきて、明後日一緒に帰ることになった。
もちろん乗るのは昼間の飛行機だ。だからトオルさんは見送りに来れない。
それは残念なことでもあったし、ほっとしたことでもあった。
もう僕はトオルさんの眷属ではなくなったのだから、空港まで見送りにきてなんてわがままを言ってもよいのか、わからなくなっていた。
これまでは、そんな頼みを受け入れてくれるような予感が僕の中にほんのりあったけれど、今はなくなってしまった。
もしかしたらこれまであった予感も、僕の勘違いだったのかもしれない。
深夜になってトオルさんはやってきた。僕はそれに気づいて飛び起きたけれど、すぐに帰るからとベッドに戻された。
トオルさんは体調がまだ戻っていないのかもしれない。喋り方だとか身体の動きでそれがわかった。
だからなのだろうか、帰る日のことは話せなかった。
次の日は科学技術館へ行った。休みだった都築先生が連れていってくれたのだ。
いろいろ検査をさせてもらったお礼だと言う。
朝、病室に先生がいきなり現れたものだから、僕は慌てて準備して出かけることになった。
もう話すことには慣れたとはいえ、二人だけでどこかへ出かけるというのは、とてつもなく高いハードルだった。けれどせっかく申し出てくれたのを断るのも忍びなかった。それに断るような隙もなかった。
そして、これが意外なことにとても楽しかった。
都築先生は自分の見たいものを優先するなど勝手気ままに行動したので、最初は僕がそれに合わせることが多かった。でも後半は僕も自分の希望をどんどん先生にぶつけた。そんな僕のことを、先生は全然気にしていないようだった。そのため、変に気を使ったりしないですんだのだ。親子というよりは友達みたいに過ごせた。
最終的に先生と空港まで父さんと母さんを迎えにいった。
主治医が一緒であることに二人は驚いていた。
先生とはそこでわかれて、久しぶりに三人で夕ご飯を食べた。それから二人はホテルへ、僕は一人病院へと帰った。
病院に着いたのは消灯時間近くだったので、素早く身支度を整えてベッドに入る。
貰った詩集を読んだりしていると、トオルさんがいつものようにやってきた。そしてベッド脇の椅子に座って、本を読み始めた。
病院に戻っていた都築先生がこっそり病室に来て、三人で話したりもした。
そうして、そのうち僕は眠ってしまった。
穏やかな夜だった。
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