第61話 桔梗21

 それからそれぞれの名前を確認していく。


 真っ先に冴島さえじま理玖りくが名乗った。どうやら私のことを待っていたらしい。尋問を楽しみにしているのだと教えてくれた。九州で一方的に会っているのだが、初めましてのふりをした。


 高校生の名前は永廻ながさこ恭子きょうこ。珍しい苗字なので漢字を確認した。

 とても落ち着いた女の子だった。話し方からも聡明なことがわかる。

 疲れた様子だったが、丁寧な受け答えをしてくれた。


 あの謎の医師は都築つづきだと名乗った。部屋を出ていかないので、彼も一緒に話を聞くようだ。


 森咲もりさきトオルは公主のところで何度か顔を合わせているので無言だ。


 彼は警戒していることを隠しもしない顔で私を見ている。彼も公主の眷属なのだから、それは予想がついた。今回は永廻恭子がいるので、我々の介入もやむなしと考えているのだろう。追い出されなくて良かった。


 私が来たのは伊織くんから通報があったからだと話し、未成年者に対する吸血鬼化に違法性がないかの確認とかなんとか、そういった説明をして、ようやく冴島理玖、永廻恭子にこれまでの経緯を聞くことができた。


 私が来るまでに、お互い同じような話をしていたようで、二人の話はとてもわかりやすくまとめられていた。


 冴島理玖は時折森咲トオルのほうを見て確認しながら話してくれたのだが、その姿は親子か兄弟のようで微笑ましかった。


 それから、話は今後についてに移っていく。


 冴島理玖は今回のことで、森咲トオルに何かペナルティがあるのではないかと心配しているようだった。


 吸血鬼の世界で、幼い子供を吸血鬼にすることは、我々以上にタブー視されているようだ。

 公主のところは特にその傾向が強い。彼の場合は、自分の苦労を他人に経験させたくないという親心なのかもしれないが。


 そんな空気を感じ取って冴島理玖は不安になっているのだろう。命を助けてもらったのだと必死で主張する。


 今のところお咎めはないと言うと、ほっとした様子だった。


 永廻恭子に関しては、この病院が保護すると都築医師が申し出てくれた。


 迷子は、人間に近いとはいえ、吸血鬼のような行動をとってしまったり、瞬間的に人間離れしたチカラを使ったり、自分では身体の制御が効かなくなることがある。

 その対処のためだ。病院なら鎮静で眠らせることも可能なのだろう。


 冴島理玖が自分が血液に惹きつけられたときの話をしてくれた。そのときは都築医師が止めてくれたらしい。思ったよりも腕力がある。


 ただ永廻恭子は友人探しを続行したいようだった。保護されていては自由な行動は出来なくなる。


 警察としては、人探しは我々に任せなさいと言いたいところだ。

 友人、鏑木かぶらぎ涼子りょうこが廃校に関わっている可能性があるようなので、そちらの方面から探せば、案外すぐに見つかるかもしれない。


「もう一度、廃校に行ってみないとって話していたんです」

「自分を吸血鬼化させた人物を探すために?」

「はい。会えばわかると聞いたので。そこから涼子に繋がるかもしれないし」


 公主の拠点はすでに廃校ではないとはいえ、客観的には犯人は公主である可能性が一番高い。本物の吸血鬼の数が少ないためだ。主観としては公主は違うのではと思うけれども。


 ここで公主を除外できれば、犯人を見つけやすくなるだろう。


 公主にメッセージを送ると、廃校にいると返事がきた。今日は拠点ではないのか。


 永廻恭子を吸血鬼化させた人物の特定は早めにしておきたい。もし公主ではなかったとしたら、協定を結んでいない吸血鬼が活動していることになる。


 ひっそりと隠れているぶんには見逃すが、表に出てくるようなら何かしらの対処をしなければならない。


「これから廃校に行ってみますか?」


 そう提案してみた。


 私のその軽い思いつきで、みんなで廃校へと移動になった。もちろん都築医師は病院に残った。


 廃校の近くでタクシーを降りるとアザミさんから電話がかかってきた。

 三人に声をかけて少し離れてから電話に出る。


「お疲れ様です」

「七課の緊急招集が出た」


 アザミさんは囁くように言った。


「いつのまにそんな大ごとに?」


 そう言いつつ、エレベーター前で呼び止められたときを思い起こす。あのときには、もう大ごとになっていたのではないだろうか。


 七課には他の部署に所属しているメンバーがいる。

 吸血鬼など、人ではない者たちを制圧することが可能な能力を有しているらしい。あまり出番はないため、普段は違う部署にいるのだ。


 緊急招集とはそのメンバーが集まることを意味している。


 私は会ったことはないし、どんな能力で何人いるのかも、普段はどこに所属しているのかも知らない。

 余程のことがない限り集まらない面子だ。


「昨夜の廃校でのパーティーに来ていたのはおよそ五十名。そのうち半数以上が吸血鬼化している」


 永廻恭子以外にもいたのだ。


「いまのところ迷子だけだけれど、クロラに移行している可能性もある。なにぶん人数が多くて全員を一気に追尾できなかったからね」


 一つ深い呼吸をする。慌てないように。


 三人のほうを見る。

 大丈夫。こちらのことは気にしていない。むしろ廃校のほうが気になるようだ。


「昨夜、廃校で多数の武器も確認できた。警備部にも話がいったよ」

「武器って、え……?」

「その迷子たちがまた廃校に集まってきてる」


 アザミさんはそこでため息をついた。


「今夜、突入もあり得る」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る