第38話 理玖19

 廃校から戻ってからは、平和な一週間だった。


 これから大冒険が始まる予感がしていたので、僕は少しだけがっかりした。


 けれど宿題もほとんど終わったし、詩も覚えられた。病院内に小さな図書室があって、そこにいる職員さんとお喋りするのも楽しい。都築先生も一日に一回は僕の様子を見にきてくれる。


 結構充実していたと思う。


 それに一回、トオルさんがディズニーランドに連れて行ってくれた。

 これにはびっくりした。

 夕方からだったから、そんなに長い時間遊べたわけではなかったけれど、乗り物にも乗れたし、パレードも見られた。


 トオルさんも楽しんでいたと思う。

 僕に気を遣ってくれたのだと思って、申し訳ない気持ちが最初にあったのだけれど、それがわかって安心して僕も楽しめた。


 そこで父さんと母さんにお土産も買えた。

 東京でのことは、きっと二人には本当のことを話せないだろうと思っていたので、話せることができたのも嬉しかった。



 そして、恭子さんが僕たちのところにやってきた。


 都築先生には来客があることを知らされていたので談話室で待っていた。来るのは警察の人だと言われていたから、若く見えるけれど警察官なのだと勘違いしてしまった。


 恭子さんは高校生で、行方不明になった友達を探しているのだと話してくれた。

 僕と同じように吸血鬼になりかかっているらしい。


 恭子さんと一緒に来た男の人は、トオルさんが来るのを待って、急いで病院から出ていった。

 電話がかかってきていたので、緊急のようだった。

 トオルさんとは知り合いみたいだった。恭子さんのことを頼んでいた。


 顔は全然違うのに、どことなく雰囲気が似ていた。たぶん、あの男の人も吸血鬼なのだと思う。


 三人になったので僕の病室に移動した。そろそろ夕食の時間だったからだ。患者さんが少ないフロアとはいえ、この時間帯は少し騒がしくなるのだ。


 恭子さんは緊張していた。身体に力が入っているのが、僕にもわかった。それでも、トオルさんに対して、なぜか挑むような表情をしていた。


 僕の病室で、恭子さんはもう一度自分のことを話した。さっきよりも詳しかった。

 だから恭子さんの表情の理由がわかった。

 友達がいなくなったことに、トオルさんが関係しているのではいかと疑っているのだ。

 僕はすぐにそれは間違いだ思ったけれど、その証拠を僕はなにも持っていないから黙っていた。


 トオルさんは意外そうな顔をした。


 あの男の人は、トオルさんに恭子さんのことを助けてくれるよう頼んでいたのだから。


「あなたは、あのイベントのスタッフをされていましたよね? 涼子のことをなにかご存知じゃないんですか?」

「うん。そうだね、知っているか知らないかで言うなら知ってるよ。顔を合わせたことがあるから。でも今どこにいるのかは知らない」

「あなたが涼子の想い人ではないんですか?」

「違うよ」

「じゃあ、誰のことか心当たりあります?」

「いや。そういうのって、当人同士しか、知らないもんじゃない?」


 二人とも強い口調ではないけれど、喧嘩しているみたいに聞こえて僕は居心地が悪かった。


 トオルさんはそんな僕に気づいて、表情を和らげて僕に頷いた。恭子さんも僕を見て眉尻を下げると「ごめんね」と言った。


 雰囲気が少しだけ変わった。


「きみの目的は友達を見つけることだろう?」

「はい」

「それはある程度手伝える。この子を人間に戻すことが優先だから、危険なことは無理だけれど」

「はい、それはもちろん……あの、私を吸血鬼にしようとしたのは誰だと思いますか?」


 一緒にいた男の人から、自分はできないけれどトオルさんはできると聞いたらしい。あとトオルさんの方面か、とも。


「それができる吸血鬼は、僕の周囲には僕以外で一人。でもその人は違うと思う」

「私を吸血鬼にした人が涼子のことにも関わってるのでしょうか」

「それはわからない。ミステリィじゃないから、誰も知らないやつが犯人ってこともあり得るよ」

「そんな無闇矢鱈に他人を吸血鬼にしようとする吸血鬼がいるんですか?」

「それは、まあ、いないか。そんなのがいたらもう捕まってるよ」

「私、顔を覚えてないんです。だったら捕まらないんじゃ」

「いいや、わかるよ。自分の親みたいなものなんだから」


 それからトオルさんは僕を見た。

 わかるだろう? と僕に聞いているのだ。

 どうだろうか。


 確かに僕はトオルさんのことを家族のように思っているけれど、それは命を助けてもらったり、たくさん話したり、行動を共にしているからではないだろうか。


 そう素直に話してみた。

 トオルさんは頷いてくれた。

 恭子さんは困惑していた。


「こんなふうに、親しみを感じるんだ」

「会えばわかるってことですか?」

「そう」

「じゃあ、もう一度廃校に行かなきゃですね」


 そのとき病室がノックされて、返事を待たずにドアが開けられた。


「人が来るから談話室で待っててって言ったのになんで病室に戻ってるのさ。ちょっと探しちゃったよ。知らない子までいるし。しかも深刻そうじゃないか。入ったらまずかった?」


 都築先生だった。

 背後にはもう一人いる。

 スーツを着ていた。

 都築先生はその人を病室に入れる。


 その人は僕たち一人一人見たあとに「警視庁公安部の者です」と名乗った。

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