大文字伝子が行く3

クライングフリーマン

大文字伝子が行く3

『2008年7月、G県では、{ギターをやる奴はアホ}というプロフの書き込みがきっかけで、高校生が同級生に殺害された。高校生は、ほんの軽い悪口の積りだった。』

久保田刑事は、自分のポケットから出した紙片は、かつての新聞記事の一部をラミネートしたものだった。

「大文字さん。実は南原から相談を受けて時に、この事件を思い出しましてね。私が少年課にいた頃、起こったんです。寄ってたかって殺害したグループの一人が、かつて私が補導した不良でした。すっかり、更生した筈が、リーダー格に逆らえなかったらしい。

とにかく、あの時は大文字さんの慧眼に心服しました。今回、また南原から相談を受けましてね。」

ジャムとピーナッツバターをたっぷり塗ったトーストを齧りながら、ガウン姿を気にしつつ、久保田の話を聞いていた。「で、誰か死んだの?死にそうなの?久保田さん。」

「誘拐です。」「誘拐?」と高遠と伝子は声を揃えて言った。

「失礼します。」と、南原が入って来た。「南原。チャイム位鳴らせよ。」

「すいません。今、久保田先輩が言われたように、今回は誘拐絡み、いや、誘拐っぽい、って言うか。」

「誘拐じゃないのか?」「正確には、失踪かも知れない案件です。」と久保田が話を引き取った。

「ウチの隣のクラスの子なんですが。」「ちょと待て、南原。隣のクラスならお前の管轄じゃないだろ。」「担任は産休なんです。」と、南原が言った。

「それなら、副担任か代用教員だろう。」「副担任は私です。それに、該当の子の母親が小学校の先輩でして。」

「また先輩後輩か。で?誘拐かも知れないってことは、ある日突然蒸発した?あ、『蒸発』は死語か。要は行方不明。」「はい。書置きもありませんし、家出ではなさそうなんです。」

詳しい話を聞いていた伝子は高遠に命令した。「高遠。着替えの準備。パンティは勝負パンティだ。」「はい。」

驚く久保田と南原を尻目に、高遠は走って寝室へ。伝子は洗面所に行った。

数時間後。高遠と伝子は、南原、愛宕、久保田と共に、失踪した楠新一の家に揃っていた。母親の蘭子が出迎えた。「ごめんなさい、南原君。」「いえ、蘭子先輩の頼みなら断れません。それより、状況を詳しく教えて下さい。」

「あの子は几帳面な子でねえ。この部屋を見ても分かる通り。スマホもガラケーも通じないし。書置きもないし。家出か誘拐か判断出来ずに3日目になっちゃったんです。」

伝子は、ベッド脇にある整理ケースを見つけ、近寄った。「大文字さん、これを。」

久保田が白い手袋を伝子に渡し、伝子はすぐに嵌めた。高遠は用意がいいな、と感心した。すると、愛宕が高遠と南原に手袋を渡した。

「文房具にしちゃ、引き出しが多いな、と思ったら、薬棚ですか。」

「はい。あの子は糖尿病で、心筋梗塞も脳梗塞も経験があり、脊柱管狭窄症も持病に持っています。」「うん?」引き出しを開け閉めしていた伝子は、「合っていない。」と呟いた。

「どういう意味ですか?先輩。」と、高遠が尋ねると、「引き出しに貼ってある錠剤の名前と現物に印刷されている名前が合っていない。お母さん、お薬手帳は?」

母親の蘭子は、「私は預かっていないんです。自分で管理出来るから、と。」

「どこの薬局が処方箋薬局か分かりますか?あ、それより、主治医のいる医療機関はどこですか?」

「本庄病院です。」「すぐ、薬局を確認願います。よし、手分けしよう。南原はそのゲーステを調べて。愛宕、そのPCを調べろ。高遠はデスク周りだ。久保田さん、鑑識呼べますか?」「何とかやってみます。」と久保田はスマホを耳にあて、部屋を出た。

スマホで本庄病院に電話していた蘭子が伝子に「ファジー薬局だそうです。」「この家にファックスありますか?」「はい、台所に。」「じゃあ、薬局に『薬事情報』を送って貰って下さい。」

「先輩、これを。」愛宕がPCの画面を指した。「ケータイバックアップ?」「多分彼のガラケーのバックアップですね。」伝子が、薬ケースの横の充電ホルダーを指した。「1つ目はガラケー、2つ目はスマホ。3つ目はガラケー?」「機種変更する前のガラケーです。その目覚ましアラームで起きていました。ホルダーに刺したままでしか使えないそうです。」と蘭子が言った。

「南原。そのゲーステのメモリのタイムスタンプをメモしろ。「久保田さん、ケータイ会社にバックアップデータを復元させられますか?」

「そうですね。ショップに尋ねてみましょう。お母さん、いいですね?」と久保田は尋ねた。

「は、はい・・・。」蘭子はガラケーを購入したショップの電話番号を久保田に教えた。

「高遠。デスクに不審な点は?」「ありません。」「じゃ、その薬ケースの引き出しの薬の数を全部メモしろ。」「はい。」

「愛宕。ファックス届いているか、見てこい。今、ファックスの音がした。」

本庄病院に電話した時、すぐに手配してくれたのだろう。

愛宕が薬事情報を持って来た。「鑑識が今到着しました。」

鑑識がやって来た。久保田が挨拶した。「井関先輩、無理言ってすみません。」

「後輩の頼みは断れんだろう。どことどこだ、ピンポイントって。」

「ゲーステ周りとそこの薬が入っているケース、それと、そのPCです。」

「分かった・・・って、どちらさん?」「先輩、事件を手伝って貰っています、大文字伝子さんとご主人です。」「探偵?」「いえ、翻訳家と小説家です。」と高遠が答えた。

「久保田君は、顔が広いねー。」久保田は、構わず、「ケータイのバックアップデータって復元できますか?」と井関に尋ねた。「ショップに言って、同じ機種か近い機種のガラケーを持って来させる方が早いな。俺が連絡してやるよ。そうだな、2時間位くれよ。久保田、電話番号は?」「あ、これです。」と久保田は井関に電話番号を教えた。

「じゃあ、そこのファミレスで待機しています。」「ん。」

 高遠達は、後を鑑識に任せて、ファミレスで軽食をとりながら、作戦会議をした。

 「カメラを仕掛けてあります。蘭子が立っていた後ろの本棚にさりげなく。」「鑑識、見つけちゃいませんか?」と、高遠。「予め、井関先輩に話をと通してありますから。」

 「蘭子って・・・蘭子先輩が容疑者とでも?」と南原が気色ばんだ。

 「容疑者だよ、南原。まずは、ゲーステのメモリの直近日付は?」

 「8月13日です。」「愛宕、ケータイのバックアップの最新タイムスタンプは?」

 「8月13日です。」「つまり、3日前だ。高遠。薬事情報の処方箋発行日付は?」

 「8月13日です。」「つまり、3日前は本庄病院で受診している。」

 「はい。」「高遠。ケースの薬の数と処方された薬の数の差異は?」

 高遠は、薬事情報と自分のメモを比較して、数の違いがある薬の写真に丸をつけた。

 「2つずつ飲んだことが確認出来ますね。」と久保田刑事。

 「愛宕。蘭子さんは、新一君が『几帳面』だとイの一番に話したな。」「はい。」

 「新一君が、蘭子と一緒に病院を受診したのは、午前中だ。普通なら昼食後と夕食後で2回薬を飲んだはずだ。そして、翌朝失踪した。だが見てくれ。一回に2錠飲む薬は5錠足りない。服用のタイミングでおかしい薬もある。『朝食後のみ』の薬が3錠無くなっている。で、他の薬は3錠足りない。そもそも、新一君が失踪、いや、家出をしたのなら、丸ごと持って行く方が合理的じゃないか?」一同は唸った。

 「南原。お前が相談に来た時、『ゲーム依存症の息子がいなくなった』と言わなかったか?」「言いました。蘭子先輩がそう言ったので。」

 「几帳面なゲーム依存症。それだけで、違和感がある。それと、南原にゲーステを調べろと私が言った後、蘭子はゲーステを見ようとしなかった。蘭子が犯人だ。」と、伝子は決めつけた。

 翌日。鑑識の結果と伝子の推理で、警視庁の刑事が問い詰めたところ、蘭子は自白をした。

 事の発端は、新一の叔父だった。「そんなに薬が多いとどれが効いているか分からんぞ。藪医者じゃないのか?薬依存症じゃないのか?」と、たまに来ては新一をからかっていた。蘭子は同じ日に新一と受診していたのではなかった。夫、進次郎が中国に単身赴任して以来、帰れなくなっていた。会社が中国人に乗っ取られたという。本社の対応は冷たかった。蘭子はうつ病になった。自分のことで精一杯で、新一の薬、いや、病気に無関心になっていった。それで、叔父の言葉に感化され、不要な薬が投与されているのではないか?と疑い始めた。

 一方、新一がたまにやっていたゲームに影響され、夢中になった。ゲーム依存症は蘭子の方だった。夫のことでストレスが溜まり、うつ病になった。それで、蘭子はゲーム依存症になった。いつまでも蘭子がゲームを止めない時は、新一はリビングのソファで眠っていた。

 あの夜、もう少しでゲームクリアしそうなところで、新一が入って来て口論になった。

 本来、新一が勉強をする部屋であり、新一の寝室でもあった。新一がゲーム依存症をなじったのに対して、蘭子は薬依存症だと反撃した。蘭子は夢中でゲーステを新一に投げつけた。背を向けた新一の後頭部にゲーステは直撃した。新一は何とか自分の病気と処方されている薬を説明しようとしたのだった。

 息をしていないと判断した蘭子は、夢中で新一を車に乗せて、実家の隣の県境の山に新一をスマホやガラケー、お薬手帳と共に埋めた。そして、南原に相談したのである。

 ゲーステは1人が2回プレイしたか、2人のプレイヤーが1回ずつプレイしたかのどちらかである、と専門家が分析したのは、新一の死体が見つかった後のことである。

 勿論、鑑識によって、ゲーステに親子の指紋があったことは既に判明していた。

 葬儀は、叔父が執り行った。高遠と一緒に葬儀に出席した伝子が彼の頬を打ち、叱責した。

「無責任も甚だしい。糖尿病や他の病気で苦しんでいる甥の顔をまともに見たことがあるのか?病気を揶揄する人間は、健康に甘えている『弱虫』だ。新一君のように病気と正面から向かい合い、闘っている人間とはえらい違いだ。弱虫!!」

1週間後。高遠と伝子のマンションに一同は集まっていた。結果報告である。久保田刑事が口火を切った。「楠蘭子は息子殺しを全て自供したので、起訴されます。大文字さんは最初から、犯人と思われていたのですね?」

「私の見解をお話しましょう。そもそもが、南原が相談してきた時に、何故3日間も捜索願を出していないのか?普通の親は、突然いなくなったら、半狂乱でしょう。」

「そうですね、もし誘拐なら48時間過ぎたらまず生きていない。誘拐を否定する圧倒的な理由が無かった。家出なら、おっしゃる通り、何故逡巡するのか?」

「南原に相談したのも、背中を押して貰いたかったと言えば通る理屈の積りだったかも知れない。とにかく、あの部屋に入ったら違和感だらけだった。まずはPCだ。電源が入ったままだった。PCの電源が入ったままなのが、誘拐ならすんなり分かる。で、家出なら、不自然だ。高遠。新一君は几帳面な性格だと楠蘭子は言わなかったか?」

「言いました。」と高遠が応えた。「じゃあ、何故PCの電源を入れたままにしたんだ?それに、デスクトップの画面が不自然だ。愛宕。どんな画面だったか、皆に教えてやってくれ。」

愛宕が応えた。「ゴミ箱以外ないデスクトップでした。まるで、新品で、OS以外のソフトが入っていないみたいに。スタートメニューを見て、沢山ソフトが入っていることはすぐに分かりました。それで、ファイル管理ソフトを起動させて、タイムスタンプが新しいものを探しました。それで、最新のデータをクリックして、関連づけられているソフトを起動させました。それが、ケータイのバックアップソフトです。デスクトップにあったかも知れないショートカットは蘭子が消したのでしょう。几帳面な性格を印象付ける為に。それと、蘭子はログインのパスワードを知らなかった。起動したままにしておくしか無かった。」

高遠が口を挟んだ。「どうしてショートカットがあったと?」

「復元ソフトで見つけられるだろうが、その前に新一君の性格だ。几帳面なら、デスクトップにアイコンが多いのはおかしい、と思うかも知れないが、ショートカットが並んでいる方が寧ろ自然だ。ソフトもランチャーソフトを使う方が合理的だ。」と伝子は説明した。「そんなもんですかね。」と高遠が言った。

「久保田さんに無理をお願いしたのは、通信履歴をケータイ会社に見せて貰うには令状がいるからです。」と、伝子は向き直って、久保田に言った。「よくご存じですね。」と久保田が感心した。

「よく映画でやっているじゃないですか。尤も、以前愛宕から聞いていましたが。取り敢えず、手掛かりになるかも知れないデータを見つけたのは、愛宕の手柄です。褒めてやってください。」

「よくやったな、愛宕。」「いやあ。」と愛宕が照れた。

「二番目に違和感を持ったのが、あの薬ケース。高遠。新一君の性格は?」「几帳面な性格です。」「一緒に確認したように、『1錠ずつ足りない』が、何故そうなったか?蘭子が私たちの来訪を知って、慌てて準備していた時、うっかりひっくり返してしまったんだよ。1種類だけ1錠足りない、と後で分かるかも知れないと思った蘭子は『全ての錠剤』から1錠ずつ抜き取ったんだよ。久保田さん。紛失した錠剤はベッドの下か脇にあります。後で抜いた錠剤は、多分蘭子のうつ病の薬に交じっていると思います。」

「分かりました。連絡して調べさせます。」

「三番目に違和感を持ったのが、ゲーステだ。南原に調べさせたのは、『ゲーム依存症』が蘭子自身だと思ったから。そして、ゲーステの位置だ。高遠。新一君は・・・。」

皆まで伝子に言わせず高遠は応えた。「几帳面な性格です。」

「わずかな埃の後で、置いた場所が途中で変わったと思った。高遠。あのゲーム機はなあ、縦型にも横型にも置けるように設計されているんだ。恐らくは、新一君は縦型だな。

それだから、凶器で使用した後も簡単には壊れなかった。」

「なるほど。初めから凶器は我々の目の前にあった。」と、高遠が言った。

「南原がメモリを確認している時、ずっと目をそらさず見ていたよ。で、南原は?」

「休暇をとって、帰郷したらしいですね。」と、愛宕が応えた。「そうか。恩師には私から連絡しよう。南原の力になってやって欲しい、とな。」

「久保田さん、死因は?」「脳挫傷。打撃された時に詰まって即死に近かったのでは?と井関先輩に言われました。ガラケー、スマホ、血の付いたお薬手帳も財布もありました。遺棄した場所は山中の洞穴、昔の防空壕でした。」

「それで、ガラケーのメールは?」「保存用のメールに沢山データがありました。日誌の代わりに使い、悩みが綴られていました。」

「所持金のことも何も言わなかった。実の親なのに。家出したとしても、お金やカードのことは頭をよぎるものだ。」「確かに、カードを使えば、消息の手掛かりになる。」と愛宕が言った。

「南原さん、辛いだろうな。信頼関係を簡単に壊されて。」と、同乗した高遠が言った。

「ま、私たちは彼を信じてやろう。さ、お開きだ。高遠、寿司の出前を取れ。今日は私の奢りだ。」

―完―






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