第20話 白雪姫の夢を見る
森の夢を見た。
草原に僕は立っていた。僕の前には硝子の棺があった。桜刃組の組長に似たあの女の屍が花々と共に納められていた。
周囲を見渡すも周りは欅しか無い。七人の小人も隣国の王子様も彼の従者も継母の魔女も実父の王様も優しい狩人も誰一人として気配は無かった。それどころか、鳥や獣の気配も無かった。
吹き荒ぶ風が欅の葉や枝を揺らして擦り合わせてザアザアと鳴っていた。
夢の中であるというのに、先程の現実と同じく僕は疲れ切っていた。
立っているのも辛く、棺の前に腰を下ろした。それから凭れ掛かって、蓋に腕を投げ出した。棺の中身を観察したが、面白い筈もなくすぐに飽きてしまった。
彼女を見つめたまま、左耳を下にして棺に頭を置いた。夢の中ではあるが、睡魔が襲ってきて瞼を下ろした。
すると、棺から音が聞こえた。その音は微かで、くぐもっていた。同じ短い音が繰り返された。集中して聞くと人の声だと分かった。
――おあいお。
どうやらそんな言葉のようなものを繰り返しているらしいと分かると同時に、その声は晴海のものだと気付いた。しかし、夢特有のきつい直感が声の主は棺の中の女だと告げていた。
言葉かもしれないと認識してしまえば、意味を取ろうと必死になって耳を澄ませた。
――おあいの。
最後の「の」は強調の語尾だろう。残り三文字を聞かせてくれと棺を撫でるともう少しはっきり聞こえた。
――こあいの。
僕は反射的に棺から身を離した。そのまま、草原に倒れ込んだ。草の青い匂いが鼻腔に入り込んだ。草が全身を撫でる。まるで、飛び出さんばかりに激しく跳ねる心臓を落ち着かせようとするように。
彼女の言葉は分かったが、分からなかった。分かったということは理解できるが、肝心の意味が分からない。
考えようとすると、欅のザアザアという音が邪魔をした。意地になって集中しようとする程にザアザアザアザアと音は大きくなっていた。
やがてその音はザアザアザアザアザアザアと柊の擦れる音に変わっていた。
シームレスにその音はザアザアザアザアザアザアザアザアザアと村民の蔭口となっていった。
具体的な言葉が聞こえそうな予兆を感じ、僕はその場から去ろうとした。しかし、草が僕の四肢に絡んで身動き一つとれなかった。
逃げたいという欲求の強まりと共に草は急速に成長して僕の体を包んでいった。右目も覆われて闇が訪れた。続けて、鼻も口もぴったりと覆われた。
息をしようと意識的に呼吸をすれば、鼻腔に満たされたのは草の匂いでは無かった。
針依の体臭だった。
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