第18話 裏鍛家の風呂
居間を出ると男共は僕を囲み、脱衣所へと雪崩れ込んだ。
男共は一斉に僕の服を千切るような勢いで剥ぎ取り、自分達の服も撒き散らした。勢いに酔ってきた僕を風呂場に蹴り入れた。
腹で濡れた石の床を舐めて痛さに呻いた。立ち上がろうとすると、熱い湯をかけられた。溺死さそうとしているかのようにとめどなく、仕方なく止むまで伏せることになった。
「立て」と槌男の声が反響した。
湯責めが止んだので、立ち上がるとビリーが椅子を僕の後ろに持ってきた。自分で座ろうとしたら、男共に肩を押された。尻が椅子に着いた途端、湯を打ち付けられた。先程とは違い、桶を持った男共の顔が見えた。皆一様に楽し気に笑っていた。狂った男しかいないのだろうか。
ビリーの両手が頭に包み込んだ。そして、がしがしと頭皮を荒く揉みだした。泡の感触が段々としてきた。ということは最初にシャンプーを泡立ていないのだ。迷惑極まりない。
「自分で出来ますので!」
声を張り上げてビリーの腕を掴むと、いとも容易く振りほどかれた。
「アカーンッ! 大事なァ、大切なァア、お嬢様の為にィイイッ、綺麗にせんトナッ!」
ビリーがやるより僕がやる方がマシに決まっている。ビリーのやり方では頭皮が傷付き兼ねない。ヘアケアは村の男の中では一番気を遣っていると自負しているから、僕の努力を無駄にしないで貰いたい。
もう一度抵抗を試みようと腕を上げるのと同時に、鎌三郎が僕の股間に泡立てたタオルを突っ込んできた。タオル越しに男根をしっかりと掴まれ、恐怖のあまり自分でも情けなくなるような弱々しい悲鳴が漏れた。それに鎌三郎をはじめとした皆が噴き出した。
「巨根なんやからもっと誇れよ」
鎌三郎がにたにたしながら手を動かす。止めてくれと叫びながら腕を掴んだり、足を閉じたり上げたりしたものの鎌三郎は離さなかった。
「わざわざ遠い京都から帰って来てくれたんや。しっかり応えて安心させなあかんでえ」
鎌三郎が厭らしい笑い声をあげ、風呂場中に反響させた。
槌男がタオルで僕の右腕を叩きつけ、皮が剥けそうな勢いで擦り始めた。
「それぐらいはちゃんとせえや。ガキの癖に経験だけやたらとあんねんから、できるやろ」
槌男は鼻先が若干触れる距離まで顔を近づけた。熱く酒臭く気色悪い息が僕の鼻腔を侵していく。
「今度は気絶するなや」
槌男の言葉に鎌三郎が下品な歓声をあげた。
「針依ちゃん、それ程までに床上手なんか!」
怒気を含んだ咳払いが聞こえた。僕を虐めている三人の手の動きもぴたりと止まった。咳払いが聞こえた方を見れば、いつの間にやら針夫と窯次郎が檜風呂の中で悠々と寛いでいた。
鎌三郎がひえとふざけきった悲鳴を上げ、手の動きを再開する。他二人もそれに倣った。
「まっ、男として、年上として大和君がリードしたらなな」と倫理観が死んでいる鎌三郎。
「ケレドモ、欲望はぶつけてはならンゾッ。男は女の前では紳士的でなくてはナッ」と頭が凝り固まったビリー。
「マグロだったら右目も繰り抜いたるからな。ちゃんと裏鍛家の一人娘をもてなせよ」と理性が壊れている槌男。
僕はもう疲れ切ってしまい、何も言わずに三人に弄ばれ続けた。
もっと筋肉をつけろと罵られながら全身を洗われた後、何度も何度も桶で湯をぶつけられた。それが止んだので出て行こうとすると、槌男に湯船に蹴り入れられた。
咽ながら顔を上げると、針夫と目が合った。
針夫は気まずそうに自分の頬を掻くと、僕に歪な微笑を向けた。
「大和君、あがろか」
渡りに船とはこのことだ。男共のブーイングが出る前に大きく肯定の意を示した。
針夫と一緒にあがると、いつの間にやら、裏鍛家の女が脱衣所を清掃していた。棚の上に洗濯乾燥された僕の下着がバスローブの上に置かれていた。
針夫は棚からバスタオルを二枚とって、一枚を僕に渡した。
針夫は坊主頭を粗雑に拭くと、体も同じようにさっさと拭ってしまった。そして、未だ頭を拭いていた僕に対してしおしおと股間にタオルを当てながら話しかけた。
「大和君、ちょっと待っててな。渡したいものがあんねん」
受け取りたくなかったが、頷いた。針夫は股間にタオルを当てたまま走り去った。
残された僕は体を拭き、乾燥機の温もりをまだ残すパンツを履いて、バスローブを羽織った。洗面台で義眼を一度取り外して、素早く顔とそれを洗った。顔を拭ったらすぐに義眼をはめ込んだ。幸いなことに誰も脱衣所には入って来なかった。
少しだけ落ち着いて、ドライヤーで髪を乾かした。有名なメーカーの評判のいい商品で、家のものより早く乾いた。終わった時に、着古した水色のパジャマを来た針夫がちょうど戻って来た。
ドライヤーを片付け、落ちた髪を拾って屑入れに入れた。針夫が両手でそれぞれ掴んだものを受け取りたくはなかったが故の時間稼ぎだった。
やることが無くなって仕方なしに針夫に向き合う。彼は嫌味も分からないのか、困ったような穏やかな笑みを浮かべていた。
「大和君、頼むわな」
ずいと両手が突き出された。観念してそれらを受け取る。コンドームと精力ドリンクだった。
この後のタスクを強調されて不快になるが、慣れたことなので顔には出さない。しかし、感謝を述べてやる気は起こらず、曖昧に頷いた。
針夫は何を思ったのか頬を紅潮させて俯いて、上目遣いで円らな瞳を僕に向けた。
「針依の相手が大和君で良かったわ」
それは針依が僕の左目を奪ったことを言っているのか。――そんな言葉が喉までせりあがったが、咳払いで押し込んだ。
針夫も彼は彼で気まずいのか、僕が明確な返事をする前に「頼むわな」と繰り返し念押しして脱衣所を出て行った。
精力ドリンクを照明に翳して眺める。茶色い瓶には真っ赤なラベルが貼ってあり、金色で禍々しく商品名が踊っていた。呪物のような様相にうんざりして、なんとなしに裏の成分表を見た。朝鮮人参だの蝮だの馬の心臓だのオットセイの髭だの、仰々しい名前が並んでいた。平時では口に入れたくもない代物だ。
神経がしゅわしゅわと唸りを上げていくのを感じた。食後に飲まねばならない筈の抗うつ剤をまだ飲んでない影響だ。いっそそれを言い訳にこの家を後にしたかったが、僕にはその権利が無い。
諦めて針夫が残した呪いを飲み干した。効果は特に感じられなかったが、まあ飲んだという事実が大切なのだ。昂っているという虚勢を張る為の言い訳が必要なのだ。
さも待ちきれませんよと言わんばかりの早足でこの巨大な平屋の最奥にある針依の部屋を目指した。
年数の経った重たげな木の扉をノックする。貝を叩きつけるラッコをイメージした。あの獣の持つ貝のようにこの中にいるのが御馳走であると僕が思っている、と音が聞こえる者達に思わせたい。
いや、実際は御馳走なのは僕で相手こそが獣だ。すぐに扉が僅かに開かれ、骨ばった手が伸び出て僕の腕を掴んだ。扉の角に身を抉られながら部屋に引きずり込まれた。
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