赤い蛇
たかはし
赤い蛇
小さな赤い蛇が水面を泳いでいたよ。村に帰って母親に話した少女は、そのまま庄屋の家に連れて行かれ、次々と集まってくる各村落の総代たちに囲まれた。
「それはまことなのか」
夕刻過ぎ、全員がそろったのを確認してから、庄屋は娘の顔を覗き込んで尋ねた。
少女がちょっと困った顔をしながら頷くを確認すると、庄屋は押し黙り、母親は畳に泣き伏した。総代たちも不憫そうに娘を見ながらも、暗い顔でお互いに視線を交わしている。
庄屋様、赤い蛇を見たことがいけないのですか?不穏な空気に耐えかねた娘が自ら口を開き、突っ伏したままの母親に袖を引いてたしなめられた。
「赤い蛇は不吉なのじゃ」総代の一人が口を開いた。
「見れば必ず池の堰が切れ、村は飢えと渇きに襲われる」
「昔、赤い着物の娘を人柱として堰に埋めたのだが、そやつが十数年ごとに結界を破って蛇の姿で現れ、水害を引き起こすのだ」
「こうなった以上は、責任を取ってもらわねばなるまい」
薄暗い座敷の真ん中で、大人たちに囲まれた母子の前に、子供用の装束が運ばれてきた。行燈の光に照らされたそれは、元の色以上に血のように赤黒く見えた。
なかなか受け取ろうとせず、泣き崩れる母親に、無理やり装束が手渡され、「猶予がない。半刻の間に着替えて堰に来られよ」と言い残し、男たちは散会した。
「心配はいりませぬ。娘様は今、お宅様でご無事におられます」
娘が突っ伏したままの母親の肩に手をかけ、そう語りかけた。
母親が顔を上げ、娘を見ると、その顔は見慣れた我が子ではなく、赤く光る皮膚に大きな瞳が光っていた。
「わたくしは、この界隈の者たちの性根が変わったか、見に来ただけでございます。ご心配なく、そなたの家は過ぎこされます」
娘はそう言って、大きな光彩の中で縦長に黒く割れた瞳孔をさらに細めながらクスクス笑い、次の瞬間には影となって消えていた。
その夜、谷の最上流にある溜池の堰が切れ、十余の村が泥流に沈んだ。
母娘の家田畑だけが無事であった。
むかしむかし、あるところにて。
赤い蛇 たかはし @eagleduck
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