第6話 決着

「あんたから先に死ねばいいわ! ダボル!」


 無謀にも立ち向かおうとする意志を見せたそれが目障りに思ったのか、デギナは標的をまずはサル単体に変更。

 生成したダボルを投げつけようとした。


 しかし、それを警戒したサルが驚異的な跳躍力でジャンプした。

 地面に空いた穴の真上まで飛び、そこに吊るしてあったシャンデリアにしがみついた。


「ウキっ!」


 眩しく、さらに電気の熱で暑いのか、短い悲鳴のような声をあげる。が、器用に長い手足を使って、揺れ動くシャンデリアに乗っかっていた。


「目障りよ!」


 自分の行動に対応する動きを見せるサルに対して、ふつふつと怒りがわいてくる。魔人である彼女は、チンパンジーという種族を完全に下に見ている。


 この世界も弱肉強食、食物連鎖が基本だ。


 チンパンジーと魔人、どちらが捕食対象か。

 普通に考えれば一目瞭然だ。


 しかし、別の世界からきたサルと魔人が実際に戦ったことなど、この瞬間まで起きたことがなかったことだ。

 つまり、やってみなければ分からないのだ。


 デギナは高速でダボルをサルに向かって投げつける。


「ウキッ!」


 ダボルは見切るのが難しいほどの超高速で動いている。エレガンレベルでなければ、反応することは難しいだろう。


 エレガンが訓練と実践で得た知識と騎士としての腕でダボルを防いでみせたことにたいして、サルは動物的本能でそれに対応する。


 サルは自分が乗ったことによってさらに揺れていたシャンデリアの勢いを利用して、ダボルが当たりそうになるタイミングに合わせて、さらにジャンプして見せた。


 そして、サルの先には別のシャンデリアが待っており、綺麗に掴んで登ってみせる。


 放たれたダボルはシャンデリアにヒットするも、サルには簡単に避けられてしまった。

 ヒット時の爆発でシャンデリアは天井から外れ、下へと落ちて行く。

 しかし、地面には穴が開いているので、そのまま厨房へと落ちて行き「ガシャン!」という巨大な衝撃音をたてた。


「すばしっこい奴だ! 大人しく喰らえぇ!」


 次々とダボルを作り出していくデギナ。

 そして、自らシャンデリアを揺らしては楽しんでいるかのような表情をしているサルに向かって襲撃する。


「ウキ、ウキ、ウキーー」


 終始、そいつは上機嫌だった。

 まるで、魔法の球を避けるゲームをしているかのように、軽やかにシャンデリアへと飛び移って回避していく。

 まるで、ジャングルを縦横無尽に動き回る野生児のような豪快さと器用さである。


 高級で格式のあるシャンデリアたちが、魔人によって破壊されては落下していく。

 徐々に室内は暗くなるものの、昼間ということもあって真っ暗になることはなかった。


「なら、これでどうだ!」


 デギナもただ、撃ち続けていたわけではない。

 この部屋のシャンデリアの数は限られている。

 そして、サルが飛び移れる距離にあるシャンデリアはさらに限られてくる。


 なので、デギナはサルを誘い込むように、あえて破壊し続けた。


 そして、サルが飛び移ろとするタイミングを見計らい、次に移動するであろうシャンデリアへと、先読みでダボルを投げつける。


 その読みはあっており、サルはシャンデリアの揺れを利用して、まさしくデギナが予想した場所へと向かおうとしていた。


「ウキぃ!」


 しかし、咄嗟にそれに気がついたサル。

 手を離さそうとした瞬間、シャンデリアをギュッと強く握りしめた。

 そして、そのまま離れることなく、そこに留まり続けた。

 すでに片手を放していたが、もう1つの腕の力だけでぶら下り続けたのだ。


 そのため、またダボルはサルに当たることはなかった。


 今回も同じように破壊されたシャンデリアが床に向かって落下していく。

 だが、今までと違うのは、それがデギナのほぼ真上だということだ。


「っち、小細工を」


 サルがそれを狙っていたのかは分からないが、結果的にサルが行った初めての攻撃となった。


 落下してくる巨大な物体に、デギナは全く怯えていなかった。

 普通の人間ならばひとたまりもないが、筋力にも優れている魔人にはどうということはなかった。


 鍛え抜かれた筋肉質な腕で軽く人払いすると、シャンデリアは吹っ飛んでいった。


 魔力、筋力共に優秀。

 それが魔人だ。


「だが、もう逃げる場所は……」


 すぐさまサルを捕えようと、先ほどまで乗っていたシャンデリアに視線を移す。

 しかし、そこにサルの姿はなかった。


「ど、どこへ消えた!?」


 慌てて天井をくまなく見渡すが、どこにもサルの姿はない。

 部屋は広いと言っても、戦闘をするには狭すぎる。だから、逃げる場所は限られている。


「ま、まさか!?」


 デギナの背中に悪寒が走った。

 今まで味わったことがないような威圧感。

 他者を蹂躙してきた彼女が感じたことのない、生物としての危機感。


 デギナはすぐに降り返ろうとした。


 しかし、すでに遅かった。


 もう彼女は、猛獣の間合いに入ってしまっているのだから。


「な、ぐっ……」


 彼女の後ろから毛むくじゃらの腕が伸びてくる。そしてその両腕は、デギナの脇の下を通って、彼女の顔までやってくる。


 そして、声を発しようとする彼女の口を大きな手のひらで押さえつける。

 しっかりと、上唇と下唇を巻き込んで、鋭い牙で噛み千切れないようにしていた。

 さらに、鼻までギュッと握りしめている。


 デギナは動こうとした。


 が、腕の長いサルに羽交い絞めにされている状態であり、腕を動かそうとしても全く動くことができない。


「んんんん、んんん!」


 首を回しながら必死で振り解こうとする。

 息をしようと思っても、口と鼻をがっしりと掴まれてしまっている。

 逆に息をしようとするほど、パニックになっていった。


 チンパンジーの驚異的な握力で、完全に空気の入り口をホールドされてしまっている。

 一説によれば、その握力は300kgを超えると言われている。

 いくら魔人と言えど、それを首の動きだけで振りほどくのは困難だ。


「……んんん、んん……」


 やがて彼女の意識が遠のいていく。


 魔人は肺活量も高いはずだ。

 しかしそれは、大きく息を吸って吐ける場合だ。


 今回は後ろからの不意打ちにあい、十分に空気を吸い込んでいなかった。

 それに加えて、サルに羽交い絞めにされるという異常な状況によるパニック状態のデギナ。

 彼女の限界が近づくのに、そう時間はかからなかった。


 魔法がなくても、魔人は生きていけるだろう。

 筋肉が衰えても、すぐに死ぬことはない。


 だが、酸素は必要不可欠だ。


 冷静にものを考えるにも、体を動かすにも、酸素がなければいけない。


 それを、異界からのチンパンジーの手によって、絶たれてしまったのだ。


「……」


「ウキ!」


 彼女の意識がなくなったことを確認すると、すぐにデギナにしがみつくのをやめて降りていく。


 チンパンジーの体は小柄でも、腕は長い。そのリーチを生かした戦法をとったのだ。


 サルは早々に、魔人に戦闘では勝つのは難しいと感じたのかもしれない。だからこそ、本能的に「酸素を奪う」という、純粋な力勝負ではないところに、勝ち筋をしぼったのかもしれない。


 チンパンジーは知能が高い。

 冷静にこんなことを思考としていたとは考えづらいが、1つ言えることは、相手の弱点を理解し、それを実行できる脳と体を持っているところだ。

 おそらく、動物的勘も影響している事だろう。


 チンパンジーと魔人の戦いは、魔人の酸欠によって幕が下ろされた。

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