第5話 騎士として
「……撤回するわ。あなた、人間のくせに卓越してるじゃない。実力は私と同じ、いやそれ以上かしら。
あなたの言う通り、数で挑むのは愚策だった。
そう、この状況で私がとるべきことは、もっと簡単なことだった」
デギナは気がついていた。エレガンの弱点を。
彼女の魔法も剣技も素晴らしいものだ。
剣士でありながら、遠距離と多数の攻撃にも対応することのできる優秀な戦闘能力を持っている。
そんな彼女の弱点は、守るべきものがある、ということだった。
「この魔法はほとんど使わないのよねぇ。だって、避ければいいだけだもの。けど、あなたはこれを回避できるかしら?」
デギナは先ほどよりも高く腕を振り上げる。手のひらを限界まで開く。魔法を使用するのに、身体的動作は必要がないが(運動能力を再現する武器造成などは除く)、予備動作を決めておくとスムーズに発現させることができる。魔法使いならばこれが基本であり、ルーティーンのようなものだ。
「……」
エレガンは答えることはなかった。
彼女もまた、やるべきことは決まっているからだ。
「え、エレガン。もしかして私たちがいるから、思うように動けないの?」
後ろにいるティアラが投げかける。自分が足手まといになっている。そう感じてしまっているようだ。
「いえ、私の望みはあなた様です。だから、これが私の最善なのです」
そう言ってエレガンは、少しだけ後ろに顔を傾けて、微笑みを彼女に見せた。
エレガンは武器造成で再度、合体した姿のサファイズを1つ作り出した。
そのまま、2つのサファイズを正面でクロスさせて、防御の姿勢に入った。
「おりこうさんね、悲しき騎士さん」
魔人の手のひらには、大量の魔力が集合体となっていた。闇属性の魔力が球体の中で渦巻いており、明らかにエレガンの体よりも巨大なダークボールが生まれていた。
「とくと味わいなさい。ダダボル!」
暗黒の紫弾が、剣を構えたエレガンに襲い掛かる。
「武器造成 サファイズ・ガーディアンズ」
柄と柄が重なりクロスした形になっているいくつものサファイズの造成品が、彼女とダダボルの間に発生した。
彼女の魔法は造成した武器を操ることはできないので、宙に現れたそれはすぐに地面に落ちて行く。しかし、その前にダダボルにヒットして次々と消滅していく。
ガーディアンズという魔法は、1つ1つの耐久力を通常よりも引き上げている。その分、魔力の消費量が桁違いだ。
しかしそれでも、魔人の魔力が濃密に込められたそれには適わなかった。
防波堤として生み出したが、ダダボルの勢いが止まることはなかった。
「はぁぁぁぁぁあああ!」
ダダボルはついにエレガンの元へと到達し、サファイズとぶつかり合う。
本体であるサファイズの耐久力は高い。盾ではなく剣でここまで硬いのはそうないだろう。
エレガンは、左手に持つ用の造成したサファイズは、出来るだけ本物に近い耐久性能で再現した。
しかし、それでも、今まで使った魔力消費もあるので、完全に同じものは作れなかった。
徐々に左側の刀身にひびが入りだしていた。
剣だけはなく、エレガンにもその衝撃は伝わっている。
まるで岩のような重さのダダボルを抑えこむのは、容易ではなかった。
両足を限界まで踏ん張り、後ろまで行かせまいと耐えていた。
「これに対抗するなんて、あなたこそ排除しなければいけない存在ね。でも、これで終わりよ」
自分の作りだした巨大なダークボールと渡り合おうとする人間を見て、驚きと同時に敬意まで感じだしていた。
しかし、デギナはこの戦いを長引かせるつもりはなかった。
爪の尖った手を上に向けると、すぐさま下げた。
すると、それに合わせて空中にあったダダボルがいきなり推進方向を変更した。
そう、地面に向かっていったのだ。
衣装室の床へとぶつかったダダボルは巨大な衝撃波と共に消え去った。
「っぐ!」
足元からの衝撃に耐えることができず、エレガンの体は面白いように空中へと放り出された。
ティアラとブブの上まで飛んでいくと、壁に打ち付けられて落下した。
額から血を流し、息はある物のすぐには立ち上がれる状態ではなかった。
彼女が受けた衝撃波は尋常なものではなかった。
ダダボルは地面にぽっかりと大きな穴を開けた。
下は給仕室のようで、シェフたちが悲鳴を挙げていた。
さらに、天井のシャンデリアは振り子のように揺れ動き、衣装棚は地震があったかのように振動して倒れた物もあった。
「穴が開いちゃったっわね。援軍が来る前に、止めを刺さなきゃね」
倒れるエレガンと、その傍にいる姫とサルの息の根を止めようとしていた。
デギナは勝利を確信してダボルを作り始める。
「エレガン! エレガン、起きて!」
「……っく、に、逃げてください」
エレガンへと近づき声をかけるが、まだ立ちあがることは困難なようだ。
それほど、闇の上級魔法 ダダボルの威力は高かったのだ。
絶体絶命。
しかし、1人だけまだ諦めていない者がいた。
「ウキ」
守られていたはずのサルが、自らデギナの前に立ったのだ。
大きな穴を挟んで、2人は対面となっている。
「なに、まさかあなたがやる気? ただのサルのくせに威勢だけはいいようね」
サルは眉間にしわを寄せており、やる気十分といったところだった。
だが、彼は文字通り丸腰だ。
結局、エレガンが選んだ服もまだ着れていなかった。
サルと魔人、人間とは似て非なる種族同士の戦いが始まろうとしていた。
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