第2話 トイレ休憩

 勇者?と思わしきサルが召喚されてから数分後。

 城のお手洗いの前に2人の兵士が立っていた。


「あれ、ちゃんと出来てるのかな」


「さぁ? まぁ、1人で入っていったし大丈夫じゃないか?」


 2人は儀式の間からサルを運んで来た兵士だった。

 トイレには猿自ら入っていったので、ことが終わるのを待っていた。


「それにしても、本当に勇者だと思うか? 喋ることすらできないんだぜ?」


「どうなんだろうなぁ。けど、召喚されたのは事実なんだろ?」


 2人は、召喚されたのが誠の勇者なのか測りかねていた。

 サルなことなのに間違いはない、ということは今までの行動を見て確信している。

 しかし、儀式が失敗したとは思いたくないのか、まだ可能性を捨てきれていない、といったところだろうか。


 兵士たちが愚痴半ばに推察していると、手洗いの奥からそのサルが現れてきた。

 どこか、スッキリとした表情をしていた。


「お、おわり、ましたか?」


 兵士の1人が訪ねる。敬語にするべきか途中まで悩んでいた。


「ウキ? ウキウキ」


 言葉が通じたのか、兵士の表情を読み立ったのか分からないが、猿は何度か小刻みに頷く。

 歯を見せており、笑っているようにも見える。


「そ、それは良かったです。……おい、このあとどうすんだよ」


「このあとって?」


「急にここに連れてきたけどさ、またあそこに連れて行けばいいのか?」


「王の所に連れて行った方がいいの、か? 会話ができるとは思えないけど」


 慌ててここに連れてきたものだから、次の指示を聞くのを忘れていたのだった。

 兵士は王の指示待ち人間だ。

 勝手に行動をしていいものか悩んでいた。


 するとそこに、助け船がやってくる。


「それは、こちらで預かろう」


 城の長い廊下を歩いてきたのは、2人の兵士たちよりも立派な鎧を着た女性騎士だった。

 金色の長髪を靡かせながら、凛とした表情で近づいてきた。

 隣には、儀式の間にもいたティアラをつけた王女と侍女も同行している。


「ら、ライトアーム様! かしこまりました。用は済んでおります」


「ごくろう」


 兵士たちはトイレが終わっていることを伝えると、すぐさま退散した。

 サルのお世話係にならなかったことにほっとしたのか、喜んで去っていった。


「召喚早々、騒がしい奴だ。貴様は一時的に私が監視する。お前の処分は後に下されるであろう」


 彼女の身長は170を超えている。チンパンジーは猫背なのとそこまで身長が高くないので、かなり見下ろされている、というよりは見下されていた。

 そんな冷ややかな態度も意に返さず、サルは不思議そうに見上げている。


「エレガン、そんな言い方はないでしょ。一応、お客様って扱いなんだから」


「失礼しました。しかし、私にはどうしても敬意を払う気が湧かないのです」


 彼女、エレガン・ライトアームズは王国の騎士だ。

 王や王女を常に敬っている。

 おそらく、召喚された勇者にも同じように接するつもりだったはずだ。

 しかし、見た目がこれでは疑いたくなるのは当然である。


「まだ、勇者の可能性はあるんだから、もっと笑って対応しなさい」


 王女は、王と一緒にいた時とは少し様子が違く、リラックスしているようだ。

 だから口調も砕けていて柔らかかった

 エレガンとは付き合いが長いのか、距離が近いように見受けられる。


「はい、ティアラ姫」


 彼女に言われた通り、頑張って頬を上げるも逆にサルを威嚇しているように見えた。

 その証拠に、サルは眉をしかめていた。


「不器用なんだから、あなたは」


 ティアラ姫はまだ、16歳だ。顔はまだあどけない。しかし、一国の王女として育てられていることもあり、年上相手にも物おじすることはない。


「姫、まずはこの方に服を着させるのはいかがでしょうか? 衣装室になら、客人用や予備の子供服があると思います」


 チンパンジーは召喚されたときの恰好のままなので、もちろん毛むくじゃらの裸姿だ。


「そうね。まずは着替えさせて、そのあとに今後のことを考えましょ」


 侍女キリの言う通り、彼女たちはサルを連れて衣装室へと移動する。

 サルは抵抗することなく、彼女たちについていった。


        ◇◇◇


 城の衣装室は天井が高く、豪華なシャンデリアで照らされていた。

 大きすぎるほどの鏡や、大量の洋服棚が設置されている。

 王族たちのパーティー用のドレスや、兵士たちの予備装備。そして、侍女キリが言っていた客人用の服や、王家の子供が生まれた時用の服が常備されている。

 他にも余分な服がそろえられているようだ。


「これなんかどうかしら?」


 楽しそうにしながら王女ティアラが選んできたのは、フリルのついた男性用の服だった。いかにも王族や貴族が着そうな、大げさに装飾がされているものだった。


「似合いますかね?」


 侍女のキリは、ティアラが選んだ服をサルの体に当てて、似合うかどうかを確認する。


「うーん、もっとゆったりとした服の方がいいかもしれませんね」


 ガタイが良いわけでも太っているわけでもないが、全身の毛量がそれなりにあるので、窮屈な服だと最悪、着れない可能性がある。


「では、これならばどうだ」


 仕方なく付き合っていたエレガンも一応はサルの衣装決めに参加していた。

(私がサルの着替えを手伝うことになるとは)と心の中では思っている事だろう。


「それは良さそうですね」


 エレガンが持ってきたのは、麻布で作られたなんの変哲もない青色の服と、ブラウンの長ズボンだった。伸縮性は良さそうだが、サイズ自体はかなり小さい。

 これは、例えば幼き王子がいたとして、その子が剣技などを学ぶ際に着るいわば練習着だ。

 ボロボロになる前提の服、ということだ。

 しかし、王族が着用するものなので、素材や作り自体は立派なものだった。


 エレガンは、サルにはこれぐらいで充分だ、と皮肉を込めて選んだわけだが、くしくもそれがチンパンジーにはぴったりな服装だった。


「では、これを着て貰ってもよろしいでしょうか?」


 キリはエレガンから受け取ったそれを、サルに手渡そうとする。

 サルの方は完全に彼女たちを警戒しておらず、それを両手で受け取る。


 しかし、そのあとしばし沈黙が流れる。

 サルはそれをじっと見つめて、首を傾げた。


「なんだ、服の着方が分からないのか。キリ、すまないが着させてやってくれないか?」


 それを見かねたエレガンが、そう彼女に頼んだ。


 頼まれたキリは、笑顔でこう答えた。


「その必要はありません」


 彼女はいっこうに着替えさせようとはしていなかった。

 着替えることのできないサルを見て、ニヤニヤと笑い出したのだ。


「ど、どうしたのキリ?」


「私もこいつが勇者かどうか、見かねていたのさ。けど、これでようやくわかった。こいつは、1人で着替えることも出来ない知能の低いただのサルだ。勇者などでは決してない」


 口調も表所も一変するキリ。

 それを聞いて動揺するティアラと、何かを警戒して腰に刺した剣に手をかけるエレガン。


「だけどまぁ、王からの命令だからね。……死ねぇ!」


 彼女は力強くそう吐き捨てると、着ていた使用人服からナイフを取り出し、それをサルに突き刺そうとする。


「っウキ!?」


 それに気がつくよりも速く、サルの体は反射的にそれに反応する。

 動物の本能なのか、サルは素早く後ろにステップしてナイフを見事に避けた。


「何をやっている! キリ!」


「そ、そうよ! どうして急に攻撃なんか……」


 侍女キリを知っているエレガンとティアラは、今の状況に困惑していた。

 勇者を殺そうとする動機などない、そう考えているはずだ。

 しかしそれは、今目の前にいるのが自分が知っている人物なら、の話である。


「私はそんな名前じゃない。魔王直属の部下、デギナ。この姿にも飽きたところだった。特別に見せてあげる」


 そう言うと、キリだった姿は歪な音を立てながら、別の生物に変貌していった。

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