勇者はチンパンジー ~儀式に失敗してただのサルが召喚されたけど、予想以上に強くて無双しています~

高見南純平

第1話 勇者はただのサル

「ウキキキキ?」


 その日この異世界に、まごうことなきチンパンジーが召喚された。


 蝋燭が並び魔法陣が地面に書かれている部屋に、前傾姿勢の毛むくじゃらの猿が立っている。


「ゆ、勇者様なのか?」


 そう言ったのは部屋にいたマントを羽織り王冠を被った初老の男性。

 彼はピース王国の国王である。


 周りには騎士やフードを被った側近や大臣たちがおり、目の前にいるチンパンジーをまじまじと見ていた。


「こ、これはなんというか、野性的なお方ですなぁ」


「……というか、ただのさる……」


 騎士の1人が触れてはいけないことを言ってしまったので、国王が気がつく前に近くの人間が口を封じた。


 ここでは先ほど、魔王を倒す勇者を召喚する儀式をしたのだが、それが成功したのか失敗したのか分かりかねているところだった。


 猿の後ろには、祭壇用のテーブルが置かれており、召喚される前には数多くの供物が用意されていた。

 しかし今は、猿と引き換えに消滅してしまった。


 ただ一つを除いては……


「ウキキ?」


 祭壇に残っていた1つの食べ物に気がつき、猿はそれを手に取った。


 猿の細かい動きを目で追う王たち。


 その時、王の隣にいた大臣が声をあげた。


「ま、まさかあの果物は!?」


 猿はその果物を手に取り、臭いをかぎだした。

 形は半月状に曲がって細長い。

 バナナに似ているが、色は真っ黒だった。


「あれは確か、【闇を封印せし聖なる果実】では?」


 王の近くにいた若い女の子が答えた。

 頭に小さなティアラをしており、豪華なドレスを着ている。

 彼女はこの国の王女である。


「そ、そのハズなのですが……。も、もしかするとただの……」


 大臣は口を詰まらせる。

 彼はこの儀式の総指揮を執った人物だ。

 つまり全責任は彼のものだ。


「えぇい、ただのなんなのじゃ! はっきり言うがよい」


 煮え切らない大臣の反応を見て、王様が一括した。


「も、申し訳ありません!! おそらくあれはただの、腐ったバナナです!」


「な、なんじゃと!」


 部屋にいる全員が再び、猿と手に持ったバナナに目線を移す。


「ウキっ!」


 臭いを嗅ぐと、猿の鼻に強烈な刺激臭が流れ込んでいた。

 大臣の言った通り、この果物は腐って黒くなったただのバナナだった、


「何をしとるんじゃ! 待て、ということは儀式は失敗に終わったということなのか?」


「勇者を召喚するには定められた供物を集めなければいけません。

 それが間違っていたとなると……勇者は召喚できないことになります」


「ではたった今召喚された、あ奴はなんなのだ!」


「父上、あのお方はただのおサルさんなのでは?」


「な、ただの猿だと!!」


 王様は驚きと怒り、様々な感情が一気に押し寄せて顔がぐちゃぐちゃになっていた。


 王様たちがざわざわしだしパニックになっている中、猿は気にすることはなかった。


「グギュルゥゥゥゥ」


 緊張感のない猿の腹が、食べ物を欲して騒ぎだした。


 そして、猿は腐ったバナナに目をやる。

 鼻を曲げているが、食欲には勝てずにそのバナナを食べようとしていた。


 器用に皮をむくと、バナナの実が出てくる。

 皮が真っ黒な割には、中身はそこまで黒ずんでいなかった。


「だ、大臣よ。やはりあれは聖なる果実なのではないか?

 そこまで腐っているようには見えんぞ」


「そ、そうですね。もしかすると、勇者様が食すように残っていたのかもしれません……」


 2人は完全に現実逃避していた。

 隣でそんな2人を心配する姫様だった。


「あ、お食べになりましたわ」


 お姫様が言った通り、チンパンジーは片手で鼻をつまみながらバナナに口をつけた。


「ウキ、ウキキキキ!」


 すると、意外にも美味しかったようで、勢いよく口に頬張っていく。


「おお、見事な食べっぷり。陛下、あの方こそきっと勇者なのです」


「そうじゃ。そうでなければ、この儀式するのに多大な労力と資金が全部無駄になってしまう」


 それは大臣を脅しているようにも捉えることができる言葉だった。

 大臣もそう受け取ったようで、顔色がすこぶる悪くなっていく。


「あれ、父上。おサルさんの様子が……」


「っウ、ウキ……」


 サルの方の顔色もみるみる悪くなっていく。

 そして剛毛で長い腕を動かして、腹部に手を置いてさすりだした。


 そして、我慢できなくなった猿は、少しかがんでお尻を地面に近づけた。


「ま、まさか!」


「っウ、ウッキキキ!」


 王様が思った通り、猿はその場で踏ん張りした。

 そう、猿はこの場で出す気なのである。


「な、なんということじゃ。へ、兵士よ。手洗いへと連れていくのじゃ。

 い、今すぐにじゃ!」


「は、はっ!」


 命じられた男の兵士2人が猛スピードで猿に近づく。

 そして、猿の両手をそれぞれ持って宙に浮かせる。


「い、行ってまいります」


 重そうにしながらも、慌てて猿をトイレへと運こびに部屋を出ていく。


 予想外の姿で召喚された勇者は、予想外の仕方で部屋を出ていった。


 兵士に抱えられ出ていく猿を見て、部屋の誰もがこう思った。


「やっぱりただの猿じゃん」と。

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