第6話 異形との戦い
「あの黒い奴は、さっきの赤い人じゃないと倒せないよ。多分、あっちの家の残骸の中で伸びてるだろうから、たたき起こして。バロックは道の確保。バールはけん制を」
上から全体を見渡し、少年は指示する。
バールと呼ばれた方が、黒い狼。恐れることなく、異形へ牙をむく。まだ炎をまとっている異形が、少しでも動いたり、手を伸ばしてくるものなら容赦なくとびかかる。
白い狼であるバロックは、ノアの服を噛み、こっちへ来いと言わんばかりに引っ張る。そうしてバロック先導のもとで、ノアは男が飛ばされた場所へと向かう。
壊れた家屋。その中に赤い髪の男は飛ばされた勢いで倒れてしまったのか、むき出しだった柱の間に埋もれていた。
意識はあるようで、ノアの気配に気が付いたのか、眉間に皺を寄せつつ、ゆっくりとノアの方へ顔を向けた。
「ばう!」
「これはなかなか……っしょい!」
大きな柱が男の動きを封じていた。常人には困難なほど、太く重いものであったが、ノアはそれを変な声を出しつつ退ける。
まさか、それができるとは思っていなかったからか、赤髪の男は目を点にしていた。
「大丈夫……じゃない、な。動けます?」
「……ぁ? 貴様に心配される筋合い、はねぇ」
ゆっくりと、渋い顔をしつつ男は体を起こす。痛みをこらえているのは目に見えていた。
「あそこの人が、あの黒いやつを倒せるのはあんたしかいないって……って、その体でやれるわけ――」
「勝手に決めつけんじゃねぇ」
酷い怪我。体を起こすのだってやっとなのに、男はノアの言葉を遮った。
ぎろっとノアを睨み、よろよろしながらも立ち上がると、一歩、また一歩と異形へ近づく。
いつの間にか分裂した異形は、バールとバロックが各々相手をしている。
そこに参戦しようとしているのだ。
落としてしまった燃える剣を拾おうとするも、そこまで歩くのすらままならない。時折片膝を地に着けて、足も止まる。
「剣ならとってくるから、無茶しないで」
五体満足のノアが代わりに剣を拾おうと前に出る。
「貴様、待てっ」
「えっ、あっつ!!」
刃の部分だけが炎に包まれていた。柄の部分を手に取ったが、あまりにも高温に反射的に手を離した。
「素人が扱えるもんじゃねぇ。触るな」
遅れた男が剣に手を伸ばしたとき、異形の相手をしていたバロックの体が男にぶつかり、男は転倒した。
「くぅーん……」
「クソ犬、退けっ! くそっ!」
倒れた場所が悪かった。そこには、コンクリート片が散在しており、不運なことに大きな残骸に頭を打ち付けてしまった。
頭から血を流しながらも立とうとするが、体が悲鳴をあげており、困難なようであった。
その状況を見て、ここで踏ん張ることができるのは自分しかいないとノアは動く。
「しっかりしてください! あなたしかできないんでしょ!」
怪我人に無理をさせるのは、気が引けたが他に手段がない。男に肩を貸し、何とか立たせて剣を拾わせようとする。
だが、目の前にあるというのに、男は拾おうとしない。
「何してるんすか!
「がなるんじゃねぇ。俺がこいつを取ったら、お前に影響が出るんだよ!」
「はぁ!? そんなのどうにかするよ! 今は目の前のやつでしょ! ビビってないでやっつけてよ!」
男の言葉の意味をノアは理解しようとはしていない。とりあえず目の前のことを片付けてから考えようとしたのだ。
「ちっ! るせぇな! どうなっても知らねぇからな!」
頑固なノアに根負けした男は、炎を放ち続ける剣を握った。
途端に体が燃えるように熱くなる。現にノアの体は炎に包まれた。
「貴様、手を離せ! 燃え死ぬぞ」
「……るさいっ! 俺が離れたら、あんた立てないだろ! 燃え尽きる前に倒せよ!」
確かに男はノアに体を預けているため、ノアが離れれば立っていられなくなる状況だった。
ノアが焼け死ぬ前に片付けなければならない。
男が片手で剣を構える。
「ばう!」
バールが二つに分裂した異形を二人の前に引き寄せ連れて行く。
「一発で仕留めてよね、赤髪さん」
「俺と誰だと思っている。今度こそ焼き尽くしてやる。俺はこんな所で死ぬわけにはいかないからな」
「そりゃ、こっちも同じだってーの!」
そんな会話をした瞬間、真っ赤に燃えていた剣の色がみるみるうちに白へと変化する。
ノアを包む炎も同じ色になった。
「何だ、これは……」
男の口からは驚嘆の声が漏れたが、迫り来る異形をその剣で切る。
再び分裂するのではないかと恐れたが、その心配は無用だったらしい。
切られた残骸は、白い炎に包まれて燃え切った後に、黒い石が落ちた。
「た、助かったぁ……」
「貴様っ! うぐっ」
踏ん張っていたものの、限界を迎え、ノアは力尽きたかのように倒れ込む。同時にノアに体を預けていた男も同様に倒れた。
その時に男は剣から手を離したので、ノアは炎から解放される。
「貴様、何をした」
「それ、最初に言うもの? 助けてもらってなんだけど、言うべき事が他にあるんじゃないの?」
「は?」
男は自分より年上だというのは見た目でもわかっている。だが、出会った当初からの不満をノアはぶつけた。
すると男は苛立った声を返す。
地面で寝転ぶ二人が言い争っている所に、二人組の女性がヒールを鳴らしてやってくる。
「あら? みっともない姿ね、レオン」
「るせぇな。あんたは高みの見物かよ? クソババ……いてててててっ! 悪かったって! 足を退けてください、ベルベット様」
ここで初めてノアは、赤髪の男の名がレオンであることを知る。
そんなレオンが、やって来た女性はノアが情報収集のために立ち寄った店で唯一食事をしていた人物。美しい様相の彼女――ベルベットに腹部を踏まれて情けない悲鳴を上げた。
「サラ!」
「っ! ヘルツ!」
レオンを踏みつける後ろで、涙ぐんでいた女性は、ノアにデシベルの家を教えてくれた人物であった。そんなサラに駆け寄るのはフードを被ったヘルツと呼ばれた少年。
デシベルの家からノアたちを支援していたあの少年である。
「怪我はないかい、サラ」
「ええ、大丈夫……大丈夫よっ」
ヘルツの顔を見て安堵したのか、泣き出すサラの顔を心配そうに覗き込んでヘルツは胸をなで下ろした。
「うふふ。若者の甘い様子を見ることが出来たわね。シェリルが羨ましがるわ。ね、レオン」
「あの馬鹿のことなんかどうでもいい。恋愛だーどうだと現を抜かしてばかりじゃねぇか。討伐よりもそっちの話が長すぎる」
「それが彼女の心の支えだもの。あなたに負けず劣らず、強い心よ。さて、それはそうとして。そこの子は何者かしら? あたしが見ていた限り、レオンの剣の色を変えなかった?」
体を起こしたノアへ、ベルベットが問う。
「えっと、ノアです。何者と言われても、エリースから来たばっかりの農民、としか……」
あまり自己紹介で伝えることができる情報がなくて、このような紹介になったことをノアは少し空しく感じた。
「ただの農民が私たちの武器を使えるなんて。ましてや、色を変えるなんてことは聞いたことないわ」
不思議そうにノアを見つめるベルベットをよそに、ヘルツが少し前に出てきて口を開く。
「ノア……銀髪、エリース……君、もしかしてヴォルクさんの息子さん?」
「親父を知ってるの!? 俺、親父を探しに物知りなデシベルさんのとこに来たんだけど!」
「う、うん。ヴォルクさんのことは知ってるよ? あの人は恩人だから」
「ほんとに!? どこに居るか知ってる?」
グイグイ迫るノア。その勢いに、ヘルツは身を引く。そしてヘルツを守るかのように、体を起こしていたノアへ向かって、二匹の狼が飛びかかった。
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