2「王子の凶行と戦う覚悟」
「ふん、いつまで固まっている。封印王国リカッドリア第3王子フォスト・リカッドを敬え、庶民ども」
「ヨルム君……ロアイさんまで、何故ここに」
突如現れたフォスト王子と、従者のゲインとゴイス。ゲインは顔を真っ青にし、ゴイスはどこかへ駆けて行ってしまった。
「ぼ、僕は……第1魔法実技場に、行こうと思って」
「なに? お前が行くのは第1武術訓練場だろう」
「え? 僕が先生に呼ばれたのは魔法実技場で……」
「むっ――ゲイン、どういうことだ」
「最悪の展開です。……いえ、なにか手違いがあったのでしょう。ですが問題はありません」
「ふん。まぁそうだな。よし、お前ら歩け。もちろん第1武術訓練場にだ」
「でも、ロント先生が」
「いいから歩け! 俺の命令が聞けないのか? 封印王国リカッドリア第3王子フォスト・リカッドの命だぞ!」
「は、はい!」
僕は王子に言われたとおり武術訓練場に向かって歩き出す。隣りにいたロアイも怯えながら一緒に歩く。なにがどうなっているのかさっぱりわからないけど、どうも彼女のことを巻き込んでしまったようだ。
黙って歩き続けて第1武術訓練場に入ると、ロント先生はもちろん誰もいなかった。
「ロント先生は……」
「まだ言っているのか? ロント先生がいるはずないだろう。お前を呼び出したのはこの俺なのだからな」
「なっ……フォスト王子が? 僕を?」
薄々気付いていたが、やはり僕は騙されたのだ。キャロの嫌な予感が当たってしまった。
いや、それよりも驚いたのが――。
「ヨルム・クウゼルだったな。封印王国リカッドリア第3王子フォスト・リカッド様が名を呼んでやったのだぞ、感謝して跪け」
「――!!」
名前を呼ばれた? 王子が僕のことを認識していることに衝撃を受ける。僕のことなんか眼中にないはずなのに。
「返事も無しか。ふん、これだから礼儀の知らないヤツは困る。魔力が低いとこうなのか?」
「ぼ、僕にいったいなんの用事が……」
「やれやれ俺に質問できる立場か? まぁいいさっさと済ませたい。――お前、何故キャロ・テンリの周りをウロチョロしている?」
「キャロの……え?」
「お前のようなゴミが、何故天才であるキャロ・テンリの近くにいるのだと聞いている」
「それは! キャロは中等部からの友人で」
「あぁいい! そういう話は聞きたくない! お前は俺の命令に従えばいいんだ」
「め、命令?」
「いいか、ヨルム・クウゼル。お前は今後キャロ・テンリに近付くな」
「は――――?」
――ああ、やっとわかってきた。
フォスト王子はようやく僕の存在を邪魔だと認識したのだ。
魔力の低い人のことが見えていないというが、本当に見えないわけじゃない。何度もキャロに交際を申し込んでいれば、嫌でも僕は視界に入っていただろう。そしてついに、無視できなくなった。
(なんて勝手な――)
フォスト王子は話を続ける。
「いいか、キャロ・テンリの魔法は学年、いいや学園一だ。つまり彼女はこの俺、封印王国リカッドリア第3王子フォスト・リカッドの妃に相応しい存在ということだ」
「妃っ!?」
執拗にキャロに交際を申し込んでいたからわかっていたことだが、改めてハッキリ妃と言われると動揺してしまう。
「どうやら理解できたようだな。もう一度命ずる。二度とキャロ・テンリに近付くな」
「待ってください! 僕とキャロは!」
「待たん。話は終わりだ」
フォスト王子がクルッと背を向けてしまう。
だめだ、僕の言葉なんて聞く耳を持っていない。反論すらさせてもらえない。
でも、キャロに近づくななんて命令は聞けない。王子に逆らえばどうなるかわからないけど、それでもはっきり言わなきゃだめだ。それだけはできないと。
もう一度呼び止めようと口を開いた、その時。
「キャロちゃんの気持ちはどうなるんですか!」
「――ロアイ!?」
隣でずっと固まっていたロアイが先に動いた。
すでに出口に向かって歩き出していたフォスト王子が足を止め、半身で振り返る。
「チッ……視界に入れないようにしていたというのに。いいか、お前もキャロ嬢に近付くなよ? ロアイ・ホクト」
「え、わたしも……?」
「当然だろう? 雷属性の出来損ないのくせに」
「ぇ……」
ロアイが言葉を失う。顔を真っ青にして立ち尽くしていた。
僕も耳を疑った。フォスト王子、いまなんて言った?
「王子、それ以上は」
「なんだゲイン? 出来損ないに本当のことを言ったまでだぞ」
その言葉が耳に入った瞬間、
「ふざけるなフォスト王子! ロアイは出来損ないなんかじゃない! 訂正しろ!」
僕は激昂し、王子に向かって叫んでいた。
「あ……?」
フォスト王子の視線が僕を捉える。そして、
ズオッ――!
「うっ!!」
「王子、いけません……くっ!」
王子の背中から水の塊が溢れ出し、巨大な翼を創り出す。側にいたゲインが吹き飛ばされてしまった。
「ゴミのくせに! この封印王国リカッドリア第3王子フォスト・リカッドに指図するつもりかぁぁぁぁ!!」
咆哮と共に水の翼が大きく広がる。王子の水属性魔法だ。その魔力の凄まじさ、圧力だけで後ろに押されてしまう。
魔力の低い人間を下に見るだけあって王子の魔力は相当なものだ。
「フォスト王子! いけません!」
吹き飛ばされた先でゲインが跪き、王子を諫めようとする。
「まだ止めるかゲイン! 王子に対する暴言を許せと言うのか?」
「しかしながら! 庶民に魔法を使ったとなれば、フォルガ王があなたを罰します!」
「ち――父が? しかし……いや、確かに父はお怒りになるな……」
魔力の圧が弱まる。王子は心底嫌そうな顔をして、
「くそ……おいお前。俺は第3王子だ。寛大な心でお前の発言を無かったことにしてやる。ありがたく思うんだな」
吐き捨てるようにしてそう言った。それに対して僕は、
「断る! いいからロアイに対する発言を訂正しろ!」
「なにっ……!?」
大声で拒否した。
隣のロアイと正面のゲインが驚いた顔で僕を見る。
「ヨルムくん……」
「ヨルム君、君という人は……はぁ」
正直自分でもビックリしていた。感情が抑えられない。言葉を止められない。
自分にこんな気持ちがあるなんて思いもしなかった。きっと以前の僕だったらここまで熱くなることはなかっただろう。キャロと出会って、僕の魔力には特別な力があるとわかって。ダークウルフという魔物と対峙して。僕は少し変わったのかもしれない。
「フォスト王子、早くロアイに謝罪しろ!」
「くっ――もういいよな!? ここまでコケにされたんだ、なにもしない方が王族の恥!」
フォスト王子の水の翼が大きく広がり再び魔力の圧が襲いかかる。
変われたのはいいんだけど――さすがに、まずいかも。僕の魔力で受け止められると思えない。
「この忌々しい水の魔力で、お前をぶっ潰してやる!」
水の翼が高く伸び、僕に打ち付けようとした――その時。
キンッ――――――パシャン!!
武術訓練場に閃光が走った。場内を一瞬だけ白く染め、光はすぐに消える。
これは、フォスト王子の魔法じゃない。
フォスト王子の水の翼はその背中で破裂し、魔力が周囲に飛び散った。
「なっ、なにがおきた!? 誰が俺の魔法を――!」
フォスト王子が振り返ると、そこには。
「はぁ、はぁ……なにを、しているっ」
「キャ、キャロ!?」
「キャロちゃん!」
訓練場の入口、右手を伸ばしたキャロが立っている。キャロが魔法で水の翼を吹き飛ばしたのだ。息が上がっているのは走って来たから?
フォスト王子はキャロの姿を見て一瞬固まったが、すぐに背筋を伸ばして咳払い、両手を広げた。
「これはキャロ嬢。なに、躾のなっていないゴミ――もとい庶民を教育していたのさ」
「……ふぅ」
キャロは呼吸を整えてから歩き出す。王子の言葉には応えず、目もくれず、その脇を通り抜けて僕らのもとへやって来た。
「キャロ……ありがとう。助けてくれて」
「…………」
「キャロ?」
キャロは黙って振り返り、フォスト王子と対峙する。僕らには彼女の顔が見えなかったし、きっといつもと変わらない冷静な表情をしているのだろう。それでも、その背中から怒りを感じることができた。その静かな怒りは王子にも伝わったのか、たじろいで一歩下がった。
キャロが口を開く。
「フォスト王子。さきほどヨルムのことをゴミと言ったか?」
「っ……ああ、言ったとも。魔力の低いゴミだ」
「あなたはなにもわかっていない。本当にフォルン・リカッドの末裔か?」
「な、なんだと……! キャロ・テンリ! 俺を侮辱するつもりか! いくら我が将来の妃と言えど許さんぞ!」
「私はあなたの妃になどならない。そして侮辱をするのはこれからだ。……あなたは本当になにもわかっていない。ヨルムの魔力の前では、あなたの水の魔力など無価値だ」
キャロの言葉に、フォスト王子の顔が凍り付いた。僕も石のように固まった。
「……キャロ……テンリ……貴様、いまなんと言った?」
「ヨルムに比べてあなたの水の魔力はゴミ以下だと言った」
「ちょっと待ったキャロォォ!?」
キャロがとんでもないことを言い出した。隣りにいるロアイはぽかんとして口を開きっぱなし。ゲインと、いつの間にか戻ってきていたゴイスは王子の後ろで顔を真っ青にしていた。
王子は肩を震わせ、ギッとキャロを睨み付ける。
「俺の、水の魔力が、そのゴミ以下だと……無価値と言ったか!? ふざけるな! 気でも触れたかキャロ・テンリ!」
「いや。私は正気だ」
「ならば試してやる! 証明してやろう! ヨルム・クウゼル、俺とここで勝負しろ!」
「――ええっ!?」
「いいだろう」
「えええぇぇぇ!? 待ってよキャロ勝手に承諾しないで! 勝負ってそんな!」
話がおかしくなってきた。なんで僕が勝負を挑まれてるの? いやいまの話の流れ的にそうなるのはわかるけど、そういうことじゃなくて……どうしてキャロは僕と王子の魔力を比べたりしたんだ?
ロアイも僕と同じことを思ったようで、
「そ……そう、だよキャロちゃん。さすがにヨルムくんじゃ、あの王子には……」
そこで言葉を止めてしまったけど、わかってる。情けない話だけど、僕の魔法では勝負にならない。さっきだってキャロが助けてくれなかったら僕は王子の魔法で死んでいたかもしれないのだ。すでに勝負がついているようなもの。
「そんなことはない。ヨルムなら王子に勝てるよ」
「えぇ……?」
どこからその自信が来るのだろう。キャロも僕の魔法のことは知っている。先日のダークウルフの件でよくわかったはずだ。
いくらみんなの魔力を増強できても、自分ではなにもできないんだ。
「観念するんだな! もう遅いぞ、そうだろキャロ・テンリ」
「ああ。ただし勝負は三日後だ」
「なに? ――……ふん、いいだろう。その代わり俺が勝てばキャロ・テンリ、お前は俺の妃になれ。この条件でなければ、いますぐに勝負だ」
「……ではヨルムさんが勝った場合、こちらの要望を一つ聞いてもらおう」
「いいぞ、なんでも言え! そんなことにはならないがな!」
「交渉成立だね。その条件で勝負だ」
口を挟む間もなく日程から条件まで決まってしまった。
「って、だめだよそんな条件! キャロが妃になるなんて」
「ヨルム。もう撤回はできないよ」
「だけど……!」
そうかもしれないけど、キャロを賭けて勝負なんてしたくない。
「いいんだ。私が言い出したことだからね。それに、ヨルムは勝てるよ」
「キャロ……」
僕にはキャロの自信の理由がまったくわからない。だけど……。
「くくくっ……三日後にはキャロ嬢は俺のものだ。それからヨルム・クウゼル。本当に、覚悟をしておけよ?」
フォスト王子はそう言い残し、背を向けて歩き出す。
(あぁ……もう、やるしかないんだな)
僕は王子の言う覚悟とは違う覚悟を決めなければならなかった。
「――キャロちゃん! なんて約束しちゃったの……!」
王子が出て行くと同時に、ロアイがキャロの両肩を掴んでがくがく揺らした。気持ちはわかる。僕もちょっとそうやって問い詰めたい。
「落ち着いて、ロアイ。これでいいんだ。それより――」
「あの――」
王子と一緒に出て行ったはずのゲインが戻って来た。彼は僕らに頭を下げると、
「明日、改めてお詫びに伺います。申し訳ありませんが、今日はこれで失礼いたします」
小声でそう言って王子のもとへ駆けて行った。
そして入れ替わりでゴイスが僕のところへやって来る。
「おれ途中からしか見てないけど、ヨルム怪我とかしてねぇか?」
「え? う、うん。特には……」
「そっか。ほい、一応これやるよ。おれが魔法で作った傷薬だ」
「ありがとう……」
「おう、じゃあなー」
ゴイスは僕に薬を手渡すと、ぴょーんぴょーんと軽快に跳ねながらゲインの隣りに並んだ。
……相変わらず従者二人のフォローがすごい。
ロアイも気勢が削がれたのか、キャロの肩から手を離した。だけど真剣な顔で詰め寄る。
「キャロちゃん、勝算があるんだよね? ね?」
「もちろんだ。……ヨルム、私に任せて欲しい」
「う……うん……」
負けるわけにはいかない勝負。
だけど、どうしてもフォスト王子に勝つビジョンが浮かばない。
でもキャロが勝てると言っている。いまはその言葉に縋るしかなかった。
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