7「始まりの石碑と組まれた魔術」
「ふぅ……ごめん、キャロ。つい、目を逸らしちゃって」
呼吸が落ち着いてから、僕はキャロに謝った。
目の前には穴だらけのダークウルフ。もう消えているけど光魔法の槍で一瞬で串刺しにしていた。胸の辺りに一際大きな穴がくっきりと空いていて、これがトドメの一刺しだったのだろう。
「ヨルム、それも経験だよ。それよりさっきのはいったい……むー」
キャロが腕を組み、じっと僕を見つめてくる。なんだろう、目を離したこと以外になにか問題があっただろうか。
「おいおい……これ、お前さんたちがやったのか?」
そこへ、森の奥――ダークウルフが飛び出してきた方から、軽装の革の鎧に身を包んだ大人の男の人が現れた。右手にショートソードを握っているからたぶん冒険者。そしてさっきの声の主だろう。
「えっと僕たちは……」
「はい、そうです。このダークウルフはあなたが?」
僕がなんて説明したらいいかわからなくて口ごもっていると、一瞬でクールな無表情になったキャロが逆に男の人に尋ねる。
「ん? あぁ、すまんな。向こうで討ち漏らしたんだ。……しかし瀕死まで追い込んでいたとはいえ、二人ともすごいな。学生だろ?」
「いえ。それより、なぜ討ち漏らしたのですか?」
「あー……」
男は困った顔をして、顎の無精髭を掻く。
「城の近くの森にダークウルフが棲み着いてな。冒険者ギルドに討伐依頼が入った。3匹って話だったが10匹いた」
「それは……」
冒険者ギルドに来る依頼は情報が間違っている場合がある。魔物の種類が違ったり、この人が言ったように数が違ったり。
魔物の討伐依頼など危険なものは現場を詳しく調べることができなかったりするので、冒険者はそれも込みで準備をする。でもさすがに3匹が10匹だったというのは想定外だったようだ。
「オレたちは4人しかいなくてな……。それでも8体までは倒したんだが、そいつが逃げ出した。残りの一体を3人に任せて、オレは追いかけて来たってわけなんだよ」
「そうだったんですね……それなら仕方がないと思います」
僕がそう納得すると、
「ヨルム――」
「待て待て少年。討ち漏らして学生を危険に晒したのは対処できなかったオレたち冒険者の責任だ。改めて謝罪させて欲しい。申し訳ない」
男はそう言って姿勢を正し、深々と僕らに頭を下げてくれた。見た目よりも結構ちゃんとした人のようだ。
「ギルドにも報告しておかなきゃな。……そもそもダークウルフは3匹くらいで動くことが多いんだ。それが10匹も群れていた時点でおかしいからな」
「ヘル・ダークウルフはいなかったんですか?」
「いなかった。……そう、ボスであるヘル・ダークウルフがいるなら群れでいてもおかしくないんだ。ていうかお嬢ちゃん、学生なのに随分詳しいな?」
「私は……そうですね、古代人ですから」
「古代人? よくわからんが……ま、なにかあったら冒険者ギルドに来てくれ。ダークウルフを倒してくれた礼をするよ。オレの名前はガレッド。もしいなかったらこの名前を受付に出してくれ」
そう言って冒険者の男――ガレッドは、手を振って去ろうとする。
「待って下さい。そういうことでしたら、いまお願いしたいことがあります」
「キャロ……?」
「ん? 仲間を待たせているんだが……すぐ済むことならいいぜ」
なにを頼むつもりだろう。キャロは静かに頷いて、
「スザン・エルテリスの始まりの石碑まで、私たちを連れて行って下さい」
*
「キャロにヨルム、だな。なぁほんとにいいのか? こんなことで」
「構いません。始まりの石碑には冒険者の引率が必要ですから」
「まぁ確かにそうなんだが、ぽつんと石碑があるだけだぞ?」
森の中、少しだけ開けた場所に置かれた石碑。実は僕は子供の頃に見に行ったことがある。街の催しで始まりの石碑見学会に参加したのだ。当時は石碑よりも普段入ることのできない森に入れることに興奮していた。
「ここだ。着いたぞ」
そこは幼い頃に見た景色とほとんど変わっていなかった。少し開けているけどさっきの場所よりはずっと狭い。草地の中に膝くらいまでの高さしか無い石碑がぽつんと置いてあるだけだ。
昔と違うのは今が明るい昼間ではなく夕暮れ時なこと。西日が射し、どこかもの悲しい雰囲気に包まれていた。
「知ってるか? 石碑にはスザン・エルテリスの魔術が組み込まれていてな。この辺りには魔術が近寄れないんだ」
ロアイから聞いて知っている。でもそんな魔術が組まれているからこそ、余計なことができず建物を作って祀ることができないらしい。間違って魔術を崩してしまえばもう修復不可能だ。
「さっきのダークウルフも石碑を避けて急に方向転換してなぁ。それでお前さんたちの方に行っちまったんだ。ていうか二人はなんであんな森に近いとこにいたんだ?」
「そ、それは、その……」
「魔法の特訓です。彼は魔力を練るのが苦手なので」
「ほーう? ま、なんでもいいけどな」
僕は心の中で安堵のため息をつく――が、途中で深いため息に変わった。
キャロはすごい。さっきもそうだけど、僕なんて大人の冒険者に質問されてしどろもどろになっていた。だけどキャロは堂々と受け答えできている。本当に自分が情けない。
「ヨルム、来てくれ」
「う、うん」
キャロに呼ばれ、一緒に石碑に近付く。反省はあとだ。気持ちを切り替えよう。
石碑には文字が書かれているが、掠れていてよく見えない。でも内容はロアイが何度も教えてくれたから知っている。
『私はこの荒廃した世界を救うと誓います。私の使命はここから始まる』
スザンは旅立ちの決意を石碑に彫ったのだ。
魔王と戦い勝利し、封印までしたのに。スザン・エルテリスという人は本当の英雄だと思う。ロアイのようなスザン信者が現代にいたるまで多く存在するのも頷けた。
キャロは始まりの石碑の前にしゃがみ込む。
「確かにモンスターが忌避する魔術が組まれている。だけどこれは……?」
「え、キャロ? 魔術が――」
わかるの? と聞こうとした時には、キャロが石碑に触れていた。
そしてその瞬間石碑が強い光を放ち――視界が真っ白に染まる。そしてどこからか、声が――
「どうしても行くのか?」
「はい。見送りありがとうございます」
「なぁ……スザン。俺はお前に……ずっと」
「やっぱりダメなんですよ。私にはこの国で平和に暮らすことなどできません。この話は、もう何度もしたでしょう?」
「……あぁ。そうだな、わかってる。お前の頑固さもな」
「ふふ……。世界はまだまだ荒廃しています。ユース姉さんたちが成そうとしたことは、私が代わりに成し遂げます。それが私たちの使命なのですから」
――誰かの声が、聞こえた。
気が付くと、視界が元に戻っている。
「おい? どした、二人とも大丈夫か?」
「え……あ、はい……」
「…………」
ガレッドの言葉になんとか返事をする。だけどキャロは黙ったままだ。それどころか人前では珍しい、驚愕の表情で石碑を見ている。
「いまの、キャロも聞こえた……?」
「――! うそ、ヨルムも聞こえたの?」
思わず素を出してしまうほどキャロは動揺していた。
視界が真っ白になって聞こえてきた声。誰かと誰かの会話だった。あれは――まさか。
キャロが石碑に向き直り、ぽつりと呟く。
「スザン……エルテリス……。あなたは……」
まるで、ここから旅立ったというスザン・エルテリスの姿が見えているかのように。キャロは石碑の向こう側を見つめ続けるのだった。
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