常在祭場

 ――火具土 商い通り――


 私たちの目の前にはどこまでも露店が並び、商いをする商人たちの威勢の良い掛け声が、そこら中から飛び交っていた。初めてこの街を訪れた者がこれを目にしたならば、きっと何か、特別な祭りでも催しているのかと思うだろう。それほどまでに盛況なこの光景は、火具土の商い通りでは日常そのものである。


 ちなみに、ここに立ち並ぶ露店の数々、実はその大半が無許可で営業している。一応、毎日のようにWEフォースの都市警備部隊が巡回し、場合によっては取り締まりをしているのだが、翌日には店の場所を変え、看板を変え、名前を変え、果ては営業責任者までをも変えてしまうというのだから、キリが無いと諦めて放置している始末なのだとか。


 また、それでも尚取り締まろうとする真面目な警備兵は、この街では何故か長続きしないとされている。その理由について、以前隊員の誰かに問いただしたことがあったのだけれど、そのとき返ってきた言葉は「聞くな」というものだった。


 どこまでも怪しく、独特な魅力を内包する街。そんな街を前に、アメリカからやってきた二人は――。


「エネルギッシュな街だ。国外まで来たなら、やっぱりこういう場所を堪能しないとな」

「全く、それではまるでお祭り騒ぎの子供ですわ。良いですかバレル、ここへは仕事で来ているということをお忘れなく」

「……お前、その台詞は鏡で自分の姿を見てから言えよ」


 どうやらお気に召したようだ。その証拠に、少女の手には、その辺の露店で購入したと思われる泡立つ酒が並々と注がれた容器が握られていた。しかも口の周りには、既に幾度か中身を飲み干した証の泡のひげができている。というか、彼女は一体何歳なのだろう。少なくとも、絶対に私より年上には見えないのだけれど。


「これは不可抗力というものですわ。だって、どの店でも買ってほしいという顔をされるのですよ。それを気付かないフリをするなんて、それではあまりにも無粋というものでしょう?」

「都合の良いやつとだと言ってやりたいところだが……まぁ、一理あるな。その手に持っているのはなんだ? ビールか? どこで売ってる?」

麦酒ばくしゅではありますが、どことなく密造酒特有の匂いがしますね。場所は覚えていませんが、そこら中で似たような物を売っていますから、手を伸ばせばどこでも買えますわ」

「そいつは良い! ますますこの街が気に入ったよ!」


 そんな茶番のようなやり取りをしながら、二人は吸い込まれるように露店の方へと歩いて行く。そんな二人を止める間もなく、ただ呆然と様子を見守っていると、すぐに大量の食べ物と酒の入った容器を抱えるようにして戻ってきた。すると――。


「ほらお嬢さん、街を案内してくれた礼に一杯おごるぜ」


 男は手に持った酒の容器の一つを私に向かって差し出していた。


「い、いえ! 私はまだ、職務中ですので!」


 職務中、かぁ。施設中の隊員ほぼ全員を巻き込んで逃げ回り、ガラスを割った上、しかも備品の武装車両まで持ち出していながら、果たしてまだ私はWEフォースの一員と言えるのだろうか。オマケに今はこうして火具土のグレーゾーンで遊んでいる始末だし。


 でもあれは、私の意志で逃げ回った訳じゃない。そうだ、どちらかというと私は被害者の側で、ここへは拉致らちされて来たようなものじゃないか。でも、このあと帰ってそれを説明したとして、上官や、今回の騒動に駆り出された隊員たちは納得してくれるだろうか。


 ………………。


 無理、だろうなぁ。というか私、WEフォースをクビになるんじゃないかな。


「そうか? それならこいつは全部俺が飲んじまうぞ」

「その必要はありませんわ」


 そう言うと、少女は男の手からスルリと酒の容器を奪い取ってしまった。


「あっ……お前、まだ手に持ってる酒が並々と残っているじゃねぇか」

「どうせまだ何杯か飲むつもりですので、今更一杯増えたくらい、どうってことはありませんわ」

「イイ気なもんだ。それで、何に乾杯する?」

「昼から飲める幸せに」

「お前はいつも昼夜問わず飲んでいるじゃねぇか」

「それならいつでも幸せですね」

「……お前が羨ましいよ。あぁ、そういや忘れていたが、俺はお嬢ちゃんの名前を知らないし、こっちも名乗っていなかったな」


 そう言えばそうだ。あれだけのことがあって、二人には命まで救われたというのに、私は名前すら名乗っていなかったなんて。


「し、失礼しました‼︎ 私はWEフォースの補助部隊サブサイズ所属、雨衣咲雫二等兵であります‼︎」


 思わず敬礼して階級まで名乗ってしまう。そんな私に、周囲からいぶかしむような視線を向けられていた。恥ずかしい……。


「俺はバレル・プランダー。そしてこいつが」

「シャーロット・チョークスですわ」

「改めて言っておくが、俺たちが日本からアメリカまでの移送物の護送をすることになっているリベレーターだ。よろしくな」

「私とは特に、プライベートでもよろしくしてもらえると嬉しいですわ」


 リベレーター。体内に“レイジスサーキット”と呼ばれる特殊な器官を移植した特殊な人種。その身体能力は人間の限界を軽々と凌駕し、“ジニアン”という特殊な人種として区別されている。彼らは危険区域への訪問、生還、観測、開拓を旨とするVSOP(Visitビジット Surviveサバイブ Observationオブザベーション Pioneerパイオニア)機関、通称リベレーター協会に籍を置き、アクセルギアを使いこなしてアンヴァラスと互角に戦うことのできる、所謂いわゆる戦闘のスペシャリストだ。先ほどの見事な戦闘も、リベレーターと言われたら納得だろう。


 私たちWEフォース隊員でも、適正があればレイジスサーキットの移植を推奨されている。だけど、大半が雑用のような仕事を割り振られる私たちサブサイズでそれができるのは、分隊長クラスのごく一部に限られている。勿論、私にはまず縁の無い話だ。


 今回の任務は、私たちWEフォースとリベレーターの共同作戦というのは事前に聞かされていた。しかし、これら二つの組織には大きな確執のようなものがあるらしく、お世辞にも仲が良いとは言えない。というか、率直に言えば不仲なのだ。そんな仲の悪い組織が共同で任務を行うというのだから、それだけ今回の任務は重要だということになるのだろう。だというのに、この二人ときたら――。


「旨い酒と、日本での新たな出会いに」

「その出会いが長く良きものでありますように」


 口上を述べ、酒の入った容器を突き合わせると、一息で中身を飲み干してしまった。今更何を言っても手遅れだろうけど、これから重要な任務が待っているというのに、こうしてお酒なんて飲んでいても良いのだろうか。


「あっ! そ、そうですよ! これからフライトなのに、こんな所でお酒なんて飲んでいても良いんですか⁉ 早く戻らないと!」

「心配するなって。テイクオフは今から約三時間後。ちゃんと時間前には戻るし、その間、ちょっと街のガイドをしてくれれば良いのさ」

「ガ、ガイドと言われましても……私は別に、この街に詳しい訳では……」

「雫はこの街に住んでいるのではないのですか?」

「雫……あぁいえ、まぁ、この街の、宿舎には住んではいますが。その……ここに来るのは、ちょっと……」


 そう、ここは無許可営業の店が軒を連ねている、黒に限りなく近いグレーゾーンなのである。とは言え実のところ、この街のWEフォース隊員の大多数が、そんな場所を平時より利用しているのだった。そして私も例外ではなく、結構な頻度でこの場所へ足を運び、休日には食べ歩きなんかをしている。だからこの場所のことも、正直に言えば知らないということもない。しかしそれは、所謂暗黙の了解というもので、声を大にして良いことではないのだ。


「俺たちには土地勘が無いんだ。何も知らないよりはずっと良い。それに、お互いあんな所にいるよりもずっと有意義ってもんさ。そうだろう?」


 この人はまた、勝手なことを言って。確かに、あのときの上官たちは理不尽だったかもしれない。だけど今こうしていたしたところで、私にとってはただ問題を先延ばしにしているに過ぎない。それに事情さえ説明していれば、ちゃんと理解してもらえた筈なのだ。そうすればきっと、あんなに大事にはならなかったのに。


 あぁ、もう……どうして私は、こんな人に付いて来てしまったのだろう。


 ………………。


 とは言え、この人たちは命を救ってくれた恩人だ。今回の任務が終わればもう会うことも無いだろうし、街を案内して恩返しになるというのならば、付き合うのが道理というものだろうか。


「……あの、それじゃあ、私で良ければ、お供させていただきたいと思います」

「助かるよ。火具土はアクセルギアの製造で有名だからな。色々と店を案内してくれ」

「その前に腹ごしらえですわ。あと、酒を売っているお店もお忘れなく」

「わかりました。それでは、まず――」

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