Liberator. The Nobody’s.

黒ーん

Ⅰ First contact.

1 Escape from.

異分子の二人

 ――西暦2317年 9月13日 日本 冶都やと 火具土かぐつちWide Execution Forceワイドエクスキューションフォース 作戦司令部通信室――


 部屋に備えられている幾つものモニターに通信機器。それを使用する通信兵。そしていささか過剰とも思える程に配置された警備兵。それらは全て、現在遂行されているとある任務の為だけに用意されたもので、その物々しい様子からは、事の重要性が伺えるだろう。


 聞こえてくるのは、キーボードを操作する音に、現在の進行状況をただ機械的に通達する僅かな声。この場に集う者の大半が一様に似通った制服に身を包み、目の前の任務を淡々と遂行している。そんな中、周囲から明らかに浮いた雰囲気を醸し出す者が二名、この場に紛れ込んでいた。


 一人は脚を組み、ソファーで居眠りをするように腰かけている男。その姿は座っていても長身であることや、服の上からでも筋肉質というか、強靭な戦士のような体格をしていることが分かる。


 また、二枚目と言えなくもないディテールながらも、ザンバラ髪に、顔の端々から発せられる尖った圧力のようなものからは、見た者の大半に、攻撃的な内面を予見させるだろう。


 そして何よりこの男の異様さを際立たせているのは、近くの壁に立て掛けられた大剣。ホルダーに収まっていても尚、刃の殆どが剥き出しになっているそれは、長く、分厚く、常人ならば動かすことさえ困難であることは想像に難くない。


 対してもう一人は、男の隣に行儀よく座る小柄な女。男とは対照的で、丁寧に切り揃えられて銀髪に、整ってはいるものの、表情が希薄で、先ほどから殆ど瞬きもせずにただ前を見据えている幼さの残るその顔からは、女性というよりも、少女というか、精巧な人形といった印象を抱くだろう。


 しかし、彼女が膝の上に抱えているその長いケース。そこに収められているのが、大型の対物ライフルで、しかもそれが彼女の私物であることなど、一体誰に想像できるだろうか。


 そんな異質な二人を他所に、他の隊員たちが黙々と作業していると、突如部屋中にけたたましく、救援要請の緊急コールが鳴り響く。スピーカーから断片的に聞こえてくるのは、“アンヴァラス”、護送中に襲撃――応戦中、既に数名の犠牲者、応援を要する、という決死の訴え。通信の背後では怒号や悲鳴に混じって激しい銃撃音が鳴り響き、戦闘の激しさが伝わってくる。


「了解。直ちに戦闘部隊ソルジャーを編成し、救援に向かわせる。それまでその場で応戦して持ちこたえてくれ」


 無線を取った通信兵は冷静に応答し、早々に通信を終了させる。そこには一切の動揺も無い。混乱する現場に対し、冷静に応対するその技術は、通信兵として非常に優秀と言えるだろう。


 しかしこのとき、部外者の二人は強い違和感を覚えていた。今の緊急要請に対し、誰一人として次の行動に移ろうとしていない。助けを求める者がいるというのに、眉一つ動かさない。通信が入る前と変わらず間延びした様子からは、無機質ささえ感じさせるほどだ。


 二人はこの場に足を運んだときより感じていた違和感が、徐々に明確な形を成してゆく感覚を覚えた。それと同時に苛立ちと、この場にいる全ての隊員たちに対して、強い嫌悪感も。


 ギリリと、奥歯を噛み締める音が少女の耳に届いた。音の出所は隣に座る自らの雇い主、バレル・プランダーのもの。最初から狸寝入りを決め込んでいた男は、やれやれと、呆れた表情を装いながらも、その目の奥には確かな強い怒りを湛えている。


「バレル」

「あぁ。このまま黙っていたなら、きっと俺たちの仕事は無くなっちまうだろうな」


 そう言うと男は腰を上げ、それにならって少女も立ち上がる。そのとき。


「どこへ行かれるのですか?」


 席を立ち、部屋を出ようとしていた二人の姿を見て、警備兵の一人が声をかけてくる。すると男はニヒルな笑顔を浮かべて、言う。


「トイレだよ。日本では連れションが文化らしいが、今回は遠慮してくれ。俺の方は、その……時間がかかる方なやつでね」

「私は短い方ですが、良ければご一緒しますか?」

「……いや、失礼した。どうぞ」


 警備兵の男は、揶揄からかうような冗談に一瞬だけ渋い顔をするが、道を開ける。ドアノブを捻り、二人が部屋を出ようとすると、今し方声をかけて来た警備兵が控えめに、しかしどこか大げさな咳払いをして――。


「……これは独り言なのだが、三番倉庫に搬入はんにゅうしたばかりの装甲車がある。速度の出るやつだ。遠くに行くならば、走るよりも速いだろう……」 


 ボソボソと小声で周囲には聞かれないように、しかし近くにいた二人には聞こえる程度の大きさで警備兵は話す。そのどこかわざとらし気な一言で、男はニヤリと笑い、少女の雰囲気はどこか和らいだようだった。


「それで、どうするのです?」

「勿論、やるべきことをやるのさ」

「時間外労働ですわ。ちゃんとボーナスは出るのでしょうね?」

「いいや、こいつはただのボランティア活動だよ。だがそいつを怠れば、今回俺たちはタダ働き。ボーナスどころか、給料だって払えやしないぞ」

「それは困りますわ」

「俺だってそうさ、そいつは困る。さぁ、行くか」

「えぇ」


 背中に大剣を斜め掛けにしたニヒルに笑う長身の男と、片手に長いケースを抱える表情の希薄な少女は、足早に施設を後にした。

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