第44話 村の集会

 夜、集会場に集まったのは村長を初めとしたリーダー格の者達だ。カイナ湯を建築した大工のオーラス、多数の牛を所有するポール、村一番の畑を持つブラン。 

 村の産業のリーダー達と共に警備隊の隊長を勤めるドルガー、アイリーンとエルメダ、カノエとロウメルがテーブルを囲んでいた。

 議題はメディのお悩みについてだ。一人の少女の為に集会を開く事に異議を唱える者はいない。その本人は申し訳なさそうにアイリーンの隣に座っている。

 遅れてやってきたドルガーもすでに事情は把握しており、拳を震わせていた。


「メディ、顔を上げよ。全員、お前を思って集まっているのだ」

「村長……皆さん……」

「簡単に解決とはいかんだろうが志は同じだ。皆の者、そうであろう?」


 全員が同時に頷く。メディは目頭が熱くなって、また顔を伏せた。


「村長。メディを治療院に送り届けるくらい訳ないぜ?」

「ドルガー、それは確かに簡単だろう。だがこれについてはカノエ、話してほしい」

「えぇ、まず部外者であるメディが治療院に入って患者に薬を与えるのは無理。これは常識で考えて当然よね。

それに今の治療院はイラーザを女王とした国が築かれている。彼女の息がかかった人達ならメディを治療院に立ち入らせる事すらしないわ」


 誰もが意見しなかった。無言で肯定しているのだ。

 まずはカノエの言葉を最後まで聞けば、今後の指針になると考えている。


「で、これは私の予想なんだけど……。すでに治療院に捜査が及んでいた場合、女王様はどういう手に出るか。

メディに濡れ衣を着せる女よ。下手をすれば連行されていただろうに、ロウメル元院長はいい仕事をしたわ。追放で済んだのだからね」

「……しかし、誇るつもりはない」

「いいのよ、ロウメルさん。結果的に女王様はもう取り返しがつかない事になってるかもしれないわ」

「どういう事かね?」

「女王様はおそらく毒物事件のキーパーソンであるあなたとメディを消そうとする」


 予想しなかったカノエの言葉にメディは固まる。なぜ殺されなければいけないのか。

 あんな仕打ちを受けて追放されたというのに。メディは怒りとも悲しみともつかずに歯ぎしりをした。


「なんでですか……。あの人がそこまで……?」

「そ、そうだぞ! カノエさん! 大体、そのイラーザってのはただの治癒師だろ?」

「ポールさん。自分で殺せなくても、誰かを雇う事はできるわ」

「……なるほど」


 アイリーンが納得して口を開く。


「手っ取り早いのが冒険者だな。特に低級でくすぶっている者ならば、少し金をちらつかせれば動く可能性がある」

「アイリーンさん、私も低級なんだけどぉ?」

「すまない、エルメダ。配慮が足りなかった」

「まぁそれはそれとして、そんな馬鹿な事を引き受ける奴なんている?」

「いても不思議ではないな」


 アイリーンは黒い噂が立っている名のある冒険者を思い浮かべた。

 万が一にでも彼らが雇われて、狡猾な手口で仕掛けてくれば一切の隙も見せられない。

 だからこそ、村が一丸とならなければいけないのだ。


「でもよ、メディがここにいるなんてどうやって突き止めるんだ?」

「ドルガーさんは鼻が利くでしょう? 人間の中にもそういった手合いがいるのよ」

「どーいうこっちゃ?」

「ほんのわずかな手がかりさえあれば、人探しはそう難しくない。死んでなければね」

「じゃあ、怪しい奴が来たらぶっ飛ばしておけばいいんだな?」

「その怪しい奴をどう特定するか。そこが重要なの」


 このカイナ村には冒険者ギルドや宿もなく、訪れる冒険者は少ない。アイリーンやエルメダ、アンデ達のような者は稀だ。

 つまりここに流れ着く者は大体、訳ありだが黒と断定できる根拠はない。

 だからこそ、カノエはまず警備態勢を強化しようと提案した。ドルガー達だけではなく、狩人達も当番制で村の警備に当たってもらう。

 特にアイリーンは冒険者に詳しく、カノエならば生半可な誤魔化しは通用しない。刺客かどうか、より見抜ける可能性が高まる。

 そう聞いた一同の大半は安心した。しかしアイリーンはまったく楽観視していない。

 彼女が想定する刺客ならば時に大胆に、時に狡猾に仕掛けてくるからだ。


「……皆、これから情報の共有を行いたい。今から私が挙げる人物は黒い噂が絶えない連中だ。極力、特徴を話すから頭に叩き込んでほしい」


 アイリーンが話した者達は一同に嫌悪感を与えた。そんな者達が狙っている可能性があるというのだから、メディは恐怖で胸が締め付けられる。

 しかし間もなく彼女の手をアイリーンとエルメダが温かく包んだ。その温もりがメディから恐怖心を取り去る。

 根拠はないがこの二人ならどんな相手でも怖くないと感じた。


「反吐が出る奴らばかりだな」

「ドルガー、特に『不死身』のデッドガイと『炎狐』のサハリサは危険度でいえばトップクラスだ」

「デッドガイは度重なる殺人容疑……。フレイムサラマンダーに焼かれたと言われている村は実はサハリサの仕業……。なんでそんなのが冒険者をやってんだかな」

「奴らは冒険者という身分を利用しているに過ぎない。あと一歩のところで証拠を掴ませず、国やギルド側もろくに調査をしないのだ。まったく呆れるよ」


 ドルガーは大きく鼻息を吹いた。獣人の価値観では考えられない者達だった。

 彼らは根が単純で、狡猾な知恵を回す事は少ない。殴る、殴られる。勝つ、負ける。正義、悪。物事を二極化して単純に捉える傾向にある。その基準でいえばメディは正義だ。

 ドルガーが立ち上がって、メディの下へいく。


「心配するな。全部、オレ達の敵じゃねぇ」

「ドルガーさん……」


 ドルガーの大きな手がメディの頭を包んだ。メディはふさふさとした大きな温もりがたまらなく心地よかった。

 敵じゃない。その言葉が慢心ではない事はここにいるごく一部の者達しか気づいていなかった。

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