第43話 メディの悩み

「ほら、そこにグリーンハーブを過剰に入れるといい感じの毒が完成するわ」

「毒の調合じゃありませんっ!」


 メディは薬屋に併設しているアトリエにて、ポーションの調合に勤しんでいた。

 リラックスハーブティーを飲みながら没頭するところだが、メディは身が入っていない。

 カノエが遊びにきて横から口を出してくるというのもわずかな理由ではある。

 追い出そうにも、相談役として優秀なのがある意味で性質が悪かった。


「ブルーハーブから抽出される魔力は魔力の水と比べて少ないけど、代わりに何の成分が抽出できるかわかる?」

「カノエさんが大好きな毒にもなる成分です。特殊なやり方をしない限りはまず抽出されません」

「あららぁ、もうホント素敵ね」

「カノエさんは仕事をしなくていいんですか? アイリーンさんもエルメダさんも、狩人として山に入ってるんですよ」


 カノエはカイナ村でどうやって食べているのか、メディは不思議だった。

 たまにふらっとやってきてはお疲れだからと食事の用意はするが、材料はメディ持ちである。ちゃっかり二人分の食費だ。

 その代わりと言わんばかりに、絶妙にレアな素材を貰えるのだからメディも無碍には扱えなかった。


「私も仕事をしてるわよ。お年寄りの家の掃除をしたりマッサージしたり……。これがまた好評なの」

「そうなんですか!」

「村長はエプロン姿がお気に入りみたいね。私が働くところをずーっと見てるの」

「そう、なんですか」


 メディには村長の行動の意図が理解できなかった。しかし仕事内容そのものは村の需要を満たしている。

 特に高齢者から絶大な支持を集めており、各家庭から引っ張りだこだった。

 更にエプロン姿とメイド服のオプションがあり、これは別料金なのだという。

 合理性の観点からメディは考えるが、何をどうやってもこれには存在意義を見出せなかった。


「メディちゃんも今度やってみる? 案外、受けるかもしれないわよ」

「え、私はいいです……」

「アイリーンさんやエルメダちゃんを誘ってみようかしら。どう?」

「私は薬屋が忙しいのでいいです……」


 カノエは単にメディの邪魔をしているわけではない。メディの手がたまに止まる。

 調合に身が入っていない彼女をカノエは気にかけていた。

 カノエは今日も勝手に食材を漁ってキッチンを借りて何かを作り始める。


「メディちゃん。まずは栄養をつけてね。それと何か悩んでいるなら私でよければ聞くわよ」

「な、悩んでませんよ」

「いつものスピードと切れがないわ。ねぇ、あなたがそんな状態だと、助けられる命も助からないわ。わかるでしょ?」

「……そうですよね」


 メディはリラックスハーブティーを飲んでから一息つく。


「私がいた治療院の患者さんが気になるんです。ロウメルさんからいただいたカルテを眺めているうちに段々とその思いが強くなって……」

「ひどい濡れ衣を着せた人が院長をやっているところね。それはいけないわね」

「私なんかが気にする事じゃないですけど……」

「ロウメルさんはあなたにそのカルテを託した。あなたはどうしたいの?」

「何とかしたいです」


 即答だった。ただし、それが簡単に実現できないのは理解している。一度は解雇された身であり、今はあのイラーザが支配している治療院だ。

 自分一人の力で何ができるか。考えたところで何もできないのだ。

 助けなければいけない人達がいる事実を認識するほど、メディは胸が締め付けられるような思いをする。

 カノエはそんな健気なメディに寄り添った。


「あなたは本当に馬鹿ね」

「そ、そうですよね……。私なんかが心配する事じゃ……」

「あなたはいつも笑顔でポーションを差し出すけど、自分の感情には無頓着ね。無理をしていたんでしょ」

「無理なんか……」


 メディは涙を堪えていた。

 自分が元気でいなければ、とカノエが言うように明るく振る舞っていたのだ。

 カノエはメディの薬師としての実力は認めているが、その力は時に身に余るかもしれないと考えていた。

 大きすぎる才能を持つせいで、すべてを背負いすぎる。持つべき者の宿命でもあり、潰れる者は数知れない。

 カノエはメディの肩に手を置いて微笑む。


「もっと周りを頼りなさい。あなたに助けられている人達を軽んじたらダメ。周りを見ればたくさんいるでしょ」

「そ、そう、ですね……」

「ロウメルさんも人が悪いわね。こんなものをメディに託すなんて……」


 カノエはカルテを手に取った。そこに書かれている患者の症状、治療薬。これだけの成果を残しながら、今の院長はメディを追放した。

 カノエもまた滅多に見せない感情を表に出しつつある。しかし露出してしまえば、かつての自分に戻ってしまう。

 カノエはメディを認めているからこそ、後悔させたくなかった。


「メディ、この件は村長に相談するわ」

「ど、どうしてですか?」

「これは村が一丸とならなきゃダメなの。アイリーンさんとエルメダちゃんにも声をかけるわ」

「んん?」


 メディの願いを叶える前にカノエは障害を想定した。メディから聞いた情報を加味すれば、院長の座についた人物では毒物事件を隠蔽などできない。

 杜撰な状況下にある治療院の悪評は広まり、そうなれば町長がまともな人物であれば捜査が始まる。

 追いつめられた人間がどう暴走するか、カノエは予想していた。


「メディちゃん。少しだけ待っていてね」

「はい……?」


 カノエはこれから起こり得る事態を考えつつ、完成した昼食をテーブルに並べた。

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