第42話 クルエの足掻き

「ク、クルエさん!?」


 治療院に勤めている従業員は現在、自宅待機中である。夜になるのを待ってクルエはイラーザの屋敷を抜け出すと、同僚の自宅へ向かった。

 警備隊に見張られている可能性も考えたが思いの他、すんなりと移動できて彼女は胸を撫で下ろす。ちょろい、などと舌を出す余裕さえあった。

 クルエが訪ねたのは自身に次いで、イラーザから信頼されていた女性看護師だ。突然の訪問者に女性は目をしばたかせる。


「パメラ。今、どういう状況かわかるわね」

「は、はい。私達全員に毒物事件の容疑がかかっていて、町長は徹底的に真相を突き止めるつもりなんですよね」

「そう、このままでは私もあなたも巻き添えよ」

「でも、それは指示に従ったからであって……」


 クルエがパメラの頬を叩く。治療院内では大柄な彼女の力は強い。

 パメラが涙目になって倒れてクルエを見上げた。


「今更、何を言ってるの? 私もあなたも証言をでっち上げてメディを見送った。同罪なのよ」

「ち、違うわ……私は悪くない……」

「処刑を免れたとしても無期限の強制労働くらいは待っているかもしれないわ。そんなの嫌でしょ?」

「どうすれば……」


 クルエは額から流れる汗をテーブルクロスで拭う。パメラは当然、咎めなかった。


「イラーザさんは冒険者に殺しの依頼をした。ターゲットはロウメルとメディよ」

「はぁ……!?」

「あの二人を殺せばすべてを隠し通せると考えているのだけど、さすがにリスクが大きすぎる。あの人は完全に暴走してるのよ」

「そんなの私に関係ない!」


 二度目の平手打ちでパメラはまたも床に倒れた。更に脇腹に蹴りを入れて過激な暴行を加える。

 何度目かの暴力を終えるとパメラは抵抗の意思をなくした。


「私ね、こう見えても昔は冒険者だったの。割に合わなくて引退しちゃったけど、逆らわないほうが賢明よ」

「う、うっ、ぅ……」

「いい、パメラ。あなたに選択肢なんてないのよ。あなたは私と一緒に町長の下へ来てもらうわ」

「それで、どうしろと……」

「私達はイラーザに脅されていた。そう証言しなさい。一人より二人よ。もちろん他の連中も従わせるわ」


 暴力に屈したパメラはそうするしかないと悟った。クルエの言う通り、このまま捜査が進めば無罪ではいられない可能性が高い。

 そうなる前に真摯な態度を見せて、情に訴えれば減刑に繋がると思った。パメラは泣きながら、クルエに従おうと心に決める。


「わか、りました……」

「イラーザはやりすぎた。さすがについていけないわ。すぐにでも」


 窓ガラスが割れた。二人が振り向くよりも早く飛び込んできたのはデッドガイだ。そして後からゆっくりともう一人、入ってきた。


「あ、あぁ……な、なんで……」

「クルエさんよ。寝返りはさすがに害だぜ。なぁ、イラーザさん」

「えぇ、本当に……。クルエ、あなただけは信頼していたのに残念だわ」


 デッドガイの後ろに立つのはイラーザだ。

 クルエは己の認識不足を呪った。長年、イラーザに従っていた自分が出し抜ける相手ではないのだ。

 腐っても治療院である意味、ロウメル院長時代に権力を握っていた人物である。彼女は自分の離反すらも見抜いていた。悔やんだところですべては遅い。


「ここで台無しにされちゃ金が貰えないからな。他の雇われた連中は考えなしに動いてるが、俺は見逃さねぇ」

「ぐ、ぐぐ……キエェェーーッ!」


 クルエが懐から取り出したナイフでデッドガイの心臓を突き刺した。デッドガイの身体が揺れてそのまま倒れ――


「ないんだな、これが」

「え、えッ……!」


 デッドガイがケロリとして、ナイフを引き抜いて放り投げた。血が出ている様子もなく、クルエはいよいよ歯の根がかみ合わない。


「俺は不死身なんだよ。不死身のデッドガイって聞いたことねぇか? ないな、うん。自称だからな」

「ば、ばば、化け物……!」

「ひでぇなぁ。俺だって言葉で傷つくし、野糞はしねぇ。立派な人間だよ」

「うあわわわ……」


 不死身のデッドガイ。元はクルエが雇った人物だが、詳細までは把握していなかった。

 ただし噂については聞いている。どんなパーティに所属しても、彼だけは必ず生き残った。

 デッドガイ以外のメンバーが死んでも必ず帰還する。そう、必ず誰かしらが犠牲になるのだ。

 たとえ経歴に傷がつこうと、報酬だけがデッドガイの懐に入る。それが三級止まりの要因だった。


「そう怖がるなって。俺を殺せる奴なんかどこにもいやしねぇんだ。慣れてるからよ、怒ってない怒ってない。イラーザさん。この後、どうするんだ?」

「そうねぇ。殺してもらうわ」

「ひっ!」


 逃げようとするクルエとパメラをデッドガイが捕まえる。片手に一人ずつ、首を掴まれて床に叩きつけられた。


「二人の居場所の見当がつきますぅッ!」


 デッドガイが武器を取り出したところで手を止めて、イラーザに目で指示を求めた。

 ふぅ、とため息をついてしゃがみ込んだイラーザがクルエの頭を撫でる。


「じ、実は……私も、気になっていて……。調べたんですよぉ……」

「へぇ、それでどこにいるの?」

「さ、最後に、メディを見たのは……魔導列車の駅、クムリタ方面行きの、列車に、乗車したって……」

「どこの情報なの?」

「元患者です……。世話になった礼を言おうと、声をかけようとしたけど……間に合わなかったって……」


 イラーザは深呼吸をして、涙で床を濡らすクルエを見下ろした。

 これだけで特定は困難だ。大した証言ではないと、イラーザは再び殺しの指示を出そうとした。


「それだけわかりゃ何とかなるかもな」

「あら、本当?」

「女で十五かそこらの薬師だろ? これだけの特徴がありゃ、本人がひた隠しにして歩いてない限りはどこかしらに痕跡がある」

「そういうもの?」

「ていうかイラーザさんよ。こいつらを殺したら事態が悪化するぜ。要するにガキの薬師とジジイの治癒師を殺せばチェックメイトなんだろ? だったらそれまで大人しくさせようぜ」

「……それもそうね」


 デッドガイの提案に納得したイラーザは二人を生かして監禁する事にした。

 ただし二人はイラーザの屋敷へ連れていかれる事になる。何せ警備兵の監視が思ったより緩いのだ。

 ここまで縦横無尽に動けるとは思えず、イラーザは笑みを止められない。

 現時点でパメラの自宅付近に一つの影があったが、誰も気づかなかった。

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