第33話 イラーザの殺意
町長達による調査は徹底していた。聞き取り調査だけではなく、治療院内にあるすべての物品まで調べ上げている。
調査の間は従業員達は一か所にまとめられて、指一本の動作も許されない。果てには私物のチェックに至るまで抜かりなかった。
結果、イラーザを更に窮地に追い込む出来事が起こる。自分の息がかかっていたと思われる従業員の何人かが、イラーザに不利な証言をしたのだ。
何故、そのような事になったのか。町長はイラーザの圧政を見越して、彼ら彼女らに別の就職先を斡旋していたのだ。
こうして調査の結果、治療院は一時的に閉鎖となる。自宅にてイラーザは頭を抱えていた。
「クソッ! あのガキども! 恩を仇で返しやがって! この私によくもっ!」
「イラーザさん。あの連中は町長の脅しに屈したのです。町長権限で町から追い出すとまで言われたようですよ」
「よくもそこまで……。おかげで治療院は一時閉鎖、患者は町長預かり……。あのクソジジイ、さすがロウメルと同類なだけあるわね」
「幸い毒物事件については真相に辿り着けなかったようですが……。この後、連中がどう出るか」
イラーザは何本目かわからないボトルを開ける。すかさずクルエが使用人のごとくグラスに注いだ。
クルエもまた歯ぎしりをする。今を風靡する治癒師推進制度に乗ってイラーザと共に出世する夢が断たれつつあるのだ。
その為に奔走して護衛を集めたというのに、これでは意味がない。
「証拠さえなければ調査も進展しません。そうなれば、逆にあちらが不利となるでしょう」
「そうね。証拠もないのに毒物だなんて騒いでるんだもの。そう考えれば、連中もやや勇み足だったようね」
「つまりこれはチャンスですよ。もし潔白となれば、あの憎き町長を引きずりおろせるかもしれません」
「それよ、クルエ! さすがね!」
逆転の芽を見つけたイラーザがクルエを称える。さっそく次の手を考えたところで証拠に目をつけた。
「後は決定的証拠さえ掴ませなければ……」
「証拠となるのは毒ですね。これに関しては私がきっちりと処分したのでご安心ください」
「じゃあ、残る不安材料は……」
「寝返った連中もいることですし、人的要因も見過ごせません。すでに私達に不利な証言をする連中もいますからね」
「……クルエ。一つ考えがあるの」
イラーザが赤ら顔でニンマリと笑った。手持ちの札だけでこの状況を好転する手段を思いついたのだ。
ただしそれにはリスクが伴う。イラーザも承知しているからこそ、自宅内ですら声を潜めていた。
「寝返った連中の名前はわかる?」
「はい。個別に聞き取り調査をしていたようですが、事前に把握済みです。前々から反抗的な態度が見え隠れしていましたからね」
「そう。それなら、その連中を消しましょう」
「け、消すとは?」
「決まってるでしょう。殺すのよ」
ワイングラスをゆるりと揺らしたイラーザは悪女そのものだった。
さすがのクルエもリスクを考えれば、すぐには賛同できない。しかし今更、後戻りするという選択はなかった。
ここで成功すれば、クルエはイラーザと共に身の潔白が証明される。町長はいらぬ嫌疑をかけたとして、住民から非難を浴びる。
逆転した先には出世街道が見えているのだ。今を謳歌する治癒師協会の中枢にまで入り込めば、先の人生の不安などなかった。
とはいえ、実行に移すにはいくつかの壁がある。その上でクルエはもっともリスクが低い選択をイラーザに提案する事にした。
「しかし今は全員、自宅待機中です。一人ずつ、消すとなると難しいですね。その上でイラーザさん、まずは最重要人物のみ消すのはどうでしょう?」
「最重要人物?」
「えぇ、まず一人はこの町を去ったロウメルです。行方不明ですが、放置したのはまずかったと反省しています」
「何故かしら?」
「彼はあのメディに肩入れしておりました。毒物事件についても懐疑的に見ており、そうなればどのような行動に移るか……」
「まさか!」
イラーザは大きく舌打ちした。あのロウメルにそこまでの行動力があるとは考えていなかったのだ。
社会的地位がなくなれば大人しくなると安易に考えていたが、クルエの発言にも一理ある。早い段階で徹底的に追いつめるべきだったのだ。
「あのジジイ、今はどこにいるのかしら?」
「雇った者達に行方を探らせます。どこかで野たれ死んでいればいいのですがね。そしてもう一人……」
「もう一人ですって? あ……」
そのもう一人こそが、かつてイラーザの目の上のたん瘤だった人物だ。
愛想を振りまく八方美人の小賢しい小娘、若いというだけでちやほやされていた勘違いしたガキ。罵倒など無限に沸く。
「えぇ、メディです」
「あのガキこそ、どこにいるのよ!」
「落ち着いてください。実は私も気になっていましてね。魔導列車の駅での目撃情報があります」
「魔導列車でどこに行ったのよ!」
「世話になったと言っている元患者が声をかけようとしたみたいですが、行方までは……」
「さっさと探しなさい! その患者に吐かせて、行先を特定しなさい!」
イラーザは髪を振り乱してワイングラスを壁に投げつけた。
彼女自身、何故かわからないが言い知れぬ不安に襲われている。メディの笑顔が脳裏にちらつき、今度はテーブルを蹴り上げた。
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