第30話 ワンダール公爵 2
「よし、それならここでポーションを調合してみろ」
ワンダールが立ったままメディを見下ろす。怒気すらはらんでいるかのようなその声だが、メディも負けてない。
その瞳はワンダールの毛先に至るまで、すべて捉えている。エルメダは時々思う。明るく愛嬌がいいメディだが一瞬だけ見せるその瞳はすべて見透かしているのではないか、と。
事実、メディにはワンダールのたった一つの異変を見抜けている。
体質、体調、病。相手が獣人であっても、その観察眼は健在だった。
「ワンダール公爵がお飲みになるものですか?」
「そうだ。だがな、オレはあいにく健康だ。体力だってまったく衰えない。そんなオレに飲ませるポーションなんかないだろう?」
「ありますねぇ」
ワンダールが獣耳をぴくりと動かす。ワンダールは一瞬で意図を見透かされた気がした。
健康体である自分がポーションを飲んでも何も実感できない。何も癒されない。そんな自分に効果を実感させろと言うつもりだった。
ただの虚勢と見るには、メディの臆さない態度が不可解だ。ワンダールは牙を見せて笑う。
「それならぜひ、いただこうか」
「はい! お薬、出します! それでは失礼しますね!」
メディがワンダールの身体に触れる。獣人とは初めて触れるが、改めて体内の異変を確信した。
ふわりとした毛の感触の奥の奥、異変はそこにある。
「うまいポーションを頼むぜ」
うまいポーションというフレーズもワンダールの意地悪だ。酒飲みである自分であれば、味さえよければ満足すると思い込ませようとした。
しかも彼は素材の提供を行わない。手持ちの素材だけでの勝負を強要させているのだ。
ここまで攻めればさすがに怖気づくだろうと高をくくっていたワンダールだが、メディの表情はより花開く。
「グリーンハーブはこれだけ必要ですねぇ」
「お、おい! さすがにそりゃ使いすぎじゃないのか!?」
ワンダールは思わず声を上げた。メディが取り出したグリーンハーブの量が多すぎるのだ。
毒消しとして名高いグリーンハーブを大量使用する意図がまるで見えなかった。メディはワンダールに返答せず、調合釜を取り出す。
その調合釜にワンダールは驚かされる。調理道具や厨房で料理人としての実力がわかるように、その調合釜は汚れ一つなく美しい。
使用する道具の手入れを怠らず、仕事に対する姿勢がよく表れている。それだけでメディの薬師としての力量、人となりが窺えた。
「グリーンハーブとレッドハーブを調合! グリーンハーブとレスの葉を調合!」
「そりゃこの町で売られているレスの葉じゃねえな」
「そうです。数少ない手持ちですが、ワンダール公爵のご病気を治すなら必須なんです」
「オレの病気だと!?」
生まれてから風邪一つ引かず、傷などよほどでなければ一日で癒える。自分ほど病という概念から遠い者もいないとワンダールは自負するほどだ。
だからこそメディに無理難題を吹っかけたのだが、ポーションは完成に近づく。
その手際にワンダールは目が釘付けだ。調合は少しの力加減と手元の狂いで台無しになる。人間の視力を上回るワンダールの目をもってしても、メディの所作に無駄がない。
並みの薬師であれば、現時点で半分も製作工程を終えていないだろう。間もなく完成するポーションをワンダールは気がつけば心待ちにしていた。
「ぬうう……。これほどの手腕の薬師などかつていたか」
「メディのポーションを飲んでいただければ、きっとお認めになってくださると思います」
エルメダが期待値を上げるが、メディを信頼しているからこそだ。
やがてワンダールの指示で使用人に瓶を用意させた。メディが瓶に注いだポーションが光に反射して宝石のような輝きを見せる。
「どうぞ!」
「説明はないのか?」
「飲んでいただいたほうが納得していただけると思います」
驕りか、それとも。ワンダールは瓶に口をつける。喉を通過するその液体は刺激的だった。
「こ、これは!?」
「ワンダール公爵!? 何か!」
「カノエ、心配するな!」
喉に感じるそれは確実に刺激だが心地いい。すべて飲み尽くすのが惜しいほどの美味だった。
「これはまるで発泡酒のようだ!」
「発泡酒とは違います。その刺激はワンダール公爵にとって必要なものです。それとおトイレに行ったほうがいいですよ」
「ぬぅ!? うぐぐぐぐっ!」
ワンダールが部屋を飛び出す。何事かと追う姿勢を見せたカノエだが、すぐにメディに敵意の眼差しを向ける。
エルメダも負けじと睨み返して、メディを庇った。
「ねぇ、あの方に何を飲ませたのかしら?」
「ワンダール公爵の体内にはよくないものがいます。それを駆除するポーションです」
「よくないもの?」
「はい。口で説明するより、ワンダール公爵に実感していただいたほうが早いです」
戻ってきたワンダール公爵がふらついていた。かつて見たことがない主の様子に、カノエは息を飲む。
「ワンダール公爵!」
「カ、カノエ……」
「一体どうされたのですか!」
「なるほどな……」
ワンダールがソファーに腰を落ち着けてからクククと笑う。門番の時は冷静でどこか人を嘲るような態度だったカノエが完全に狼狽えていた。
何が起こったのか理解できずに彼女はメディを凝視する。ベイウルフすらも躊躇させるその眼光だが、メディは満足そうにニコリと笑って返した。
付き添いのエルメダも当然といった態度だ。その瞬間、カノエは己の鑑識眼が正しくなかったと悟る。
少なくとも自分ごときで計れる少女ではない。カノエもまたフフフと笑った。
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