第28話 門番の挑戦
「私はカノエ、ワンダール公爵に近づく不届きな人を追い返すのが仕事なの」
まるでメディ達がそうであるかのように、カノエは皮肉を込めた。上機嫌でカノエは装束の内側から瓶を取り出す。
ドス黒い紫色に染まった禍々しい液体が入っていた。全員が眉をひそめて、その液体に嫌悪感を抱く。
「私の趣味は毒薬の生成でね。本業もそうなんだけど、すっかりハマっちゃったの」
威勢がよかったベイウルフも、カノエに引いている。彼も実力者である以上、カノエの得体の知れなさを警戒していた。
仮に争いになった場合、勝てるかどうか。賞金額だけで半生は遊んで暮らせる賞金首を葬ってきたベアウルフでも、カノエには関わりたくないと感じていた。
「毒って素敵よね。生物の身体はあらゆる侵入者を撃退できるように作られているのに、それを簡単に壊すのよ。そうはならないように作られたはずの身体なのにねぇ……」
カノエが楽しそうに笑う。瓶を指でつまんで揺らして、液体の動きにうっとりしている。
公爵家の門番とはいえ、いささか物騒ではないか。一同のほぼ誰もが思うことだ。
エルメダがメディの手を引っ張る。
「なんか危ないよ、あの人」
「うーん……」
カノエはメディに微笑んで、瓶を握らせる。
「テストはね。この瓶に入っている毒を中和して飲むこと。でもこれだけじゃフェアじゃないわよねぇ。これはタツマビキといってね。竜を間引く、だったかしら? そんな由来を持つ毒なの」
「ドラゴンも殺す毒ですね。知ってます」
「そう、一滴で数百人は殺せると言われている毒よ。あ、でもね……」
カノエがまた笑みを浮かべる。もういい加減にしろと一同には不快感が募っていた。
「それだけじゃつまらないでしょ? だから私なりに少し改良したの。タツマビキ改ってところかしら」
「あの猛毒を更に!?」
「これはいわばあなたと私の勝負よ。無事、毒を中和されたら私の負け。でもそうじゃないなら……」
溜めたカノエはメディの耳元で囁く。
「あなたは、見た人が誰にも話したがらない逝き方をする」
そのどこか妖艶な囁きは近くにいたエルメダの耳にも入った。どう考えても受けるべきではないとエルメダがメディを止めようとした時だ。
「わかりました」
「メディ!」
「エルメダさん。大丈夫です、私は薬師です」
エルメダは自身の心臓の高鳴りを感じるほど緊張していた。カノエから瓶を受け取ったメディは調合釜をバッグから取り出す。
気を利かせたカノエがいつの間にかテーブルを用意していた。ニコリとほほ笑んで、どうぞと無言で促す。
「ありがとうございます。では始めますね」
「えぇ、どうぞ」
エルメダは葛藤していた。ここでメディが死ぬようなことがあってはならない。
薬師としての損失もそうだが、何よりエルメダはメディのおかげで立ち直ったのだ。
恩人でもあり、厚かましくも友人でいたい。そんなエルメダにとって、友人を死地に見送るなど出来ない。
エルメダが今一度、メディの腕を握って止めた。
「やめて。こんなことまでする必要ないよ」
「エルメダさん、心配してくれて嬉しいです。でも私を信じてください」
「タツマビキの原料になる草が群生している場所には魔物一匹いないと言われてるんだよ! こんな悪趣味な人を雇ってるワンダール公爵も普通じゃない!」
「……大丈夫ですっ!」
メディが瓶を開封する。そして一同が見守る中、メディは口をつけて一気に飲んだ。
「なっ!?」
「……メディ!?」
メディがふらりとテーブルにもたれかかる。青ざめたエルメダがメディを支えて叫んだ。
「メディ! メディーー!」
「あらあら……」
「あんたッ! あんたのせいだ! 殺してやるッ!」
ベイウルフにも動じなかったカノエが始めて構えた。エルメダから放たれる魔力に、腕に覚えがある冒険者も慄く。
町全体を包み込んで圧倒するかのように、エルメダの魔力は瞬時に膨れ上がった。
ベイウルフは唯一、防御姿勢を取ったが他の者達は逃げ腰だ。が――
「おはようございます」
「え?」
メディが上体を起こして、ケロリとしている。全員、目が点だ。
「メ、メディ。生きてたの?」
「これ、フルーツジュースです」
「ふるーつじゅーす?」
「毒なんか入ってませんよ」
エルメダの怒りの熱が急速に下がる。よっこいしょ、とメディが調合釜を片付けた。カノエも武器を収める。
「ふぅ、見事ね。バレバレだったかしら?」
「すぐにわかりました。それに本物のタツマビキなら、そんな瓶で管理できません。栓から漏れ出た臭気だけで人体を破壊します」
「うふふふ! ご名答! じゃあ、倒れてみせたのは私への当てつけ?」
「少しだけ意地悪したくなりました。だから二度とこんな事はしないでくださいね?」
メディの目は珍しく笑っていなかった。偽物とはいえ、カノエは毒を遊び半分で誇示したのだ。
薬品、ましてや人の命を奪う毒に対する姿勢として正しくない。悪ふざけでは済まないのだ。
メディでなければ、中和を試みただろう。或いは諦めて引き下がっただろう。そんな薬師の努力をあざ笑う行為でもある。
「約束です。皆さんをワンダール公爵に会わせてあげてください」
メディの声は低かった。エルメダも、ここまで感情を見せるメディを見たことがない。
いつも笑顔で薬を出してくれる優しい薬師さんがそこにいないのだ。メディにここまでさせたカノエにエルメダは怒りを再燃させる。
「カノエさん。今回はメディに免じて許すけど、次にこんな事したら殺すからね」
「えぇ、私もぬるま湯に浸かっていたせいね。本物の怪物を見極められなかったわ。ごめんなさい」
頭を下げながら、カノエはメディに言い知れぬ感情を抱いた。
いくら偽物だとはわかっていても、普通は少し躊躇するはずだ。万が一という可能性もある。
自分の目と鑑定結果を疑いもせず、メディは偽の毒を飲んだ。その精神を冒険者の等級に換算するならば、一級と遜色ない。
「ではどうぞ」
カノエはメディから意識と視線を逸らせなかった。
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