第26話 牙城崩壊の兆し
イラーザは院長席にて至福の時を過ごしていた。院長の座についてからは治療院内を徹底して彼女なりに改革したのだ。
自分の意にそぐわない者の解雇、治癒師協会から新たな人材の派遣。支部長のレリックに気に入られたイラーザはすべてが思いのままだった。
苦言を呈する患者は即退院させて、違約金まで支払わせている。
当院の方針に従わない場合、違約金をいただきますと予め患者に約束させていたのだ。
「イラーザ院長。まさに順風満帆ですね」
「当然よ、クルエ。あの老いぼれロウメルのやり方じゃいずれこの治療院は潰れていたわ」
「まったくです。イラーザ院長のような先見の明があるお方こそがトップに立つべきだったのです」
イラーザに気に入られたクルエは昼間から仕事もせず、院長室で談笑していた。
すべての従業員はイラーザに気に入られるかどうかにかかっている。仕事の成果よりも媚びが重視されるのだ。
「フフ……。そういえば、あのロウメルはあれからどうしたのかしら?」
「噂によると、この町を出たようですよ」
「そう、いい気味ね」
不当解雇を受けたロウメルだが、噂が広まって自宅へ押しかける者達が続出した。耐え切れず、ロウメルは町を出る。
イラーザは酔いしれていた。これで自分に歯向かう者などいない。この牙城を拠点にして、いずれは治癒師協会の支部長の座につくとほくそ笑んでいる。
自身の回復魔法を確かなものだと信じていた。
「ところでブーヤンはどうしますか? 彼の薬はあまり評判がよくないようです」
「あれはあれで忠実よ。私に歯向かわなければそれでいいの」
「確かにイラーザ院長となってからは真面目に勤務していますね。これもりイラーザ院長の人徳によるものでしょう」
「フフフ……。ところでクルエ、護衛の手配はどう?」
「えぇ、こちらもすでにほぼ完了しております」
怒った患者の中には腕が立つものがいる。治療院内で暴力行為に及ばれては厄介だった。
更に冒険者を雇って押しかけてくる者がいては、イラーザも居心地がよくない。クルエを使って、イラーザも護衛を雇うことにしたのだ。
当然、これらの経費は治療院の予算を使い込んでいる。
「すでに七名を雇っておりますが、聞けば驚きますよ。一級冒険者もおります」
「一級!? それは素敵ねぇ!」
「どこかの貴族に雇われていたらしいのですが、仕事に失敗して見限られたそうです。でも腐っても一級ですよ」
「えぇ、何でもいいわ。さすがはクルエ、よくやったわ」
イラーザは自身の地位を盤石たるものにしたと確信した。この治療院はイラーザにとって牙城であり、荒らす者には容赦しない。
徹底した反対勢力の排除は彼女にとって何よりの愉悦だ。護衛の雇用により、治療院内には人相が悪い者達が闊歩している。
まともな患者はより近づかなくなっていた。そんな時、院長室のドアがノックされる。
「イ、イラーザ様! 町長がお越しです!」
「町長?」
ドアの外で看護師が叫ぶ。
追い返そうと考えたイラーザだが、さすがに無視できる相手ではないと判断した。
渋々通すと、町長の他に数名の護衛と見知った男がいる。初老の町長はイラーザを見るなり、目を強く細める。
「町長、こんにちは。今回は」
「挨拶はいい。このダストンが世話になったそうだな」
「ダストン……?」
イラーザは思い出した。以前、足を怪我した時にクレームを入れてきた男性患者だ。
ロウメルに退院手続きをとって強引に出ていった時のことを思い出す。
「彼はうちの庭師でな。話はすべて聞いた。この治療院では足の怪我すらもまともに治療できないようだな」
「お言葉ですが町長。すべての患者を完治するというのは現実的には難しいです。だからこそ時間を」
「その類の言い訳もダストンから聞いたよ。隅々まで聞いたところ、この治療院では毒殺未遂事件があったそうだな」
「そ、それは……」
イラーザは冷や汗をかいた。以前、軽んじた男が町長の自宅の庭師だったのだから雲行きが怪しくなる。
「そ、その首謀者であるロウメルはすでにこの治療院を去っております」
「ほう、あのロウメルがな。しばらく見ないと思ったらそんなことになっていたのか」
「お、お知り合いですか?」
「あぁ、旧知の仲だ」
「それは……それは……」
イラーザは必死に言葉を探っていた。この町長は何が言いたいのか。何をしようとしているのか。
さすがに相手が町長では手荒な真似はできない。しかもそこに護衛もいるのだ。
三十年も勤務していたイラーザだが、ロウメルの交友関係などまるで知らなかった。
「私に一言の相談もなく、あいつは行方をくらました。それにこの治療院の評判は聞いている。ハッキリ言って最悪だ」
「そ、そ、それで私どもはどうすれば?」
「毒殺未遂事件の真相を洗い出す。協力してもらうぞ」
「真相!?」
「ここに以前いた薬師を知っておるな?」
町長の眼光にイラーザは完全にたじろいでいた。
「彼女の薬には私も世話になってな。慢性の腰痛が治った時には何度も礼を言った。ところが今は訳の分からん薬師がその席にいる。礼を知らん男で、さすがに頭にきたよ」
「ブーヤンに、会ったのですか……」
「あの男はともかくとして、すべて話してもらうぞ。よもや誤魔化せるとは思ってないな?」
「ごまかすなんて、とんでもない……」
イラーザはクルエに目で指示を出した。そそくさとクルエが出て行こうとするが、すぐに止められる。
「待て。よからぬことをされてはせっかくの調査が台無しだ。すでに他の者達にも待機させておるよ」
「な、なにかの間違いです……」
証拠の類はないはずだ、イラーザは何度も自分に言い聞かせている。口を割りそうな人間はすでに解雇しており、残っているのは自分の息がかかった者ばかり。
ばれる要素などない。そう思い込もうとしていたが、イラーザの中から一抹の不安が消えずにいる。それはやはりこの場にいないロウメルとメディのことだった。
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