第25話 魔導列車緊急停止 2

 冒険者達は我が目を疑った。エルフとはいえ、小柄で子どものような外見の少女がトロルをまとめて討伐していく。

 その魔法の精度は味方を一切巻き込まず、光の軌道を描いて敵だけを狙い撃っている。

 警備隊も車掌も乗客も、魔物に襲われているのにまるで演劇でも観賞しているかのようだった。


「なんだよ、ありゃ……」

「あんな魔法、見たことないぞ!」

「あのトロルの皮膚なんかものともしてねぇ!」


 冒険者達はメディの汎用ポーションを飲んだ後も、エルメダの魔法から目を離せない。

 トロルは王国騎士団や宮廷魔導士団ですら手を焼く難敵だ。単体では三級ということもあり、これだけなら脅威とならない。

 しかしトロルは群れるのだ。五級のゴブリンやハンターウルフのような下級の魔物とは違う。

 三級という等級で群れる魔物はトロルの他には少ない。しかも魔道列車を襲っているトロルの数は異常だった。

 

「皆さん、列車の中に避難しましょう!」

「そういう君はどこへ行くんだ!?」

「私はここでトロルが入ってこないようにします」


 メディが言った矢先にトロルが向かってくる。冒険者達は構えるも、メディがスプレーを取り出した。

 トロルに噴射したところで、巨体が止まる。眩暈を起こしたかのように揺れて、ドシンと倒れた。

 痙攣して嘔吐までしており、冒険者は新たな異常事態に頭の中で処理が追いつかない。


「なんだ、今、トロルに何をしたんだ?」

「グリーンハーブを使った毒です。本当は殺す薬なんか調合したくないんですけど仕方ありません」


 メディの発言から、冒険者達は彼女が薬師であることを察した。

 このご時世に薬師などと嘲るところだが、メディは三級のトロルをものともせずに殺してしまったのだ。

 ようやく理解が追いついた時、冒険者達は震えた。


「ト、トロルを瞬殺する薬なんて聞いたことがないぞ……」

「あ、そうです。危ないので離れていてください。少しでも吸ったら危険です」

「ひえぇぇぇ!」


 冒険者達が一目散に魔導列車に避難した。その一部始終にエルメダが、ひゅうっと口笛を吹く。

 この世でもっとも怒らせてはいけないのは誰か。その気になればあらゆる暗殺を可能とするポテンシャルをメディに見出した。

 治癒魔法ではとても不可能な芸当だ。薬という奥深い概念をエルメダは目の当たりにしたのだ。


「さてと、ついに大ボスが動き出したってね」


 エルメダ無双に腹を立てたトロルキングが、手下を足で薙ぎ払う。額に浮かぶ血管が怒りを物語っていた。

 さすがの警備隊も身じろぎして動き出せない。彼らが対処できるのはせいぜい三級までだ。

 魔導列車を止めるほどの魔物に襲われる事態にほぼ前例がないため、警備隊への予算はそこまで多く割かれていない。


「ふごっふ!」

「なんて?」

「ふんごがるばがぁぁぁ!」

「こわっ!」


 トロルキングがエルメダに向けて拳を放つ。が、巨体の肩ごと消滅している。


「ふげごっ!?」

「そんな図体で居座られたら列車が発進できないからね」


 エルメダが片手に魔力を集中させて、トロルキングが光に怯える。

 ここにいる者達は真の意味でエルフという種族の恐ろしさを理解していなかった。

 魔法と魔力に長けた種族、ここで知るのは概要だけではない。


「跡形もなく消えてもらうよ」


 その光はすべての者を畏怖させる。メディですらギュッと身を引き締めて、冒険者達は身を寄せ合っていた。

 警備隊も後ずさりして、構えすら解いている。


大光線メガレーザーぁぁぁぁーーーーーーー!」


 傍目からは光がトロルキングの巨体を包み込んだようにしか見えない。

 光と共にトロルキングが断末魔の叫びすら上げずに消えていく。光が収束した時、レールの上に落ちたのはトロルキングのかすかな残骸だった。

 レールへの影響を考慮して、エルメダはトロルキングの巨体のすべてを破壊しなかったのだ。


「ふぅー……これで全部、片付いた? よね?」

「もうトロルは討伐されたようです。お疲れ様です」


 メディがひょこっと列車から出てエルメダを労う。平静でいられるのはメディのみだ。

 冒険者、車掌、乗客は何を見せられているのかと己の正気さえ疑う。トロルキングは二級の魔物であり、大規模討伐レイドクエストが出される化け物だ。

 本来であれば、魔導列車はここで止まっていた。皆殺しにされて国が腰を上げる事態だったが、たった一人の魔導士が解決してしまったのだ。

 そんな大事だが当の本人はのこのこと列車に入る。


「ほら、車掌さん。早く列車を動かしてよ」

「へ? あ、えーと……」

「どうしたの?」

「い、いや。終わったんですよね?」

「終わったよ?」


 エルメダの偉業ともいえる討伐だが、本人はどこ吹く風だ。少し前の彼女なら、冒険者として再び返り咲けると喜んでいただろう。

 しかしメディに出会い、アイリーンと模擬戦を繰り返すうちに富や名声よりも大切なものが出来たのだ。

 村での安らぎを覚えた彼女は今や皆殺しと呼ばれた頃のコンプレックスなどない。根が快活故に、引きずらないせいもある。


「早くワンダール公爵のところへ行かないとね」

「はい。車掌さん、列車を動かしてもらえますか?」

「そう、そうだな」


 車掌がようやく動きを見せたが、冒険者達は座席に座ったまま考え込んでいた。

 先程まで護衛依頼の減少を嘆いていた彼らだが、現状はトロルの群れに苦戦する始末だ。

 護衛が務まる冒険者ならば颯爽と対処する。三級に昇級して浮かれていた自分達を恥じた。今の立ち位置を思い知った彼らは列車が動き出してから一言も喋らなかった。

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