第23話 レスの葉と苗木問題
入浴施設の建設現場は村の外れの木々を伐採した場所だ。アイリーンが高速で伐採を済ませたおかげで、工期は大幅に短縮される。
伐採された木々を資材として利用して、オーラス達は設計図を睨みながら慎重に作業を進めていた。進めていたのだが一つ、彼は疑問に思う。
ちょうど視察に来たメディにオーラスが相談を持ちかけた。
「メディ、お前に言ってもしょうがないけどよ。村興しを見越すなら狭すぎじゃねえか?」
「狭いんですか?」
「これじゃせいぜいうちの風呂の数倍程度だ。せまっ苦しい風呂になるぞ」
「確かに……」
メディは先日、アイリーンやエルメダと風呂に入ったことを思い出す。民家の風呂の大きさを考えると、数十倍の広さが必要だと感じた。
そうなればメディの中で懸念事項がある。入浴剤の不足だ。面積が広くなれば、入浴剤を多く必要とする。
畑のおかげでほとんどの素材不足は問題ないが、残るはレスの葉だ。
「しかもな、メディ。村長の設計図によれば、男女の風呂は分けられている。いや、当然なんだけどよ。こりゃ練り直したほうがいいかもな」
「そ、そうですよね! 男性と女性が一緒には入れません!」
「間取りなんかは問題ないんだけどよ。足りないのは面積だな」
「村長さんに相談してみますか?」
「ワシが何だって?」
「ひゃおっ!」
村長がメディと一緒に設計図を覗き込んでいた。
「おぉ、村長。聞いていたなら話は早いわな。拡張するなら建築資材も不足する。土地も広く取る必要もあるしな、こりゃ思ったより大仕事だぞ」
「ううむ、仕方あるまい。出来るだけ手配しよう」
「村長さん。レスの葉が多く必要になるんです。木が生えている場所を知りませんか?」
「レスの葉か……。昔はよく採れたんだがのう」
ポーションの原料となることもあるレスの葉は薬師全盛期において、大量に出回った。
需要の勢いで次々と葉が採られて、木ごと根こそぎ持っていかれた影響でその数を減らしてしまう。魔力水と同じく、今では独占している貴族もいた。
国が推進しているのが治癒師による回復魔法であるが、まだ早計だろうと有識者が異を唱えているのが現状である。
メディはアイリーンに採取してもらうことも考えたが、彼女への報酬と彼女自身の負担を考えれば効率はあまりよくない。
それに不足している建築資材を担当してもらうとなれば、アイリーンのような力持ちに担当してもらう事になる。要するに資材も人員も足りないのだ。
「レスの葉は買うとそれなりに高いんですよねぇ。苗木でも育てたいところです」
「……うーむ。仕方ない。ワシの知り合いに頼んでみるとしよう」
「村長さんの知り合いですか? レスの葉を持ってるんですか?」
「というより木を所有しておる。しかしな、少々気難しいというか……ワシが言うのもなんだが変わり者でな」
村長が渋るほどの人物であれば、メディも気構える。そこへオーラスがガハハと笑った。
「そんなことか。そんなもんあの『極剣』のねえちゃんを連れていきゃ一発だろうがよ。びびって差し出すんじゃねえのか?」
「いや、そんな甘い奴ではない。しかしメディちゃんなら或いは……」
「だったら私、行きます!」
「メディちゃん一人でか? さすがに難しいじゃろう。護衛が必要になる」
メディは戦闘職ではない。道中の身の安全の為にも一人、護衛を必要とした。
アイリーンには資材の仕入れ担当をしてもらう為、選出されたのは――
「お安いご用だねっ!」
「エルメダさん、ありがとうございます!」
「この五級冒険者のエルメダがいりゃ安心だよ!」
五級といえば、ビギナーの等級である。討伐依頼を引き受けられない見習いの六級を卒業したばかりだ。
エルメダには似つかわしくない等級であるが、冒険者事情に疎いメディは気にしない。
ただし村長は額に手を当てて、やや心配していた。
「ま、まぁいいじゃろう。いないよりは遥かにマシだ」
「すごい失礼な発言を聞いた」
「では紹介状を書いてやろう。場所はここより北東のクレセイン、魔導列車を乗り継ぐ必要があるな」
「お店はしばらくお休みですねぇ。汎用ポーションを作り置きしておきますね。私がいない間、ご自由に使ってください」
この村から最寄りの駅がある町ですら距離がある。そこから二本の魔道列車を乗り継ぐとなれば、数日はかかった。
メディは旅の準備をしつつ、わずかに冒険心をくすぐられる。その際、やはり村長が気になった。
これから会う人物を考えれば、とても辺境の村の村長と吊り合わない。などとメディはぼんやり考えていたが、エルメダは仰天していた。
「ね、ねぇ。さすがに会えないんじゃない?」
「がんばってお願いしましょう!」
ワンダール公爵。五大領の一つを統治する国の重鎮だ。王族の中で唯一、国の治癒師推進政策を反対している。
しかしその性格には難があると言われており、たとえ時の権力者であっても門前払いも珍しくないという噂があった。
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