第8話 ハイポーションをお出しします!

「ハンターウルフか」


 アンデは気張って構えているが、アイリーンが大した警戒心を見せていない。群れると厄介だが五級の魔物ならば、今のアイリーンの敵ではなかった。

 ハンターウルフが飛びかかった時には空中で口から尾にかけて、真っ二つとなる。アンデは驚愕して、ハンターウルフの死体から目を離せない。


「す、すげぇ……」

「毛皮はそれなりに有用だが、今は先を急ぐぞ。む……」


 左右に一匹ずつ、ハンターウルフがいた。アンデは再び剣で応戦の構えを見せて、メディは手に何か持っていた。

 霧吹きだ。ワンタッチでそれはハンターウルフに向けて霧状を何かを放つ。


「ギャゥッ!」

「ふー……」


 霧状の何かが放射状になってハンターウルフの鼻っ柱にまき散らされた。目鼻から液体を流して、ハンターウルフはよろめきながら倒れる。

 アンデの手を煩わせず、アイリーンがもう一匹のハンターウルフを片手間で仕留めた。

 感謝の言葉を口にしようとしたアンデをアイリーンが手で遮る。


「お前に死なれたら、場所がわからなくなる」

「そうだよな……」


 一方でアイリーンはメディに質問したくてたまらなかった。何を吹きかけたのか。

 ハンターウルフの惨い状況が、何かとてつもない薬だと物語っている。アイリーンは黙ったものの、アンデは好奇心を抑えられなかった。


「な、なぁ! 今のは何だよ!?」

「グリーンハーブですよ」

「グリーンハーブってあの毒消しの? それでなんでハンターウルフがあんなことになるんだ?」

「いいから先を急ぐぞ」


 アイリーンとしても気になったが、一刻を争う。

 前のめりになって聞きたいのは彼女も同じだ。気にしているのはグリーンハーブという点だった。

 毒消しとして知られているグリーンハーブも、メディの手にかかれば毒の類となる。そんなものを嬉々として作り、使用しているのだ。


「アンデ、忠告しておく。長生きしたければ薬師とは仲よくしておけ」

「お、おう……」


 その昔、薬師が冒険者パーティで活躍していた時の格言だ。薬師と仲違いした冒険者が原因不明の死を遂げたなど、今でこそ笑い話だった。

 アイリーンは二の腕をさする。メディだけは怒らせないようにしようと、その笑顔を見て誓った。

 急ぎ足で山の中を進み、三人はついに目標の場所へと到着する。アンデの仲間であるポントとウタンが、目立たない木陰でぐったりとして倒れていた。


「おい! 生きてるか!」

「アンデ……」

「どいてください!」


 アンデをどかして、メディは調合釜を取り出す。二人の容体を見て、素材の選出を始めた。


「お、お前は薬師の……」

「ポントさんはアンデさんと同じ塗り薬でいいです。包帯の下に塗りましょう」

「い、痛みが……」

「ウタンさんは傷が深すぎますね。それに体質を考えれば刺激が強すぎます。それならこれとこれです」


魔力水     ランク:C

レスの葉    ランク:C

グリーンハーブ ランク:C

ブルーハーブ  ランク:C

オルゴム草   ランク:C


 メディは沸騰した魔力水にレスの葉を投入して高速でかき混ぜた。グリーンハーブを少しだけ千切って、オルゴム草と混ぜて煎じる。

 オルゴム草はアイリーンが飲んだハーブティーにも使った素材だ。血液の流れを平常に保つ草で、肥満体のウタンにはうってつけだった。

 不健康体である彼への薬となれば、体のあらゆる部分に気を配らなければならない。

 グリーンハーブの解毒成分をわずかに加えて、傷口から体内に侵入した雑菌を駆除。レスの葉で治癒効果を活性化させる。

 仕上げにブルーハーブの魔力ですべての成分を体により浸透させたものが一瞬で完成した。


ハイポーション ランク:B


「お薬、出します!」


 メディが差し出したハイポーションをウタンが弱々しく受け取る。口をつけて、彼もまた弱ってるとは思えないほど一気に飲んだ。


「ぷはっ! なんだ、体の痛みが引いていく……!」

「よかったですねぇ! これで一安心です!」

「こ、これがポーションか!?」

「今の素材ランクと私の腕ではこのくらいのものしか出来ませんでした。ハイポーションは難しいんですよねぇ」

 

 アイリーンは冷や汗をかいた。その昔は安価だったハイポーションだが今は事情が違う。

 この治癒師全盛期において、まともなハイポーションを手に入れるとしたら一般人の数ヶ月分の給料が必要となる。

 手間がかかって量産は不可能と言われたハイポーションを、こんな環境でメディは作ってしまった。それも肥満体のウタンに一切の負担なく、満足させたのだ。

 ニコニコと微笑むメディはどこまで自覚があるのか。なぜこんな辺境の地に流れ着いたのか。

 質問したい衝動を抑えて、アイリーンは無意識のうちに腕の震えを押さえた。


「あ、あれにグリーンハーブが入ってるのか……」


 アンデはグリーンハーブが含まれた何かによって死んだハンターウルフを思い出していた。

 魔物を殺せる一方で、命を救える薬師という存在に恐怖を抱く。


「ポント、ウタン。立てるか?」

「お前が連れてきてくれたのか……」

「すまねぇ……」


 地響きが鳴った。木々をかきわけて、赤い一対の目が光る。


「な、な、なんだぁ!」

「でかいぞ!」


 三人の男達が恐怖のあまり抱き合い、さすがのメディも怖気づいた。

 霧吹きの中に入っている薬でどうにかなるサイズではない。


「全員、そこで大人しくしていろ。すぐ終わる」


 迫る巨大な魔物の前に悠然と立つアイリーン。

 三人の男達は歯の根が合わない。彼らも戦いを生業としている以上、そこにいる化け物がどれほどの存在か理解できるのだ。

 勝てない。殺される。そう直観していた。

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