異世界編
(1)森の中
~紗彩目線~
目が覚めたら森の中って、いったいどういうことなのだろうか?
私はいつも通り家を出て、いつも使っている電車に乗って、いつも通り会いたくもないハゲ上司がいる会社に向かっていたはずだった。
少なくとも、こんな森の中に行く予定もなかったし、電車の行き先にだってこんな森があるところはなかったはず。
どうして、こんなことになっているんだろう?
とにかく、ここがまずどこなのかを知らなくちゃいけない。
電波が心配だけどと思いながら、足元を見ると持っていたはずのバックがなくなっていた。
最悪だな……。
あの中に、今日提出する書類が入っていたのに。
本当に何が悲しくて、昨日家に帰っても徹夜して作った書類をスマホが入ったバックごと無くさなきゃいけないのよ。
とにかくスマホに頼れない以上、自分の足で歩いて調べるしかない。
周りを見てみれば、見えるのは大木がたくさん並んでいる。
まあ、森の中なんだから大木が見えるのは当たり前か。
とはいっても、森の中をへたに歩くわけにはいかない。
野生の動物だっているし、方角もわからない以上下手に動けば遭難してしまう。
それに、体力だってもしもの時のために温存しなきゃいけない。
野生の動物の厄介さは、元田舎の人だからよく理解していた。
とにかく、冷静になって今の状況を判断しなきゃ。
今の私の服装は、会社に行くための制服のジャケットとスカート、そして白いワイシャツとスカーフ。
明らかに、森の中で行動するのに不適切な服装。
こんなことになるんだったら、制服なんて着てくるんじゃなくてジャージとか着てくるんだった。
そうすれば、まだ動きやすい服装だっただろうに。
過去の自分を殴りたくなったけれど、今は無駄な体力を使うわけにもいかない。
こんな森の中だ。
連絡手段が何もない以上、遭難どころか死んでも誰にも気づかれずに行方不明者扱いになる。
そう考えると、自然とこの森の中で餓死している自分の姿が頭の中に浮かんでくる。
そんなの、絶対に嫌だ。
自分の夢を叶えるために高校卒業と一緒に上京して専門学校にまで行ったのに、こんなところで死ぬなんて嫌だし応援してくれた両親にも申し訳なさすぎる。
でも、いったいどうすればいい?
つけていたはずの時計もないから、方角もわからないし今の時刻もわからない。
「…………まずは、食料だよね」
この時ほど、田舎出身でよかったと思ったことはなかった。
小さい頃は、近所の山を友達と走り回っていたし、木の実とかも図鑑を見ながら採取して食べたりもしたから普通の人よりは知識はある。
でも、安心するのは早かったと私は痛感した。
目の前には、青と紫色のグラデーションのキノコが大きな大木の根元に生えている。
…………こんなキノコ、見たことはないし、図鑑にも載っていなかったような気がする。
その後、どんなに一生懸命あたりを探索しても私が知っている木の実やキノコは見つけることはできなかった。
ここまで行けば、私はここが日本なのかすら怪しくなってきた。
でも、おかしすぎる。
だって、私は会社に行くために電車に乗っていたのに、ちょっと居眠りをしていただけで日本かも怪しい森の中にいるなんておかしすぎる。
これじゃあ、食料を集めるのも満足にできるかはわからない。
何しろ、ほとんどが見たこともないものばかりだし下手に触って何かが起こってもここには薬も何もない。
『……! ……!』
当面の食糧をどうしようかと考えていると、遠くから人の声が聞こえてきた。
もしかしたら人がいるのかもしれないけれど、なんでこんな森の中に?
そう思っていると、前に見た刑事ドラマを思い出した。
人を殺して、証拠隠滅のために山に死体を埋めに行くシーン。
もしかして、さっきの声の人もその可能性があるんじゃ?
いや、でもまだ可能性だけで、実際に死体を見たわけじゃないし。
もしかしたら、山登りとかキノコの採取とかできた人たちかもしれない。
いや、でももしそう思って私の予想通りだった場合はどうする?
下手に近づいてみられたと勘違いされたら、今の状態よりももっと悪い状況に陥る。
『……!! ……!!』
人の声の方に行くべきか、行かないか。私の頭の中で二つの意見が分かれていると、人の声がこっちに近づいていることに気が付いた。
「グオオオオオオオオオオ!!!」
あたりに大きな獣の唸り声のようなものが聞こえた。
あまりの大音量に、空気がビリビリと言って地面が揺れているように感じた。
それと同時に、ドドドッと言う何かが走る音が近づいてくる。
え?待って?
もしかして、こっちに向かっているんじゃ!?
声の大きさから言って、野生動物か何か。
しかも、かなり体が大きな。
そんなのが来たら、私なんてひとたまりもないじゃない!
そう思い逃げようとしたけれど、遅かった。
律義に考えるより、体を動かして逃げるべきだったんだ。
私の目の前には、大きな牛のような動物がいた。
いや、はっきり言って見た目的に牛と言えるのかもわからない。
だって、一本ずつ対でついているはずの角は二本で合計四本が頭についているし、目なんて左右に三つずつある。
それに、普通の牛の十倍の大きさはありそうなぐらい大きい。
牛というよりは、牛に似た化け物だ。
ギラギラと光る眼が、私を睨んでいる。
思わず固まってしまうと、牛は私の方に向かってきた。
ああ、早く逃げなきゃ。
逃げないと死ぬ。
でも、なぜか私はその場から動けなかった。
小さいころ、山の中で大きな熊に会った時と同じ。
こっちに向かってくる牛を見ながら、私は暢気にその時の恐怖を思い出していた。
ああ、もう終わりだ。そう思ってぎゅっと目をつむると、横から衝撃と何か毛布らしきものに包まれるような温かさと感触を感じた。
『△○○!?』
私は、頭の上に黒い猫の耳が付いた黒髪の金色の瞳を持つ男性に抱きかかえられて、地面に転がっていた。
え?どちら様?
ていうか、今なんて言ったの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます